強大な軍事国家の出現に戦慄する帝国
エルゲン帝が司る国。略してエルゲン帝国。
エルゲン帝とは、生と創造の『神』エルゲラの意思を伝える者の意味である。
本来、エルゲラが治める地ではあるが、現在は人間界にはいないため、
帝が代わりを務めるということらしい。
最近、西域の騎馬民族が統一の動きを見せているらしい。
もともと好戦的な民族だったが、その中でも覇権主義的な部族が
武力によって他部族を従えている。
帝国と草原地域とでは、ある程度の交易は行われており、情報が入ってくる。
帝国領内に侵入した武装盗賊団も捕縛し、情報を得る場合もある。
最近、その武装盗賊団の出現回数は増えている。
捕虜は下っ端ばかりで、草原の覇権部族との関連性はつかめていない。
だが、おそらく情報収集や威力偵察のつもりで間接的に襲わせているのだろう。
帝国指導部はそのように見ていた。
武力によって拡張を進める組織は、そのまま拡張を続けるしかない。
拡張が組織運営の仕組みに取り込まれてしまっているからだ。
草原の統一が終われば、次に狙うのは帝国だろう。
当代のエルゲン帝は唇をかみしめるしかなかった。
「今のうちに攻撃をしかけて瓦解させるわけにはいかんのか」
宰相も将軍たちも、「今のうちに守りを固めるべし」で意見が固まっていた。
「やつらは騎馬にのったまま、巧みに戦います。
馬も訓練されており、人で前をふさいでも怖がりません。
馬上から槍で突かれ、馬に蹴り飛ばされ、こちらの攻撃はなかなか当たらない」
上奏にはそのような分析があった。
「また、こちらから攻撃を仕掛けようにも、騎馬民族の兵団は常に移動しており、また、当方は地理にも疎い」
そもそも敵の居場所がわからないと。
「防壁・防塁を固め、矢や筒をそろえ、騎馬の利を奪う環境で迎え撃つのがいいでしょう」
なお、筒とは鉄砲のようなものだ。
当時は人体に宿る魔力を蓄積し、それを一度に解放することで、高速で石礫や金属の塊を打ち出していた。
現在のように、火薬は使われておらず、一度撃てば終わりだった。
話を戻す。
重臣たちの言うことはもっともだ。
軍事に詳しくないエルゲン帝も理解はできる。
だが、相手は一人の兵士の命よりも勝利が大事という連中らしい。
命を捨てて向かってくる相手に、勢いのまれてしまったりはしないか。
数の力には押し負けてしまうのではないか。
負けはしなくても、兵士も含め、帝国民に多数の犠牲者が出る事態は避けたかった。
皇国には借りを作りたくない。
長年蓄積された国民感情というものがあるし、ここで借りを作れば、何かの機会に居丈高に接してくるに違いない。
その様子を思い浮かべ、気が早いことに、外交官を哀れに思った。
しかし、そういうわけにもいくまい。
どれだけ嫌いあっていても、三国は結束せねば外圧で瓦解してしまう。
西域の騎馬民族はもちろん、東域の海の連中は何を考えているかよくわからない者たちだ。
北域との関わり合いは薄いが、一瞬で数百名の兵士の命を奪う魔法が存在するという。
平穏なのは鉄の産地で名高い南域だけだ。ただ、皇国による扱い方がよくないのだろう、まだ神の教えが浸透しきっていないらしい。
神はうまく人間界をおつくりになった。
苦難をあたえ、団結させるために、きっと、あえて、教えから外れたものたちを作り出したのだろう。
思考がそれてしまった。
そう、帝国民のことを考えれば、皇国による援助や神聖国の強引な仲介をありがたいとすら思える。
今は鉄が必要だ。兵糧が必要だ。人足が必要だ。
神聖国の仲介や覇権主義をすすめる部族の残虐な噂のおかげで、皇国の連中も西域を過小評価はしていない。
惜しみない援助を進めてくれていると、素直に思える。
何より大事なのは、帝国民の命なのだから。
エルゲラ帝は、自国民を愛する。
その命を、その幸福を、常に祈っている。
それは真なる願いだった。
しかし、他国民に対してはあまり関心がない。
歴代の帝のほとんどが、その傾向にあった。
自分に与する者には優しく。しかしそうでない者に対しては無関心。
おもしろいことに…といっては、よくないだろうか。
『神』エルゲンの性質を、歴代の帝は受け継いでいた。
帝も、その重臣たちも、どれだけ被害を抑えるかを考えていた。
真の意味での危機に瀕するとは、思ってもいなかった。
そう、あの穏健で従順な南域で、立国宣言がなされるまでは。




