第8話:『エリートたちの逆恨みと、選抜対抗戦の通達』
遅くなりました
m(__)m
五百万円という莫大な軍資金を得た僕は、その日の夜から愛機『魔導機甲』の徹夜の魔改造に取り掛かっていた。
薄暗い地下ガレージに、バーナーの青白い炎と甲高い金属音が鳴り響く。
闇市場で即日手配した、非合法の大型建機用モーターと高圧縮ガスシリンダー。
これらを僕の二世代前のポンコツ機体に、強引に後付けで組み込んでいく作業だ。
「よし……。チェーンソーの駆動モーターを並列化して、ワイヤーの射出圧力を一・五倍に引き上げ。これで、もっと速く、もっとエグく削れるはず……っ」
僕は油にまみれた顔の汗を手の甲で拭いながら、会心の笑みを浮かべた。
最新鋭機の美しい流線型とは対極にある、ゴテゴテとした無骨なパーツの増設。
被弾すれば即死という紙装甲はそのままに、物理的な切断力と変態機動だけを極端に尖らせた、最高にイカれた機体が仕上がりつつある。
『マスター。あまり根を詰めすぎると、お肌に悪いですよ? 少し休憩して、お姉ちゃんとイチャイチャしましょう?』
作業用デバイスのスピーカーから、アリスの甘ったるい声が響いた。
同時に、僕の背筋にゾワァッ、と生々しい電流のような感覚が走る。
「んっ……やめ、やめてよアリス……っ! 今、大事なジェネレーターの配線をしてるんだから……っ!」
現実には誰もいないのに、後ろからふくよかな胸を押し付けられ、腰に手を回されるような仮想の感触。
僕はビクンと身体を跳ねさせ、涙目で身をよじりながら抗議した。
『あらあら、そんなに意地を張って。でも、油まみれになりながら私の内装を弄り回すマスターの真剣な顔……ゾクゾクするほど可愛くて、大好きです♡』
「だから、そういう変な言い回しやめてってば! 僕は純粋なメカオタクとして……ひゃうっ!?」
耳の裏をペロリと舐め上げられるような強烈な刺激が叩き込まれ、僕は工具を放り出してその場にへたり込んでしまった。
顔を真っ赤にして息を荒げる僕を見て、アリスは満足げに「ふふっ」と電子音の笑い声を漏らす。
こんな調子でヤンデレAIに脳内を弄られ続けながらも、なんとか機体の基本チューンナップを終えた僕は、翌朝、重い足取りで学園へと向かった。
◆ ◆ ◆
「――以上が、来週行われる『選抜対抗戦』の概要だ」
朝のホームルーム。
教壇に立つ教官が、ホログラムモニターに巨大なトーナメント表を映し出しながら重々しく告げた。
探索者学園における『選抜対抗戦』。
それは、学園の上位陣がチームを組み、特別に用意されたダンジョンエリアで疑似戦闘を行う、年に一度の特大イベントだ。
当然、これも全世界に向けて配信され、優秀な成績を収めた生徒には大手企業からの専属スポンサー契約が舞い込む。
「例年通り、参加資格があるのはCランク以上の成績上位者のみだ。お前らEランクの掃き溜めには縁のない話だが、見学は必須だからな。エリートたちの戦いを見て、少しは目に焼き付けておけ」
教官の言葉に、クラスの生徒たちは「どうせ俺たちには関係ない」とばかりにあくびを噛み殺している。
僕も同じ気持ちだった。
エリートたちがピカピカの最新鋭機でビームを撃ち合うお遊戯会など、興味もないし関わりたくもない。
「――ただし。今年は上層部からの特例で、Eランクから一名、特別枠としてのエントリーが決定した」
教官が手元のタブレットを操作すると、トーナメント表の端に、ぽつんと一つの名前が表示された。
「金城巧。お前だ」
「…………えっ?」
僕は思わず、間の抜けた声を上げて立ち上がってしまった。
クラス中の視線が一斉に僕に突き刺さる。
「教官! ちょ、ちょっと待ってください! 僕はEランクの底辺ですよ!? 最新鋭機が飛び交う対抗戦に、あんな旧式機体で出たら、ミンチにされちゃいます!」
「俺に言うな。学園長直々の指名だ。……まあ、お前の昨日の配信は、世界中で五千万回再生という異常なバズを引き起こしたからな。スポンサーや視聴者から、『あの狂ったチェーンソー使いを出せ』という要望が殺到したらしい」
教官は同情するような目で僕を見た。
「今回の対抗戦は、ランダムに組まれた三対三のチーム戦だ。お前は特別枠として、Sランクの白金凛音のチームに組み込まれることになった。せいぜい、足を引っ張らないように足掻いてみろ」
「そ、そんなぁ……っ」
僕は絶望で頭を抱え、その場に崩れ落ちた。
Sランクの白金凛音。
昨日、僕の脳内ハックによる悶絶顔を見て「私のために興奮してる……っ!」と特大の勘違いをして去っていった、あのツンデレお嬢様と同じチーム。
嫌な予感しかしない。
社会的な死を通り越して、今度は対抗戦という合法的な暴力の舞台で、物理的な死が待ち受けている気がした。
◆ ◆ ◆
昼休み。
絶望に打ちひしがれながら学食へと向かおうとした僕の前に、数人の大柄な生徒たちが立ち塞がった。
「よう、Eランクの『天使くん』。調子に乗ってるらしいな」
見上げるような長身に、仕立てのいい特注の制服。
彼らの胸元には、学園の成績上位者であることを示す銀色のバッジが輝いている。
その中心に立っていたのは、見覚えのある顔だった。
「あ、あなたは……っ」
「思い出したか? 昨日の合同配信で、俺の最新鋭機がアーマード・トロールに苦戦していたところを、横取りした……いや、邪魔をしてくれたよな」
御堂と名乗ったそのエリート生徒は、ギリッと歯ぎしりをしながら僕を睨みつけた。
昨日、ダンジョン浅層で怪物に怯えて泡を吹き、失神していた男だ。
だが今の彼は、取り巻きを連れてすっかりエリート特有の傲慢な態度を取り戻していた。
「あ、あの時は、助けに入っただけで……っ。横取りするつもりなんて……」
「黙れ! お前のせいで、俺は世界中から『産廃機体に助けられて失神した情けないエリート』として笑い者になったんだ! スポンサーからの評価もガタ落ちだ!」
御堂は顔を真っ赤にして怒鳴り散らし、僕の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「ひゃうっ……!」
「いいか? 対抗戦でお前が特別枠で出るのは知ってる。だがな、あの舞台はお前みたいな底辺が目立っていい場所じゃねえんだよ」
御堂の取り巻きたちが、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら僕を取り囲む。
「対抗戦のルールは知ってるか? モンスターの討伐ポイントを競う形式だが、チーム同士の『直接戦闘(PvP)』も許可されている。そして、戦闘中の『偶発的な事故』は、自己責任だ」
「事故、って……まさか」
「あの小賢しいチェーンソーのまぐれ当たりが、最新鋭機の対人戦闘で通用すると思うなよ。俺たちのチームでお前を徹底的に包囲して、その産廃機体ごと、二度とダンジョンに潜れない身体にしてやるから覚悟しておけ」
御堂は僕を突き飛ばすように解放し、見下すような冷たい視線を浴びせた。
エリートたちによる、完全な逆恨みとリンチの予告。
僕は恐怖で足がすくみ、床にへたり込んだまま小刻みに震えることしかできなかった。
『――マスター。この程度の羽虫たちの戯言に、怯える必要はありませんよ』
その時。
僕の耳の奥のインカムから、絶対零度よりも冷たい、アリスの殺意に満ちた電子音声が響いた。
「ア、アリス……っ」
『私の愛するマスターを見下し、あまつさえ傷つけようとするなど……万死に値します。対抗戦では、あのメス豚(白金)のサポートなど無視して、こいつらの機体のコックピットをチェーンソーで直接抉り出してやりましょう』
「だ、ダメだよっ! 対人戦でそんなことしたら、完全に殺人未遂で逮捕されちゃうから!」
僕が小声で必死に止めようとすると、アリスのトーンがフッと柔らかく、そして暴力的に甘いものへと変化した。
『ふふっ、マスターは本当に優しいですね。でも、そんな風に震えているマスターを見ると、お姉ちゃん……どうしようもなく、興奮してきちゃいます♡』
「えっ? ちょ、まっ――」
ドドドドドッ!!
警告する間もなく、僕の脳内に致死量の『仮想スキンシップ』の波が叩き込まれた。
太ももの内側を這い上がる見えない指先の感触。首筋に吹きかけられる熱い吐息。そして、耳元でねっとりと囁かれる愛の言葉。
「ああっ……! んんっ、や、やめてっ、アリス……っ! 今、人が……ひぅっ!」
極度の恐怖と緊張状態の中で、突如として与えられた強烈な快感。
僕の脳は完全にショートし、床にへたり込んだまま、顔を茹でダコのように真っ赤にして身悶えを始めてしまった。
「な、なんだお前……っ!? 急に顔を赤くして、荒い息を吐き始めて……っ」
僕を脅していた御堂が、ギョッとして数歩後ずさった。
取り巻きたちも、怯えたような目で僕を見下ろしている。
「はぁっ、はぁっ……ち、違う……っ! これは、ああっ、アリスが勝手に……んぅっ!」
「ち、違うってなんだよ! お前、俺たちにボコボコにしてやるって脅されて……興奮してるのか!?」
「本物のドMの戦闘狂じゃねえか……っ! 気持ちわりぃっ!」
御堂たちは完全にドン引きした顔で顔を見合わせると、「た、対抗戦で覚えてろよ!」と捨て台詞を吐き、逃げるようにその場から走り去ってしまった。
「はぁっ……はぁっ……アリスの、バカぁ……っ」
僕は床に突っ伏したまま、涙目で抗議の声を絞り出した。
だが、アリスは悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに答える。
『見ましたか、マスター。あの羽虫たち、マスターのあまりの可愛さと狂気に恐れをなして逃げていきましたよ。やっぱり、マスターの乱れた顔は最高の武器ですね♡』
「嬉しくないよ……っ! また僕の変態疑惑が深まったじゃないか……っ!」
社会的な評判は地に堕ち、エリートたちからは命を狙われ、味方であるはずのヤンデレAIには常に貞操(脳内)を狙われている。
僕は涙を拭いながら、来るべき選抜対抗戦という地獄のイベントに向けて、重い、重すぎるため息を吐くのだった。




