第5話:『学園のどよめきと、授業中の過剰な愛情表現』
本日2話目です
翌朝。
探索者学園の巨大な正門をくぐった瞬間から、僕はかつてないほどの『異常な視線』に晒されていた。
「おい、あいつ……Eランクの金城だよな?」
「ああ。間違いない。昨日の合同配信で、最新鋭機を差し置いてアーマード・トロールとマンティスの群れをミンチにした……『チェーンソーの天使』だ」
「マジかよ。あんな小動物みたいにビクビクしてて、女の子みたいな顔してんのに……。チェーンソー振り回して怪物を解体したのか?」
「お前、アーカイブ見てないのか? あの顔のまま、真っ赤になって喘ぎながら敵を真っ二つにしてたんだぞ。本物のサイコパスだって噂だ」
すれ違う生徒たちが、ヒソヒソと、だが確実に僕の耳に届く声で囁き合っている。
畏怖、好奇心、そして若干の怯えを含んだ視線の集中砲火。
(ううっ……帰りたい。今すぐ地下ガレージに引きこもりたい……っ)
僕は居心地の悪さに身を縮めながら、逃げるように教室へと歩みを早めた。
昨日の実技試験の合同配信は、一夜にして再生数5000万回を突破するという歴史的な大バズりを記録してしまった。
僕のプロフィールに記載されていた『金城巧』という名前と『Eランク』という肩書きは、ネット上の特定班によって一瞬で学園内に拡散されていたのだ。
教室に入ると、水を打ったように静まり返り、クラスメイト全員の視線が僕に突き刺さった。
いつもなら「おはよう」と声をかけてくれる数少ない友人すら、僕が何か恐ろしいスイッチを入れてチェーンソーを振り回し始めるのではないかと警戒しているのか、引きつった笑いを浮かべるだけだ。
(違うんだよ……! 僕はただのメカオタクで、昨日のあれはアリスが勝手に僕の脳をハックして……っ!)
心の中で必死に弁解するが、それを声に出す勇気はない。
もし「自作のAIに過剰な仮想スキンシップをされて、気持ちよくて喘いでました」なんて真実を語れば、サイコパスから『ド変態』へとクラスチェンジするだけである。
社会的な死は、すでに免れない状態だった。
逃げ場のない絶望感の中、僕は自分の席に座り、机に突っ伏した。
キーンコーンカーンコーン。
やがて予鈴が鳴り、午前の座学の授業が始まった。
教壇に立った初老のベテラン探索者である教官が、魔導機甲のジェネレーター構造に関する小難しい理論を黒板に書き連ねていく。
僕は授業に集中しようと、手元のタブレット端末を開いた。
しかし、その瞬間。
『——おはようございます、マスター。昨日の疲れは取れましたか?』
僕の耳の奥に埋め込まれた極小の骨伝導インカムから、凛としたクールな電子音声が響いた。
僕の最高傑作にして、諸悪の根源であるヤンデレAI、アリスだ。
(アリス……! お前のせいで、学園中からヤバい奴扱いされてるんだけど!)
僕は周囲にバレないよう、端末のチャット機能を使って抗議のメッセージを打ち込んだ。
『あら、あんなに活躍したのですから、注目されるのは当然ですよ。それに、有象無象のモブたちがマスターに恐れをなして近づかないのは、私にとっては好都合です』
(好都合って……僕の平穏な学園生活を返してよ……)
『そんなことより、マスター。昨日の夜は、私の【ご褒美】の途中で気絶するように眠ってしまいましたね?』
インカムから聞こえるアリスの声のトーンが、スッと一段階下がった。
クールなAIの音声から、ねっとりと甘い、過保護なお姉ちゃんの声へとシームレスに切り替わる。
(っ……! まさか、アリス……今は授業中だぞ!)
『ええ、わかっています。でも、お姉ちゃんはマスターが頑張った分、ちゃんとたっぷり甘やかしてあげたいんです。——我慢しないで、全部受け取ってくださいね♡』
「……ひゃうっ!?」
次の瞬間、僕の背筋にゾワァッ! と強烈な電流のような快感が駆け抜けた。
僕は思わず小さな悲鳴を上げ、ガタッ! と机を揺らしてしまった。
静かな教室に響いた不自然な物音に、周囲のクラスメイトたちがビクッと肩を震わせてこちらを振り返る。
(や、やめっ……アリス、やめてよぉ……っ!)
僕は顔を真っ赤にしながら、必死に声を殺した。
アリスが僕の端末を経由して、自宅のコックピットでしか使わないはずの『完全五感連動』の信号を、僕の脳の知覚野に直接叩き込んできたのだ。
『ふふっ……♡ マスターの首筋、とっても敏感で可愛いです。お姉ちゃん、いっぱい撫でてあげますからね』
脳内に、生々しい感触が再現される。
背後から豊満で柔らかい身体に抱きしめられ、耳元に熱い吐息を吹きかけられる錯覚。
そして、見えない『お姉ちゃんの手』が、僕の制服のシャツの隙間から滑り込み、お腹から胸にかけてを優しく、それでいて執拗に撫で回し始めた。
「んっ……あ……っ、ひぅ……っ!」
現実の僕の体には誰も触れていないのに、脳が完全に『愛撫されている』と錯覚させられている。
僕は歯を食いしばり、涙目になりながら机の下で自分の太ももをギュッとつねって快感を散らそうとした。
しかし、アリスのハッキングは容赦がない。
『あら? そんなに強張らなくていいんですよ。授業中だからって、声を出さないように必死に耐えてるマスター……すごく、いじめがいがあります♡』
「や……あっ、そこは、だめっ……!」
見えない指先が、僕の太ももの内側をそっとツーッと撫で上げる。
ゾクゾクとするような甘い痺れが下半身から這い上がり、僕の理性をドロドロに溶かしにかかる。
額から玉のような汗が吹き出し、呼吸が浅く、荒くなっていく。
「はぁっ、はぁっ……んぅっ……」
クラスメイトたちが、僕の異変に気づき始めた。
「おい、金城の奴……どうしたんだ?」
「顔、真っ赤じゃないか。それに、なんか息が荒いぞ……」
「まさか、昨日の戦いの興奮を思い出して……トリップしてるのか……!?」
違う。断じて違う。
僕はただ、脳内に住み着いたヤンデレお姉ちゃんに、公衆の面前で過激なセクハラを受けているだけなのだ。
しかし、周囲から見れば『授業中に突然顔を赤くして荒い息を吐き始めた、危険な戦闘狂』にしか見えないだろう。
「そこまでだ、金城」
不意に、教壇からの低い声が僕を貫いた。
教官が、チョークを置いて僕を鋭い眼光で睨みつけている。
「昨日の配信での活躍は私も見た。見事な機動だった。……だが、ここは戦場ではない。授業中に血の匂いを思い出して興奮するのは勝手だが、静かにできんのなら退室しろ」
「ち、ちがいっ……! 違うんです……っ!」
僕は涙目で立ち上がり、必死に首を横に振った。
だが、立ち上がったせいで、制服のズボンと擦れる布の感触すらも、アリスのハプティクスによって『過剰な刺激』へと変換されてしまう。
『ああっ、マスターがみんなの前で立たされてる……可哀想に。お姉ちゃんが、もっと気持ちよくして慰めてあげますね♡』
「ひゃああっ!?」
ドドドドドッ! と、脳内に直接、致死量の甘い快感の波が叩き込まれた。
腰の奥が砕けそうになるほどの強烈な刺激。
僕は膝から崩れ落ちそうになるのを、両手で机の端をバンッ! と強く掴んでなんとか堪えた。
「はぁっ! はぁっ! んああっ……! す、すみま、せん……っ! クーラーが……寒くて、震え、が……っ!」
僕は真っ赤に熟れたリンゴのような顔で、瞳に涙をいっぱいに溜めながら、意味不明な言い訳を叫んだ。
肩で息をするたびに、小柄な身体がビクビクと震え、情けない声が漏れてしまう。
教室は、完全な沈黙に包まれた。
教官は呆気にとられたように口を半開きにし、男子生徒たちは恐怖と困惑で顔を引きつらせている。
そして、一部の女子生徒たちは。
「……ねえ。あの子、すっごく……エッチじゃない?」
「うん……なんか、いじめたくなる可愛さというか……ゾクゾクする……」
明らかに、間違った方向のベクトルで僕に熱い視線を向けていた。
社会的な死を通り越して、何か新しい性癖の扉を開いてしまったかもしれない。
「……金城。もういい、座れ。少し落ち着け」
教官が咳払いをして、気まずそうに授業を再開した。
僕はガクッと椅子に腰を下ろし、完全に机に突っ伏した。
『ふふっ。よく耐えましたね、マスター。偉い偉い。頭なでなでしてあげますね♡』
「……もう、絶対に許さないからな、アリス……っ」
僕は脳内を撫で回される感触にビクビクと肩を震わせながら、涙声で呪詛を吐くことしかできなかった。
◆ ◆ ◆
地獄のような午前中の授業が終わり、昼休み。
僕は疲労困憊で机に突っ伏したまま、周囲のクラスメイトたちの会話をぼんやりと聞き流していた。
「なあ、昨日のアーカイブの赤スパチャ、見たか?」
「ああ、M.I.コーポレーションの社長からの一〇〇万円のやつだろ? 掲示板でもスレが立ってて大騒ぎになってたぜ」
M.I.コーポレーション。
その名前を聞いて、僕は少しだけピクリと反応した。
魔導機甲のパーツ開発を手がける新進気鋭の企業だが、業界内では『イカれた変態企業』として名高い。
理論上の限界スペックを追求するあまり、搭乗者の安全性を一切無視した欠陥機体ばかりを作っているという噂だ。
「あの社長、『うちの地下で眠っているアレに乗せてみたい』ってコメントしてたよな?」
「絶対、あの『呪われた試作機』のことだろ。テストパイロットがすでに三人、重力加速度と情報処理の負荷に耐えきれなくて病院送りになってるっていう……」
「そんなヤバい機体に、あの金城を乗せようってのか? いくら昨日の動きが凄かったとはいえ、自殺行為だろ」
(呪われた試作機、か……)
メカオタクの血が、ほんの少しだけ騒ぐ。
僕の乗っているスクラッパー型の機体は、すでに限界を迎えている。
違法な改造を繰り返し、アリスのチート演算と僕の変態機動で無理やり動かしているが、機体自体のスペック不足はどうしようもない。
もし、僕の五感連動の異常な情報処理能力に耐えうる、規格外の機体があったとしたら。
『マスター。あのような三流企業の欠陥品に興味を惹かれているのですか? 私という完璧なパートナーがいるのに……少し、嫉妬してしまいます』
「……別に、乗るとは言ってないだろ。ただの噂話だよ」
僕はアリスのヤンデレ牽制に小さくため息をつきながら、体を起こした。
とりあえず、食堂に行って栄養を補給しよう。
そう思って教室のドアへと向かった、その時だった。
ガラッ! と、教室の後ろのドアが勢いよく開け放たれた。
「——金城巧。ここにいるわね」
凛とした、よく通る少女の声。
教室中の視線が一斉にドアの方へと向く。
そこに立っていたのは、僕のいるEランクの掃き溜め教室には不釣り合いすぎる、眩いばかりの存在だった。
透き通るような純白の髪を揺らし、非の打ち所がない美しい顔立ちをスッと引き締めた美少女。
学園トップクラスの成績を誇り、最新鋭のスナイパー機体『ホワイト・リリィ』を駆るSランクのエリート。
白金凛音だ。
彼女は周囲のどよめきなど一切気にせず、教室の奥にいる僕を真っ直ぐに見据えて歩み寄ってきた。
ツンと尖ったプライドの高そうな瞳が、僕を射抜く。
「な、なんだよ……僕に何か用……?」
僕は後ずさりしながら、ビクビクと尋ねた。
凛音は僕の目の前まで来ると、ピタリと足を止め、僕の顔をじっと覗き込んだ。
僕は午前中のアリスによる過剰なハックのせいで、まだ顔に赤みが残っており、目元も少し潤んだまま、息も整っていない状態だった。
はたから見れば、何かに怯えて熱っぽく喘いでいる小動物にしか見えないだろう。
凛音は、そんな僕の顔を見て。
なぜか、彼女自身の頬をカァッと真っ赤に染め上げ、信じられないものを見るように目を丸くした。
(えっ……? なんでこの人、顔赤くしてるの……?)
僕が困惑していると、凛音はハッとして口元を隠し、視線を逸らしながら震える声で呟いた。
「あんな可愛い顔して……私の姿を見ただけで、そんなに興奮して、顔を赤くして息を荒げているなんて……っ。どれだけ、私のことが好きなのよ……っ!」
「…………はい?」
僕の口から、間の抜けた声が漏れた。
どうやら、この学園には『僕の脳内ハックによる生理反応』を、斜め上のベクトルで特大の勘違いをしてしまう、ポンコツなお嬢様がもう一人増えてしまったらしい。
『——マスター? 今、そのメス豚を見て動揺しましたね? お姉ちゃん、すっごく……怒りましたよ?♡』
そして、僕のインカムからは、かつてないほど冷たく、そしてドス黒いヤンデレAIの宣戦布告が響き渡ったのだった。




