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鹿の子がノコノコと…

グロウが驚く雅樹の《そこそこ》

そして雅樹が異世界に向かう原因となった事故現場…

~第14話~



雅樹の仕留めた鹿を解体する三人。

商品になる部分を傷つけない様に慎重にナイフを動かす雅樹。真剣に解体を習うセルマとグロウ。


『なぁ、弓は《そこそこ》って言ったよな?何が《そこそこ》なんだよ…』


グロウはあきれ顔で雅樹に問い掛ける。


『俺なんて、まだまだですよ。グロウさんは茂みに鹿がいるってわかってたじゃないですか。俺は大型の獣としかわからなかったですよ?』


『そりゃぁ、鹿の足跡や痕跡から判断したんだよ。なのにお前は見えない鹿の首を狙って、当ててるんだから…結婚して家を出たセルマの兄と弟よりよっぽど優秀だよ…』


『そうですか?鹿って聞いたから気配で狙ったんですが…』


呆れるグロウ。セルマは目を輝かせる。


『雅樹!どうしたらあんな風に狙えるの?』


『練習あるのみ!さぁ、解体を進めるよ!二人ともココから肉の解体の本番だよ!』


雅樹は日本の職場で鍛えた精肉の解体技術を二人に教える。


『部位ごとの解体は慣れてるけど…さすがに一頭丸ごとは疲れるね…』


雅樹は額をタオルで拭いながら作業を続ける。


『雅樹が言っていた付加価値って、解体だけなの?』


セルマは雅樹の言葉を思い出して問い掛ける。


『本来、肉屋が必要としない部位、今回なら頭や毛皮だよね?それを取り外すだけでも肉屋の仕事は減る。肉屋がいくらで買ってくれるかはまだ不明だけど、肉屋の手間をこちら側で負担する。その手間賃をプラスして請求出来たら儲けが増えるよね?更に!肉屋も自分が売りたい部位だけ買い取れるから肉屋もロスが少ない。』


『逆に、この部位はいらないって言われたらどうすんだ?その分売れなくなるだろ?』


『あの規模の街に肉屋は一軒だけではないですよね?』


『そっかぁ~、違う肉屋さんにも持って行くんだ~』


『いやいや、不人気の部位だってあるだろ…』


『ここからが儲けを出すカラクリ。肉屋がいらない部位でも必要とする所はあるはず。例えば毛皮だよね。コレは毛皮を扱う所。毛皮は丁寧に剥離しないと価値が落ちる。肉屋だと肉を切る作業がメインだから毛皮の存在は邪魔物。扱いがイイとは言いにくい。だけど、今回なら毛皮は丸ごと。頭は剥製作りの工房へ。グロウさんも飾ってましたよね?』


『おう、趣味みたいなモンだな。なるほどなぁ。雅樹が言っていた事が少しだけど分かった気がするよ。』


『でも、売れなかった肉は?』


『昨日の野菜の屋台覚えてる?そこで料理に加工して販売する手もあるし、野菜との組み合わせでは主婦層に完成する料理のイメージがつきやすい。関連販売って言うんだけどね。』


『料理なら私、得意!《青果物管理》も野菜の知識、料理方法も解るから肉と組み合わせも出来る!』


『セルマはファイスとよく料理してるからなぁ。朝飯も旨かっただろ?』


『はい。セルマは良いお嫁さんに…そっ、そうだ!この国に保健所とか食品衛生法とかってありますか?』


雅樹はお嫁さんの一言を口に出しかけて慌てて話題を変える。屋台での食事の提供は日本の様に食品衛生法があると簡単には許可が下りない。


『なんだぁ?ココじゃあ屋台の出店料だけだぞ?』


『そうですかぁ~、よかった~』


『雅樹…今、良いお嫁さんって…私の事を…』


『さあっ!肉の鮮度が落ちる前に!街に戻って肉屋に行きますよ~!』


そして前に日本で聞いた鹿の子を主題にしたアニメソングを口笛で吹きはじめる…

雅樹は獲物の鹿を担いで誤魔化すように街へ戻る。





一方日本の事故現場…



現場に到着した警察官が道路を規制し、歩行者の誘導、被害の確認、聞き取りを進める。


救急車の耳をつんざくサイレンが響き、赤色灯の光が事故現場を照らす。

緊急車両の到着を目視した警官が大声で叫ぶ。


『はい!救急車、レッカーが来たので空けて!』


半狂乱の香奈は警察と消防の職員に掴みかかる…


『雅樹が!ウチの主人が!トラックと壁に!』


悲鳴に近い声を上げ雅樹の救助を懇願する…

由香と瞬は呆然として事実を飲み込めない…


『パパ…』


『雅樹さん…』


『パパはこんな事で死なないよね?だってパパはどんな事があっても帰ってきたもんね?』


パシーンッ!!


辺りに響く乾いた音…

それは香奈が由香の頬を叩く音だった…


『由香ぁ!雅樹が!雅樹が死ぬなんて言わないで!雅樹は…雅樹はぁ~!』


『香奈さん!落ち着いて!雅樹さん!何とか言ってください!いつもみたいに《どうしたの?そんなに慌てて~》って!早く出てきてください!』


由香は香奈に叩かれた頬を手で抑えると、呆然と呟く…


『だって…ビルの火事だって…車の事故だって…無傷で笑いながら《いやぁ、酷い目にあった!》って笑いながら…嫌だ!嫌だよ!私達ココにいるよ!パパが助けてくれたから怪我してないよ!返事してよ~!』


『雅樹は!雅樹は必ず無事なんだから!…絶対に私を一人にしないって約束したんだもん!雅樹ぃ~!嫌だよ!イヤ~!』


香奈の言葉は普段の香奈を知る者なら耳を疑う、まるで少女の様な言葉…したんだもん!この言葉は瞬はもちろん娘の由香でさえ初めて耳にする…

香奈は警察官の間をすり抜けて大破したトラックと壁の前に駆けつける…

香奈は両手で動かない大破したトラックの破れて刃物の様に鋭くなったフロント部分に手を入れてトラックを必死に動かそうとする。

潰れたトラックを力任せに動かそうとする香奈の両手から赤い雫がしたたり落ちる…

どれだけ香奈の両手から血が流れ落ちても香奈は一切気にすることがなく、髪を振り乱し


『雅樹ぃ~、返事してよ!私はココにいるよ!雅樹ぃ~!』


香奈の行動に警察官も慌てて駆け寄る。


『危ない!離れて下さい!』


呆然とする由香と瞬は慌てて香奈の元に駆け寄る。警察官も慌てて香奈をトラックから引き離そうとするが、香奈は動かない。指がちぎれても、構わないとばかりにトラックを動かそうとしている。

由香と瞬も泣きながら香奈の元に駆け寄る。


『ママ!手…血が出てる!』


香奈の足下にはしたたり落ちた血が集まり血だまりを作る。

それでも香奈は力一杯にトラックを動かそうとする。


『香奈さん!落ち着いて!これから消防の人達がトラックを動かしますから!無理にトラックを動かすと雅樹さん、危ないから!』


瞬は咄嗟に香奈が危ない…ではなく雅樹が危ないと香奈に伝える。

瞬の言葉に香奈は動きを止める。

それでも香奈はトラックを握りしめて放さない。

由香が後ろから香奈を抱きしめる…

言葉も出ず、ギュッと抱きしめる事しか出来ない由香…


『香奈さん、手…放しましょう…香奈さんの手…見たら雅樹さん…泣いちゃいますよ…香奈さんの手は…雅樹さんに《お帰り》って抱きしめる大切な手ですよ…』


泣きじゃくりながら瞬は言葉を紡ぐ。

この言葉に由香に後ろから抱きしめられた香奈の手からは…スルリと力が抜け、両手をブラリと降ろす。


ようやくレッカーがトラックを動かそうとクレーンを巻き上げる…

現場を確認する警察官が大声で話す。


『おい!トラックの運転手がいない!捜索は巻き込まれた男性だけじゃない!運転手もだ!』


『トラックの間にも下にも人影がありません!』


『どういう事だ?男性が巻き込まれたのは家族だけではなく、通行人も何人も見てるんだぞ!見落とすな!』


警察と消防の大人数による雅樹と運転手の捜索は続く…しかし二人の痕跡は何も見つからない…


『雅樹ぃ…どこにいるの?一人にしないでよぉ…雅樹…』


雅樹を求める香奈は由香から離れ二、三歩、トラックに近づく…

香奈は雅樹を思うと悲しみに押しつぶされる。身体がふらつく…


ドサッ…

香奈は急に意識を失いそのまま倒れる。


『ママーッ!』


『香奈さん!』


由香や瞬の声が遠くに聞こえる…香奈の意識はここで途切れる…


いやぁ~、温度差が凄い回になりました…

自分でも香奈の半狂乱…驚いてしまいました…

なのに雅樹は『ヌン!』と(笑)

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