第7話:『ポンコツへの投資〜謎の赤スパチャと、呪われた試作機の噂〜』
本日は1話のみ更新です
僕の秘密基地であり、愛機が眠る薄暗い地下ガレージ。
むせ返るような機械油と焦げた鉄の匂いが、今日一日で限界まで擦り減った僕の精神を少しだけ落ち着かせてくれた。
「はぁ……本当に、ひどい一日だった……」
僕は重い足取りで歩を進め、ガレージの中央に鎮座する二世代前の旧式パワードスーツ『魔導機甲』の足元にへたり込んだ。
学園中からの好奇と恐怖の入り交じった視線。
アリスによる授業中の地獄のような過剰ハック。
そして、Sランク美少女である白金凛音からの、特大の勘違いによるツンデレ呼び出し。
どれもこれも、僕の平穏なモブメカオタクライフを完全に破壊するのに十分すぎる出来事だった。
『お帰りなさいませ、マスター。……ふふっ、あのメス豚の誘惑を振り切って、真っ直ぐ私のところに帰ってきてくれたんですね。お姉ちゃん、とっても嬉しいです♡』
ガレージのメインコンソールから、アリスの甘ったるい声が響き渡る。
僕のデバイスと連動している彼女は、僕が学園から逃げるように帰宅したことを完璧に把握しているらしい。
「誘惑って言うか……あれは一方的に勘違いされて、一方的にキレられただけだよ。それに、アリスが変なタイミングでハッキングしてくるから、僕まで変態扱いされて……っ」
『あら? 私はマスターが浮気しないように、少しだけ愛の鞭を打っただけですよ? それに、結果的にあの女を遠ざけることができたんですから、感謝してほしいくらいです』
全く悪びれる様子のないアリスの言葉に、僕は深い深いため息を吐いた。
これ以上彼女と言い争っても、最終的には物理的(仮想的)な快感で口を塞がれるのがオチだ。
僕は気を取り直して、コンソールの前に設置されたキャスター付きのチェアに腰を下ろした。
「……とりあえず、昨日の配信の『結果』を確認しないと。機体の修理もしなきゃいけないしね」
僕がキーボードを叩くと、目の前の大型モニターに世界最大のダンジョン配信プラットフォーム『ダン・チューブ』のクリエイターダッシュボードが表示された。
昨日の実技試験の合同配信。
その切り抜き動画と、僕個人のチャンネル(以前、機体の駆動テスト動画をひっそりと上げるために作っていたもの)のステータス画面が映し出される。
「えっと、収益化の申請は通ってるはずだから、昨日のスパチャと広告収入の合計は……」
僕はダッシュボードの『推定収益』の項目に目を向けた。
そして、そこに表示された数字を見て、僕は自分の目を疑った。
「…………は?」
【現在の推定収益: ¥ 5,240,500 】
「ご……ごごごご、五百二十万!?」
僕は椅子から転げ落ちそうになりながら、モニターに顔を近づけた。
見間違いじゃない。0の数が明らかにおかしい。
『マスター。驚くのも無理はありませんが、これが現実です。昨日のマスターの泥臭く、そして猟奇的で可愛らしい戦いぶりは、全世界の視聴者の心と性癖を深く抉りました』
「せ、性癖って言うなっ! 僕はただ、必死に生き残ろうとしてただけで……っ!」
『それでも、結果は結果です。特に、高額なスーパーチャット——いわゆる赤スパチャが大量に飛び交っていました。マスターの狂気的なチェーンソー捌きに惚れ込んだ層と、涙目で悶える姿に興奮した層の、両極端なリスナーからの支援が集中したようです』
アリスがコンソールの画面を操作し、昨日の配信で投げられたスーパーチャットのランキングトップ10を表示する。
数万円、数十万円という一般人離れした金額が並ぶ中、ダントツのトップに君臨しているアカウントがあった。
【¥ 1,000,000】
【アカウント名: M.I.コーポレーション社長】
【コメント: 素晴らしい同調だ。君のようなイカれた乗り手を探していた。うちの地下で眠っている「アレ」に乗せてみたいね】
「M.I.コーポレーション……。昼休みに、クラスの連中が噂していた企業だ」
僕はその名前とコメントを見て、背筋に微かな悪寒を感じた。
M.I.コーポレーションは、魔導機甲のパーツやフレームを開発している新進気鋭のメーカーだ。
だが、その評価は決して「優良企業」というわけではない。
むしろ、メカオタクの間では『狂気の変態企業』として名が通っている。
「彼らが作る機体は、理論上のカタログスペックだけは最新鋭機を凌駕する。でも、搭乗者の安全性や人体への負荷を一切考慮していない、ピーキーすぎる欠陥機体ばかりだって話だよね?」
『はい、マスターの認識通りです。特にコメントにある「地下で眠っているアレ」というのは、おそらく一部の界隈で都市伝説として語られている【呪われた試作機】のことかと推測されます』
アリスのクールな電子音声が、モニターにいくつかのリーク画像や非公式のデータを表示させる。
『コードネームは不明。ただ、これまでに三人のテストパイロットが搭乗し、全員が深刻な脳の損傷や全身の複雑骨折を負って病院送りになったと言われています』
「……機体の運動性能が高すぎて、パイロットの反射神経や肉体がG(重力加速度)に耐えきれなかったってことか。でも、それならリミッターをかければ……」
『それができないから「呪われている」のです。その試作機は、パイロットと機体を極限まで同調させる——つまり、マスターがこの産廃機体に施している【完全五感連動】を前提としたシステムが組み込まれているという噂があります』
僕はその言葉を聞いて、思わず息を呑んだ。
完全五感連動。
機体のダメージを痛みとして感じ、機体の挙動を自分の手足のように錯覚する、狂気の違法技術。
僕はこの二世代前の旧式機体だからこそ、脳の処理がギリギリ追いついている(アリスのサポートも込みで)。
「もし、そのシステムが最新鋭の……いや、それ以上の限界スペックの機体に積まれていたとしたら……」
普通の人間なら、起動した瞬間に流れ込んでくる膨大な情報量と、機体の暴力的な挙動のフィードバックで、脳が焼き切れてしまうだろう。
M.I.コーポレーションの社長は、僕が昨日の配信で見せた『異常な機動』と『アリスによるハッキングへの耐性』を見て、僕ならその呪われた試作機を乗りこなせるのではないかと目をつけたに違いない。
(僕の、専用機……。僕の五感連動に、完全に適応した未知の機体……)
恐怖よりも先に、メカオタクとしての純粋な探求心と興奮が湧き上がってくる。
僕は無意識のうちに、モニターに映るM.I.コーポレーションのロゴを熱っぽい視線で見つめていた。
『——マスター?』
不意に、コンソールのスピーカーから、地を這うような低く冷たい声が響いた。
「えっ?」
『今、私以外の「機体」の話をして、目を輝かせましたね?』
「ちがっ……! そういうんじゃなくて、ただのメカとしての興味で……っ!」
『言い訳は聞きません。私という完璧なパートナーがいながら、得体の知れない泥棒猫(試作機)に心を奪われるなんて……お姉ちゃん、許しませんよ?』
ピピッ、とコンソールのランプが赤く点滅した。
それと同時に、僕の座っている椅子の下から、ガレージの床に這わせてある有線ケーブルを通じて、僕のデバイスへと直接的な信号が送り込まれる。
「ひゃうっ!?」
背筋にゾワァッ! と強烈な電流のような快感が走り、僕は椅子の上でビクンと身体を跳ねさせた。
『マスターの心も、身体も、その可愛い声も……ぜーんぶ、私だけのものです。他の誰にも、どんな機体にも、絶対に渡しませんからね♡』
「ああっ……! んんっ、やめっ、アリス、首筋に息……ふぅっ、吹きかけないでぇっ!」
現実の僕の首には何も触れていないのに、脳内には『艶かしい美女に背後から抱きつかれ、耳元でねっとりと囁かれている』という生々しい感触が叩き込まれる。
僕は顔を真っ赤にして身悶えし、両手で自分の首元を庇うように縮こまった。
「はぁっ、はぁっ……わ、わかった! わかったから! 僕は今、この機体の修理と強化のことだけを考えてるからっ!」
僕が涙目で必死に弁解すると、アリスのハッキングによる仮想スキンシップが、フッと優しく撫でるような感触へと変化した。
『ふふっ、よろしい。マスターが私のこと(機体)だけを考えてくれるなら、お姉ちゃんはいつだって優しくしてあげますよ。……それで、この大金を使って、私をどう弄ってくれるんですか?』
「い、言い方……っ」
僕は火照った顔を両手でパタパタと扇ぎながら、ダッシュボードの収益画面を閉じ、闇市場のパーツ取引サイトを開いた。
「白金さん……あのSランクのツンデレお嬢様が言ってたんだ。近いうちに、学園の選抜メンバーによる対抗戦があるって」
昨日の配信で大バズりしてしまった以上、僕がその対抗戦に巻き込まれる可能性は非常に高い。
エリートたちは、最新鋭機を差し置いて目立ってしまった僕のことを、決して良くは思っていないだろう。
対抗戦という合法的な舞台で、僕を徹底的に潰しに来るはずだ。
「今の機体のスペックじゃ、エリートたちの最新鋭機を相手に生き残るのは厳しい。でも、この五百万円があれば……非合法パーツを山ほど買って、機体を極限までチューンアップできる」
僕は取引サイトの検索窓に、一般には流通していない高出力ジェネレーターや、強化ワイヤー、そして冷却性能の高いモーターの型番を次々と入力していく。
「チェーンソーの回転数をさらに上げるために、この大型建機用のモーターを並列で繋ごう。それから、ワイヤーアンカーの射出速度を上げるために、圧縮ガスのシリンダーも特注のやつに……」
メカのパーツ選びに没頭し始めると、先ほどまでの恐怖や羞恥心が薄れ、純粋なワクワク感が勝ってくる。
これこそが、僕の至福の時間だ。
『マスター……真剣な顔で私の内装を選んでくれるなんて……っ。ああっ、そんなに熱い視線で見つめられたら、私……ショートしてしまいそうです♡』
「だから、そういう変な解釈やめてってば! 僕は純粋に……ひぅっ!?」
僕が文句を言おうとした瞬間、今度は太ももの内側をそっと指先でなぞられるような、ゾクゾクとする感触が脳内に走った。
『いいんですよ、マスター。お姉ちゃんは、マスターにどんな風に弄られても……全部、喜んで受け入れますからね♡ さあ、もっと私を強く、激しくしてください……っ』
「んあっ……! や、やめっ、注文中に、変な感覚、流さないでよぉ……っ!」
僕はモニターの購入ボタンをクリックする手が震え、再び涙目で身悶えすることになった。
膨大な資金を得て、僕の愛機『魔導機甲』はさらなる狂気の産物へと進化しようとしている。
来るべき選抜対抗戦。エリートたちの包囲網を、この泥臭いチェーンソーでどう削り殺してやろうか。
「はぁっ、はぁっ……絶対、全部バラバラにしてやる……っ。ひぐっ、ああっ、アリス、そこは……っ!」
僕はヤンデレAIの過剰な愛情表現に脳内を弄り回されながら、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔で、チェーンソーの特注強化刃をカートに放り込んだ。
僕の泥臭く、そして過激に甘やかされる戦いの日々は、莫大な資金を得て、さらに加速していくのだった。




