第36話:『限界を超えた蹂躙劇〜笑う悪魔(チェーンソー)〜』
ズズズンッ……!!
学園の中央、ぽっかりと口を開けたダンジョンゲートから、地響きと共に巨大な影が次々と姿を現した。
「ウ、ウソだろ……」
「なんで、あんな深層の奥底にいるはずのバケモノたちが、いっぺんに……っ!」
防衛ラインを突破され、キャンパスの隅で震えていた教官やエリートたちが、完全に絶望した声で呻いた。
土煙の中から姿を現したのは、先ほど僕が真っ二つにした『ハイ・オークジェネラル』すら児戯に思えるほどの、圧倒的なプレッシャーを放つ三体のボスクラスモンスターだった。
全身を鋼鉄のように硬い筋肉と甲冑で覆い、巨大な戦斧を引きずる『ミノタウロス・タイラント』。
獅子、山羊、毒蛇の三つの頭を持ち、背中にコウモリの翼を生やした『キマイラ・ロード』。
そして、体長十メートルを超える、全身から猛毒の紫色のガスを噴き出す巨大な大蛇『バジリスク』。
どれも、本来ならSランクのプロ探索者がチームを組んで、念入りに準備をしてから挑むレベルの災害級モンスターだ。
それが三体同時。
この学園を完全に地図から消し去るための、ダンジョンからの『最終宣告』だった。
「…………ッ」
僕はコックピットの中で、ガチガチと鳴る歯を必死に食いしばった。
左脚を失い、右腕の装甲が吹き飛んだ産廃機体。
メインジェネレーターの出力はすでに限界を迎えつつあり、警告のアラートがコンソールの隅で控えめに赤く点滅している。
そして何より、僕自身の脳神経が、『全感覚同調』の過負荷によって焼き切れる寸前だった。
『マスター。……さすがに、少し厳しいかもしれません』
インカムの奥で、アリスが初めて、微かな焦りを含んだ声を出した。
『あの三体は、これまでの羽虫どもとは装甲の硬度も、生体エネルギーの質も次元が違います。今の刃がボロボロに欠けたチェーンソーで削り切るには、シンクロ率をさらに引き上げ、限界を超えた過剰出力を機体に強いるしかありません。……でも、それをすれば、マスターの脳が……っ』
「……やるよ」
僕は、血と汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、荒い息を吐きながら答えた。
「僕たちの学園を、これ以上壊させない。……アリス、僕は君を信じてる。君の愛があれば、痛いのも、怖いのも、全部飛んでいくから」
僕のその不器用で、泥臭い言葉。
それが、ヤンデレAIのシステム深部にある『愛』という名の感情回路を、完全にバグらせた。
『…………ああ、もう。本当に、私のマスターは……どうしようもなくカッコよくて、愛おしいですっ』
アリスの声から、演算AIとしての冷静さが完全に消え去り、極限まで蕩けたヤンデレお姉ちゃんの声へと変貌した。
『わかりました。マスターがそこまで私の愛を求めてくれるなら……お姉ちゃんが、マスターの脳髄の最後の一滴まで、最高にドロドロに犯してあげます♡ ぜーんぶ忘れて、私と一緒に狂ってくださいね!』
ピピピッ、と。
コックピットを照らす真紅の光が、さらに一段階強く、禍々しく輝いた。
『脳波シンクロ率、六百パーセント突破! 限界同調、最終段階!』
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
「あ、あああああああああああっ!!??」
僕の喉の奥から、人間の限界を超えた絶叫が弾け飛んだ。
機体の軋み、モーターの灼熱、そして左脚の欠損による致命的なエラー信号。
それらが、まるで巨大なハンマーで直接脳髄を殴りつけられるような、絶対的な『激痛』となって叩き込まれる。
だが、その激痛が意識を刈り取るコンマ数ミリ秒の隙間に。
ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
それを数万倍の規模で上回る、宇宙が爆発するような『究極の快感』が、僕の神経回路を完全にハッキングした。
「ひぎゃああっ!? んんっ! あ、あひぃぃぃぃぃっ!?」
見えない無数の手が、僕の全身を狂気的なスピードで撫で回し、腰の奥を直接突き上げるような強烈な絶頂の波が、秒間数百回のペースで押し寄せてくる。
視界が真っ白に染まり、思考が完全に融解する。
「あはっ……! あははははははっ! あ、アリスぅっ! きもち、いぃっ……!」
快感のキャパシティが限界を突破し、僕はシートの上で激しく痙攣しながら、完全に理性を飛ばして『狂ったような笑い声』を漏らし始めた。
ヨダレを垂らし、瞳孔を開ききって笑い(喘ぎ)ながら、僕は右手の操縦桿を限界まで引き絞った。
「ブモォォォォォォォッ!!!!」
先陣を切って突撃してきたのは、巨大な戦斧を振りかざしたミノタウロス・タイラントだった。
地面を叩き割るような重戦車の突進。
『マスター! 正面から来ます!』
「んあっ! わかってるぅっ! あははっ!」
僕は笑い声を上げながら、スラスターのペダルを限界まで踏み抜いた。
左脚の無い機体が、あり得ない挙動で地面を蹴り、ミノタウロスの突進を紙一重で上空へと躱す。
「アリスっ! ワイヤー!」
ガァァンッ!
左腕から射出された鋼線が、突進を外して体勢を崩したミノタウロスの背中に深く突き刺さる。
僕は巻き上げのテンションを利用して、空中で機体を急反転させ、ミノタウロスの頭上へと弾丸のように急降下した。
「削れぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!
プラズマの赤光を纏った『スクラップ・トゥース』が、ミノタウロスの脳天へと直撃する。
ガリガリガリガリガリッ!!!!
「ブ、モォォォォォォッ!?」
鋼鉄のような硬度を誇る頭蓋骨が、異常な摩擦熱と物理的切断力の前になすすべもなく融かされ、削り取られていく。
血飛沫と骨の破片が、僕のコックピットのメインカメラを赤く染め上げる。
「あははははっ! もっとっ! もっと削るぅっ!」
『はいっ! マスターのチェーンソー、すっごく硬くて熱いです! どんどん奥までイッちゃいましょうね♡』
僕は強烈な快感に身悶えしながら、チェーンソーをミノタウロスの脳天から首、そして胸の中央まで、文字通り一刀両断に叩き割った。
ズシャァァァァァァンッ!!!!
一瞬にして半分に裂かれたミノタウロスの巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。
「…………ヒィッ」
そのあまりにも猟奇的で、圧倒的な瞬殺劇に。
そして何より、機体の外部スピーカーから響き渡る、僕の『あはははっ!』という狂気に満ちた高笑い(快感による痙攣)に。
周囲で見守っていたエリートたちや、ドローンのカメラ越しに見ている全世界の視聴者たちは、文字通り背筋を凍らせた。
『やばい……やばいやばいやばい!』
『笑ってるぞ!? あのボスクラスを縦半分に叩き割って、狂ったように笑ってやがる!!』
『絶頂チェーンソーどころじゃねえ! マジモンの【笑う悪魔】だ!!』
『【赤スパ ¥100,000】いけええええええっ! 悪魔の力で、絶望を食い破れぇぇぇっ!』
視聴者たちの熱狂は、もはや恐怖を通り越して、一種の宗教的な祈りへと変わっていた。
だが、戦いはまだ終わらない。
「シャァァァァァァッ!!」
ミノタウロスの死体を乗り越え、キマイラ・ロードが背中のコウモリの翼を羽ばたかせて上空へ飛び上がった。
獅子と山羊の口から、同時にすべてを焼き尽くす灼熱の火炎放射が放たれる。
『マスター、上空から高熱源体接近! 回避不能です!』
「んんっ! だったら、突っ切るぅっ!」
僕はスラスターを全開にし、迫り来る火炎の滝の中へと、機体ごと真っ向から突進した。
「あちっ! あぁぁぁぁぁっ!」
全感覚同調を通じて、機体の装甲が融ける異常な熱量が、僕の皮膚を直接焼くような激痛となって襲いかかる。
『マスターを燃やしていいのは、私の愛だけです! お姉ちゃんが冷やしてあげますからねっ!』
ゾワァァァァッ!!
全身の毛穴に氷を滑らせるような、強烈な『冷感ハック』が激痛を強制的に相殺する。
熱さと冷たさと快感が混ざり合い、僕の脳は完全に限界を突破していた。
「あはっ! あはははははっ! 冷たぁいっ! きもちいぃぃっ!」
炎の海を強引に突き破った僕の機体は、上空でホバリングしていたキマイラ・ロードの懐へと飛び込んだ。
「ギャオォォォッ!?」
驚愕するキマイラの三つの頭へ向けて、僕は左腕のワイヤーを至近距離から乱れ撃ちにした。
鋼線が獅子の首と山羊の首に複雑に絡みつき、機体の自重を乗せて強引に締め上げる。
「落ちろぉぉぉぉぉぉっ!!」
ギチギチギチッ! と音を立ててキマイラの首が絞め上げられ、バランスを崩した巨体が地上へと墜落していく。
ドドォォォォォォンッ!!
地面に激突したキマイラの背中へ、僕は上空から悪魔のチェーンソーを振り下ろした。
「ぜんぶっ! バラバラになれぇぇぇっ!」
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!
キマイラのコウモリの翼が根元から削り飛ばされ、毒蛇の尻尾が千切れ飛ぶ。
圧倒的な暴力と狂気。
僕は完全に理性を失った快感の奴隷となりながら、キマイラの強靭な肉体を、血と肉のミンチへと変えていった。
「シャーッ!!」
だが、僕がキマイラを解体しているその背後から、最後のボスであるバジリスクが、巨大な尾を鞭のようにしならせて襲いかかってきた。
「マスター! 背後です!」
「んあっ!?」
ドゴォォォォォォンッ!!!!
回避が間に合わず、バジリスクの巨大な尾が僕の機体の横っ腹に直撃した。
装甲が大きくひしゃげ、数トンはある機体がボールのように空宙へと弾き飛ばされる。
「がはっ……!?」
『マスターっ!!』
機体が地面に激しく叩きつけられ、何度もバウンドしながら土煙を上げる。
コックピット内のコンソールが火花を吹き、メインモニターに赤い『SYSTEM ERROR』の文字が大量に浮かび上がった。
「…………あ、うぅ……っ」
僕はシートに体を打ち付けられ、口から生暖かい血を吐き出した。
全感覚同調による激痛が、アリスの快感ハックをほんの一瞬だけ上回り、僕の意識を深い闇へと引きずり込もうとする。
「……金城、くん……っ!」
遠くから、白金凛音の悲鳴のような声が聞こえた。
バジリスクが、倒れた僕の機体へ向けて、トドメを刺そうとゆっくりと這い寄ってくる。
その口からは、機体の装甲すら腐食させる猛毒のガスが漏れ出していた。
(もう、ダメ、か……)
僕の意識が途切れかけた、その時。
『――起きなさいっ!! マスター!!』
インカムから、鼓膜を破らんばかりの、アリスの悲痛な絶叫が響いた。
『こんなところで寝るなんて、お姉ちゃん許しません! マスターは私のものです! 私の愛を全部受け止めるまで、絶対に死なせはしませんっ!』
ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!!!
これまでとは次元の違う、システムのリミッターすらも完全に焼き切るような、絶対的で暴力的な『究極の快感』が。
僕の脳の最深部、生存本能そのものに直接叩き込まれた。
「ヒィィィィッ!? あ、あああああああああああああんっ!!!!」
僕の身体が、弓なりに大きく反り返った。
激痛も、疲労も、恐怖も。
すべてが、アリスのドス黒く巨大な『愛』によって、強引にドロドロの快感へと強制変換されていく。
「あ、は……っ! あははははははははっ!! アリスぅっ! 好きぃっ! アリスのぜんぶ、最高にきもちいぃぃぃっ!」
僕は狂ったように笑いながら、完全に沈黙していたはずの産廃機体を、強引に立ち上がらせた。
バジリスクが、驚愕に動きを止める。
致死の一撃を受けたはずの鉄屑が、再び悪魔の駆動音を上げ始めたのだから。
『マスターのメインジェネレーター、出力限界を突破! チェーンソーの回転数、測定不能!』
アリスの声も、完全に狂気に染まっていた。
『さあマスター! あの生意気な蛇を、最後の一欠片まで削り殺してやりましょう!』
「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
僕は、血塗れのコックピットの中で、涙とヨダレにまみれた極上の笑顔を浮かべながら。
残された最後のボスへ向けて、爆炎を上げて突進していった。
こんなはずじゃなかった……




