すれ違い
イコリは市街を探索した。
以前の印象より人が多い。
見慣れない作物がある。
…これは東域の品物か?
道が整備されていて、歩きやすい。
干ばつで苦しんでいるというわりに、活気を感じる。
昨晩は謙遜していたものの、ペロセポネの名声は、やはり本物なのではないだろうか。
ただ、同時に将来に不安を感じもした。
経済力が身につけば、自立心が芽生える。
そうすれば、今はその気がないのが本心だったとしても、
そのうち独立を掲げ、反旗を翻すのではないだろうか。
…イコリは、その不安をまっさきに考えてしまう自分が嫌だった。
南方の人々に活力がわくのは、良いことではないか。
それをまるで、望んでいないかのような…。
自分は神教国の人間なのだと、改めて自覚せざるを得なかった。
ペロセポネが政務の様子も
ずいぶんたくさんのことを決議しているように見える。
領主たちの合議の議長を務めているだけだと彼女は言った。
しかし、話し合っている相手は領主本人ではない。
各領から派遣されたものたちだ。
「大使」と呼んでいるらしい。仰々しい名前だ。
領主の代理としてふさわしい格付けをしたかったのだろう。
正直言って、言葉がほとんどわからないので、どんな話をしているかわからない。
通訳も一応同行してもらっているが、さすがにすべてを同時通訳してもらうわけにもいかない。
雰囲気から察するに、大使がお伺いを立て、実質的にはペロセポネがさまざまな決議を下しているように感じる。
大使が「デンシン」で各領とも頻繁にやりとりをしているため、たしかに独断ということではなく、意見の調整はしているようだ。
それをさばききって、意見を調整できているのがすごい。
とはいえずっと会議しているわけではない。
彼女はよく市街地を視察した。
視察だと思ってついていったら、単に夕ご飯の食材の買い出しだったこともある。
なんどか、お手製の食事をごちそうになった。
建築様式も生活水準も異なるので、中央の生活と比べることはできない。
それにしても、各領主をとりまとめ、独立を狙っている身分にしては、ずいぶん質素な住居だし、生活だと感じた。
ある日、ペロセポネ個人により一層興味をもったイコリから、打ち明けた。
「実は、以前、あなたをお見かけしたことがあります」
ペロセポネは笑みこそ浮かべているが、感情をはかりかねる表情で答えた。
「私の夫を迎えにきたときですよね?」
「そうです!! あれについては、残念なことでした」
ペロセポネは眉間にしわを寄せた。
「…残念とは??」
夫が亡くなったのだ。「残念」では言葉が軽かったかもしれないが、眉を寄せるほどではあるまい。
イコリは内心でとまどった。
「せっかく留学していただいて、すぐに亡くなって。我々のお世話も行き届いていなかったのかもしれません。そのあとも、十分に政府としての挨拶をできず、私個人としては申し訳ないと思っていました」
本来は、最初に話すべき内容だった。
しかし、彼の立場では独立の意図の確認が先決であり、そのあとについては、なかなかタイミングをつかめないでいた。
ペロセポネは、なにかを考えているようだった。
こちらに非礼や不備があったことには同意する。
しかし、読めない。
いったい、そこまで考えるべき何がある?
やがて、彼女は通訳に対して、何かを語り始めた。
すると、今度は通訳が考え込んでしまった。
いったい彼女は何を語った?
言いよどむような、憎悪の言葉をかけられたのだろうか。
しばらく待ったのち、通訳が説明するには、次のようだった。
どうも、彼女たちは留学の意図とは思わず、反逆の意図を疑われ、人質として要望されたと勘違いしていたらしい。
勘違いの理由はわからない。もしかしたら言語の壁にぶつかったかもしれない。
または、本当に言葉足らずだったかもしれない。
通知文の内容はイコリには共有されていない。
だが、大事な家族、重要な跡継ぎを連れて行くのである。通訳を連れか手紙をしたためるなりして、自分からも十分に説明をすべきだったのだろう。
上司である長官のせいにしたい気持ちと自責の念がせめぎあった。
「誤解させたなら申し訳ない。そういった誤解を防ぎ、共存共栄を模索していくためにも、中央に来て、トルダト神教のことをもっと知ってほしかったのです。何より、招へいは強制ではなかったと私は認識しています」
しかし、人質を取られたうえ、それを死なせたと思っていたのに、よく自分を歓迎してくれたものだ。
本意趣返しされてもおかしくなかった。
ひやりとするとともに、ペロセポネやその家族に感謝した。
いろいろ考えるべきことがある気がするが、今は、誤解が解けたことを幸運と思おう。
しかし、ペロセポネがどう思っているのか。その表情からは、イコリには読めなかった。
そう、ペロセポネがどう思ったのか。
その時のイコリにはわからなかったのだが、たしかにペロセポネ自身にもはっきりとはわかっていなかった。
少なくとも、彼女は「誤解だったからよかった」という単純な考えにはならなかった。
彼の言うことは本当か?
なぜこのような誤解が起きるのだろう。
誤解がなかったとして、断ることはできなのか?
頭の中を、さまざまな考えが駆け巡っていた。
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