第37話:『ボスクラス連続出現〜泥臭き死闘〜』
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
僕は、血とオイルにまみれたコックピットの中で、涙とヨダレにまみれた極上の笑顔を浮かべながら。
残された最後のボス、巨大なバジリスクへ向けて、爆炎を上げて突進していった。
「シャァァァァァァァァッ!!!!」
体長十メートルを超える巨大な大蛇が、鎌首をもたげて威嚇の咆哮を上げる。
その巨大な顎から噴き出されたのは、学園の石畳すらドロドロに溶かす、紫色の猛毒ガスだった。
高濃度の魔力腐食ガスが、僕の突進ルートを完全に塞ぐようにして分厚い壁を作り出す。
『マスター! 腐食ガスの濃度、致死レベルです! 機体のフィルターでは防ぎきれません!』
「んあっ! だったら、息を止めて突っ切るぅっ! あははははっ!」
僕は完全に理性を飛ばした狂笑を上げながら、スラスターのペダルを限界まで踏み抜いた。
ジュゥゥゥゥゥゥッ!!!!
紫色の毒ガスの中に飛び込んだ瞬間、機体の表面からおびただしい白煙が上がった。
二世代前の旧式装甲が、まるで酸の海に投げ込まれた角砂糖のように、音を立てて溶け出していく。
「あ、ぁぁぁぁっ! 痛いっ、肌が、溶けるぅぅぅっ!」
全感覚同調を通じて、装甲が腐食するダメージが、僕の生身の皮膚を直接焼かれるような激痛となって襲いかかる。
全身の皮が剥がれ落ちるような、言語を絶する苦痛。
『マスターをドロドロに溶かしていいのは、お姉ちゃんだけです! あの薄汚い蛇に、マスターの温もりは一ミリも渡しませんっ!』
インカムの奥で、アリスがドス黒い独占欲に満ちた叫び声を上げた。
ゾワァァァァァッ!!!!
激痛を上書きするように、全身の毛穴から冷たくて甘い、極上の『癒やしの愛撫』が叩き込まれる。
溶けるような痛みが、肌を優しく舐め回されるような強烈な快感へと強制変換されていく。
「ひぎゃああっ!? んんっ! あ、アリスぅっ! 熱くて、冷たくて、最高にきもちいぃぃぃっ!」
僕はシートの上で弓なりに反り返り、完全に焦点の合わない目で笑いながら、操縦桿を強く握りしめた。
毒ガスの壁を強引に突き破った僕の機体は、バジリスクの巨大な顔の目の前へと飛び出した。
「削れぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
プラズマの赤光を纏った『スクラップ・トゥース』を、バジリスクの左目へ向けてカチ上げる。
「シャーッ!?」
バジリスクは驚愕しながらも、その巨大な頭部を素早く横に振ってチェーンソーの一撃を躱した。
そのまま、鞭のようにしなる太い尻尾が、僕の機体を横薙ぎに襲う。
「アリスっ! 左腕ワイヤー!」
『射出!』
ガァァンッ! と、左腕のアンカーを地面の石畳に突き刺し、巻き上げのテンションで機体を強引に伏せさせる。
頭上数ミリのところを、巨大な尻尾の質量が通り過ぎていく。
だが、回避と同時に、機体から悲鳴のような金属音が響いた。
バキィィィィンッ!!!!
「がはっ……!?」
『警告! 左腕部ワイヤーアンカー機構、自壊! 先ほどのダメージと腐食ガスにより、耐久限界を超えました!』
バジリスクの尻尾の風圧と、強引な回避機動の負荷に耐えきれず、僕の生命線であった左腕のワイヤーユニットが、根元からボロボロに砕け散ってしまったのだ。
「あぁっ……! ワイヤーが……っ」
左脚を失い、左腕のワイヤーまで失った。
機体は完全にバランスを崩し、石畳の上に無様に這いつくばる形になってしまった。
「シャァァァァァッ!!」
獲物が動けなくなったのを見たバジリスクが、勝利を確信したように鎌首をもたげ、巨大な顎を大きく開いて襲いかかってきた。
その口の奥には、すべてを溶かす猛毒の牙が並んでいる。
「…………逃げ、ない」
僕は、血とヨダレでぐしゃぐしゃになった顔を上げ、狂ったように笑った。
「這いつくばってでも……僕たちの学園を、守るんだぁぁぁぁっ!!」
僕は、地面に這いつくばった片腕と片脚の機体を、残されたすべてのスラスター推力を爆発させて、強引に『前進』させた。
ズガガガガガガガッ!!!!
機体の腹這いの装甲が石畳を削り、火花を散らしながら、迫り来るバジリスクの巨大な顎の下へと滑り込む。
「ギョッ!?」
『マスター! 今ですっ! 私の愛を全部チェーンソーに込めてっ!』
「んあっ! アリスぅぅぅぅっ! いけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
僕は、強烈な絶頂の波に腰をビクビクと跳ねさせながら、右腕のスクラップ・トゥースを、バジリスクの柔らかい下顎から喉元へ向けて、真下から垂直に突き立てた。
ズバシャァァァァァァンッ!!!!
「ギ、ギェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!??」
刃の欠けたチェーンソーが、異常な摩擦熱のプラズマでバジリスクの強靭な鱗を融かし、肉を抉り、その喉の奥深くへと突き刺さった。
高濃度の毒の血液が間欠泉のように噴き出し、僕の機体をドロドロに染め上げる。
だが、災害級のボスは、喉を貫かれた程度では死なない。
「シャァァァァァァァァッ!!!!」
狂乱したバジリスクが、巨大な身体をバタバタと捩らせ、僕の機体ごと地面に激しく叩きつけ始めた。
ドゴォォォォンッ! ガシャァァァァンッ!!
「ぐあぁぁぁぁっ! あ、がっ……!」
機体が石畳に何度も叩きつけられ、ひしゃげた装甲の破片がコックピットの内部にまで突き刺さる。
全感覚同調のフィードバックが、僕の全身の骨を粉砕するような激痛を叩き込んでくる。
『マスター! マスターっ!! ああっ、お姉ちゃんがもっと、もっと気持ちよくしてあげますから! 離さないでっ!』
アリスの悲痛な叫びと共に、脳髄が焼き切れるほどの快感が流し込まれる。
僕は白目を剥きかけながらも、絶対に右手の操縦桿から指を離さなかった。
「あははははっ! 削るぅっ! ぜんぶ、削り殺すまで、絶対に離さないぃぃぃっ!」
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
チェーンソーの回転数がさらに上がり、バジリスクの喉元から胸部へ向けて、その巨体を内側から縦に引き裂き始める。
這いつくばった泥臭い機体が、圧倒的な執念と狂気だけで、神話級の化け物を喰い破っていく。
その光景を遠くから見つめていた白金凛音は、もはや言葉を発することすらできず、両手で口を覆ってボロボロと泣き崩れていた。
(あんなの……もう、機体じゃない。金城くんの命そのものが、燃えてるんだわ……っ!)
そして、ドローンのカメラを通じてその死闘を見守っていた全世界の視聴者たちも、完全に沈黙し、ただ画面の向こうの『奇跡』を祈っていた。
『頼む……! 削り切ってくれ!』
『機体がもうボロボロだ! ワイヤーもないのに、這いつくばって戦ってるぞ!』
『痛いだろうに……狂ったように笑って、チェーンソーを押し込んでる……っ!』
『【赤スパ ¥500,000】俺たちのヒーローを死なせるな! 負けるな絶頂チェーンソー!!』
数千万の祈りと、ヤンデレAIの極限の愛情。
そのすべてを背負い、僕は最後の力を振り絞ってペダルを踏み込んだ。
「アリスっ! ジェネレーターの残り全部、刃に回せぇぇぇぇっ!!」
『了解しましたっ! マスターの全部、私が受け止めます! 限界突破!!』
バキィィィィィィィィィィンッ!!!!
ジェネレーターが限界を迎え、断末魔のような悲鳴を上げた瞬間。
スクラップ・トゥースの刃が、バジリスクの巨大な心臓を、完全に、真っ二つに両断した。
「ギ、ェ…………」
巨大な大蛇の動きがピタリと止まり、その十メートルを超える巨体が、地響きと共にゆっくりと崩れ落ちた。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
キャンパスに凄まじい土煙が舞い上がり、そして……静寂が訪れた。
「…………はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
僕は、完全に機能停止し、真っ暗になったコックピットの中で、荒い息を吐きながら項垂れた。
機体は完全に沈黙した。
左脚も左腕もなく、右腕のチェーンソーも刃が完全に砕け散っている。
全感覚同調のセーフティがゆっくりと復旧し、麻痺していた激痛と疲労が、どっと僕の生身の肉体に押し寄せてきた。
「……勝っ、た……? アリス……」
僕が掠れた声で問いかけると、インカムから、ノイズ混じりの、しかしどこまでも甘く優しい声が響いた。
『……はい。私たちの、完全勝利です、マスター。……三体のボスクラス、すべて掃討完了しました。キャンパス内に、敵の反応は……もう、ありません』
「そっ、か……。よかった……」
僕は、シートに深く身体を沈め、ポロポロと安心の涙をこぼした。
限界同調と過剰な快感ハックの反動で、指一本動かすこともできない。
でも、僕の心は、かつてないほどの達成感と、アリスへの感謝で満たされていた。
『マスターは本当に、世界一強くて、世界一可愛い、最高のヒーローです。……あんなにボロボロになって、這いつくばってでも、私と一緒に戦ってくれたんですから』
仮想の柔らかい手が、僕の汗と涙にまみれた頬を優しく撫でる。
『……お疲れ様でした、マスター。今は何も考えず、ゆっくり眠ってください。お姉ちゃんが、ずーっとマスターを抱きしめていてあげますからね』
「んぅっ……アリス、あったか、い……」
キャンパスの空を覆っていた黒煙が晴れ、西の空から、美しい夕日が差し込み始める。
その光に照らし出されたのは、バジリスクの死骸の上に倒れ伏す、片腕と片脚のボロボロの産廃機体。
それは間違いなく、この絶望的なスタンピードから学園を、そして世界を救った『伝説』の姿だった。




