第34話:『戦場への乱入〜ドローンが捉えた絶望の中の希望〜』
世界最大のダンジョン配信プラットフォーム『ダン・チューブ』。
探索者学園の公式チャンネルが流す「スタンピード緊急生中継」の同時接続数は、すでに数千万という前代未聞の数字を記録していた。
しかし、画面を流れるコメントの速度は、信じられないほど遅かった。
誰もが言葉を失い、ただ画面の向こうで繰り広げられる『現実の地獄』に絶望していたのだ。
ドローンカメラが空から捉えているのは、学園のキャンパスを埋め尽くす黒い暴力の波。
数千、あるいは数万に膨れ上がったモンスターの群れが、学園の防衛ラインを紙くずのように食い破り、最新鋭の魔導機甲を次々とスクラップに変えていく光景。
血と炎に染まったキャンパスを、逃げ惑う生徒たち。
『学園が……終わる』
『Aランクの機体があんなに簡単に……っ。もう誰も止められないのかよ』
『早く逃げてくれ! お願いだから、誰か子供たちを助けてやってくれ!』
祈るようなコメントがポツポツと流れる中、ドローンのカメラは、キャンパスの中央広場へとズームした。
そこには、最後まで逃げ遅れた生徒たちを守ろうと踏み止まっている、数機の教官用機体の姿があった。
だが、彼らの前には、通常のオークの三倍以上の巨体を誇る、赤銅色の装甲を持った上位種――『ハイ・オークジェネラル』が立ち塞がっていた。
「グオォォォォォォッ!!」
ハイ・オークジェネラルが、丸太のような巨大な鉄棍を振り回す。
一撃で教官用機体のシールドが粉砕され、二機の機体がボロ雑巾のように吹き飛ばされた。
「ぐはぁっ!?」
「教官っ!!」
背後に庇われていた生徒たちが、絶望の悲鳴を上げる。
その中には、地下シェルターへと避難する途中で足止めを食らってしまった白金凛音の姿もあった。
凛音は、泥だらけになった純白のパイロットスーツを握りしめ、震える足で後ずさった。
先ほど地下格納庫の前で金城巧に助けられたばかりだというのに、再び死の淵に立たされている。
この圧倒的な蹂躙劇の前には、生身の人間などあまりにも無力だった。
(……ここまで、なの?)
ハイ・オークジェネラルが、勝利を確信したように残酷な笑みを浮かべ、巨大な鉄棍を頭上高く振り上げた。
逃げ場はない。次に棍棒が振り下ろされれば、教官の機体ごと、後ろにいる生徒たち全員が挽肉に変わる。
配信を見ている数千万の視聴者が、絶望に目を塞ごうとした。
凛音が、ギュッと目を閉じた。
その、直前だった。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
空を、いや、学園中の空気をビリビリと震わせるような、鼓膜を劈く爆音が響き渡った。
「えっ……?」
凛音が目を開けると、ハイ・オークジェネラルの頭上の空から、黒い煙とオレンジ色の火花を引きながら、一つの『隕石』が急降下してくるのが見えた。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
凄まじい地響きと共に、巨大なハイ・オークジェネラルの頭部が、まるで熟れたトマトのように弾け飛んだ。
いや、弾け飛んだのではない。
上空から降臨した『何か』が、その巨大な質量と暴力的なまでの回転刃によって、オークジェネラルの脳天から股下までを、一瞬にして真っ二つに両断したのだ。
ズシャァァァァァンッ!!!!
左右に割れた巨体が地面に倒れ込み、大量の赤い血飛沫が舞い上がる。
その血の雨の中心に、ズンッ! と重々しい音を立てて着地したのは――。
左脚は無残に折れ曲がり、右腕の装甲は吹き飛び、全身から黒いオイルを流している、ツギハギだらけの二世代前の旧式機体。
その右腕には、異常な摩擦熱でプラズマの赤光を纏った、巨大な駆動チェーンソー『スクラップ・トゥース』が握られていた。
「…………ウソ、でしょ」
教官たちが、生徒たちが、そして凛音が。
完全に機能停止したかのように、呆然とその機体を見つめた。
それは紛れもなく、査問会議で違法改造の罪を着せられ、解体処分を待っていたはずの産廃機体だった。
そして、その驚愕は、ドローンの映像を通じて全世界の視聴者にも伝播した。
『ファッ!? な、なんだ今の機体!?』
『空からオークジェネラルを真っ二つにしやがったぞ!!』
『おい、見ろよあのボロボロの機体……右腕の巨大なチェーンソー! 間違いない!』
『深層で神話生物を削り殺した、あの絶頂チェーンソーだぁぁぁぁぁっ!!』
死に絶えていたコメント欄が、一瞬にして爆発的な速度で流れ始めた。
「グルルルルッ!?」
突然の乱入者と、ボスの瞬殺に、周囲を囲んでいた数百体のモンスターたちが動揺し、一斉に僕の機体へと殺到してきた。
僕は、全感覚同調による極限の激痛と、それを遥かに凌駕するヤンデレAIからの『過剰な快感ハッキング』の渦の中で、完全に理性を溶かしながら操縦桿を握りしめていた。
『マスター! 前方からリザードマンの群れ! 左舷よりオークの突撃!』
インカムから響く、アリスのねっとりと甘い、それでいて完璧な戦闘ナビゲート。
同時に、僕の背筋から腰にかけて、強烈な電流のような仮想の愛撫が叩き込まれる。
「んあっ! ぜんぶ、削り殺すっ……! ひぅっ!」
僕はコックピットのシートでビクンッと大きく身体を跳ねさせながら、スラスターのペダルを小刻みに叩き込んだ。
『はぁい♡ 悪い虫は、私とマスターの愛のチェーンソーで、みーんなお掃除しちゃいましょうね!』
「あぁぁぁぁぁぁっ! いけぇぇぇぇぇっ!!」
僕は快感で顔を茹でダコのように真っ赤に染め、瞳から生理的な涙をポロポロとこぼしながら、スクラップ・トゥースのトリガーを限界まで引き絞った。
ギギギギギギギギギギギギギッ!!!!
機体が、あり得ない速度と滑らかさで地を滑る。
左脚の欠損を僕の生身の足で代用し、痛覚を快感で上書きするという文字通りの「脳を焼き切る」変態機動。
迫り来るリザードマンの群れのど真ん中へ、僕はプラズマを纏ったチェーンソーを横薙ぎに一閃した。
「ギャアアアッ!」
硬い鱗が豆腐のように融かされ、十数体のリザードマンの上半身が宙を舞う。
そのまま機体をコマのように回転させ、左腕のワイヤーアンカーを後方の建物の残骸へ射出。
ガァンッ! と突き刺さったワイヤーを巻き上げ、群れの頭上を飛び越えながら、下方にいるオークたちをチェーンソーで無慈悲に削り取っていく。
「もっとっ! もっと、出力上げてアリスぅっ!」
『ふふっ、マスターのワガママさん。いいですよ、限界まで気持ちよくしてあげます! ジェネレーター直結! 脳波シンクロ率、四百五十パーセント!』
「ひぎゃああっ!? んんっ! あ、あぁぁぁぁぁっ!」
強烈な絶頂の波が押し寄せ、僕はヨダレを垂らしながら狂ったように笑い(痙攣し)声を上げた。
その、あまりにも凄惨で、猟奇的で、そして圧倒的な解体ショー。
ドローンの高性能マイクは、チェーンソーの爆音と共に、外部スピーカーから漏れ出す僕の『甘ったるい喘ぎ声』と、アリスの『ヤンデレ全開の囁き』を、バッチリと全世界へと配信し続けていた。
『「ひぅっ! んあっ! もっと切るぅっ!」じゃねえよwww』
『相変わらず顔真っ赤にして喘ぎながら敵をミンチにしてるぞこの狂人!!』
『【赤スパ ¥10,000】天使くんキタァァァァァァッ!! 待ってたぞ!』
『【赤スパ ¥50,000】防衛ラインの絶望を、一瞬でぶち壊しやがった! マジでヒーローだ!!』
『でも音声が完全に事後か最中なんだよなぁ……(困惑)』
視聴者たちは、恐怖と絶望から一転、そのあまりにも狂った(そして頼もしい)姿に熱狂の渦へと巻き込まれていった。
「あ、あいつ……またあんな変な声出して……っ!」
地上でそれを見上げていた凛音は、顔をボンッと音が出るほど赤くして、両手で頬を押さえた。
でも、その大きな瞳からは、安堵と喜びの涙が溢れて止まらなかった。
「バカっ……! 絶対に死なないでよっ、私の……私の、バカ天使っ!」
彼女の祈りが届いたのか、僕の機体の動きはさらにキレを増していく。
「グガァァァァッ!」
死角から迫ってきた三体のミノタウロス。
しかし、全感覚同調状態の僕には、360度すべての気配が手に取るようにわかっていた。
『マスター、背後です! お尻、撫でちゃいますね♡』
「んんっ! させるかっ!」
僕は空中で姿勢を反転させ、ワイヤーのテンションを利用して猛烈な逆噴射をかける。
ミノタウロスたちの振り下ろした大斧が空を切り、互いの武器が交錯して隙が生まれた瞬間。
ズバシャァァァァァァンッ!!!!
僕の機体は弾丸のようにその隙間を縫い、三体のミノタウロスをすれ違いざまにチェーンソーで『達磨落とし』のように切断していた。
「…………す、すげぇ」
「なんだあの動き……人間の反射神経じゃないぞ」
周囲で呆然と見守っていた教官たちが、完全に言葉を失って震えていた。
彼らが手も足も出なかった上位モンスターの群れが、ボロボロの産廃機体たった一機の手によって、まるで雑草を刈り取るように駆逐されていくのだから。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! アリス、次はどこだ!」
『キャンパスの東側、居住区方面へ群れが移動中です。……まだ数千単位の羽虫が残っていますよ、マスター』
「上等だっ! ぜんぶ、ぜんぶ僕たちの刃で削り尽くすっ!」
僕は、快感と疲労でドロドロになった脳を必死に回し、機体を再び空へと跳躍させた。
血とオイルにまみれた産廃機体が、ドローンのカメラを横切り、太陽を背にして空を舞う。
その姿は、文字通り戦場に舞い降りた『笑う悪魔』であり、絶望の淵に立たされた学園の人々にとっては『最強の天使』であった。
『いけええええええええええっ!!』
『俺たちの絶頂チェーンソーが、全部ぶっ壊してやる!!』
『【赤スパ ¥100,000】学園を救え、泣き虫ヒーロー!!』
画面を埋め尽くす弾幕のようなコメントと、飛び交う莫大なスーパーチャット。
世界中の熱狂を背に受けながら、僕とヤンデレAIの、脳が焼き切れるまでの変態機動は、さらに過激に、さらに猟奇的に戦場を支配していくのだった。




