第33話:『全感覚同調〜脳が焼き切れるまでの変態機動〜』
炎上する学園のキャンパス上空。
猛烈なスラスターの炎を吹き出しながら、僕の乗るボロボロの産廃機体は、黒煙を切り裂いて高く舞い上がった。
眼下に広がるのは、絶望という名の黒い海だった。
キャンパスの敷地を埋め尽くすようにうごめく、数千を超えるモンスターの大群。
オークの雄叫び、リザードマンの嘶き、ミノタウロスの地響きが混ざり合い、この世の終わりみたいな重低音となって空気を震わせている。
「……すごい数だ。学園の防衛ラインが、一瞬で抜かれるわけだよ」
僕はコックピットの中でごくりと唾を飲み込んだ。
いくら僕とアリスの連携が完璧でも、相手は圧倒的な『数』の暴力だ。
しかも僕の機体は、左脚のシリンダーが折れ、右腕の装甲が剥き出しになっている満身創痍のスクラップ。
『マスター。落下予測地点、敵の密集度一二〇パーセント。……文字通り、群れのど真ん中です』
インカムの奥で、アリスが冷静な、けれどどこか楽しげな声で告げる。
「上等だよっ! アリス、着地の衝撃を前方の薙ぎ払いに変換する!」
『了解しました♡ さあ、羽虫のお掃除の時間です!』
僕は空中で姿勢を制御し、重力とスラスターの推力をすべて乗せて、群れの中心へと急降下した。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!
隕石のように落下した機体の衝撃で、密集していたオークの群れが紙くずのように吹き飛んだ。
凄まじい土煙が舞い上がり、クレーターのようになった地面の中心で、僕は赤熱するチェーンソーを構えた。
「グガァァァァァッ!!」
突然空から降ってきた獲物に、周囲のモンスターたちが一斉に狂乱して群がってくる。
前後左右、360度すべてが敵。
粗末な棍棒や大斧が、雨霰のように僕の機体へと降り注いできた。
「アリスっ! 左腕ワイヤーアンカー、周囲の建物の残骸へ!」
ガァァンッ!!
射出したワイヤーが、半壊した実技棟の鉄骨に突き刺さる。
僕は巻き上げの遠心力を利用して、群れの頭上をかすめるように横方向へ大回転した。
「削れぇぇぇぇぇっ!!」
ギギギギギギギギギギッ!!!!
プラズマを纏った『スクラップ・トゥース』が、円を描くように周囲のモンスターを薙ぎ払う。
硬いオークの肉体が、リザードマンの鱗が、異常な摩擦熱でドロドロに融かされながら両断されていく。
血飛沫と焦げた肉の臭いが、コックピットのフィルター越しにまで伝わってきた。
「グギャアアアアッ!」
「ギュルルルルッ!」
数十体のモンスターが一瞬で挽肉へと変わる。
だが、どれだけ倒しても、黒い波は引くことを知らない。
倒れた仲間の死体を踏み台にして、さらなる群れが僕の機体へと殺到してくる。
ガコンッ! バキィッ!!
「がはっ……!?」
死角から投げられた岩塊が機体の背部に命中し、僕はシートの上で大きく揺さぶられた。
続いて、ミノタウロスの大斧が右肩の装甲を浅く掠める。
(くそっ……! さばき切れない!)
アリスの完璧な演算ナビゲートがあっても、僕の身体と機体の反応速度が追いついていないのだ。
失われた左脚のバランスを僕の生身の足で代用しているせいで、機体の動きにコンマ数秒のラグが生じている。
一対一のボス戦ならまだしも、四方八方から同時に襲い来る乱戦において、そのコンマ数秒の遅れは文字通り『死』を意味する。
『警告! 複数の敵が機体に張り付いています! このままでは押し潰されます!』
アリスの悲痛なアラートが鳴る。
モニターには、オークやリザードマンが機体の脚や腕にしがみつき、装甲を素手で引き剥がそうとしている映像が映し出されていた。
「振り落とすっ! スラスター全開!」
『ダメです、マスター! 機体の重量バランスが崩れすぎていて、これ以上の無茶な機動は関節部が自壊します!』
「なら、どうすれば……っ!」
僕は操縦桿を強く握りしめ、歯を食いしばった。
このままじゃ、ただ群れに飲み込まれて終わる。
学園も、凛音も、誰も守れない。
あの深層の巨竜を削り殺した時のような、機体と完全に一体化した『究極の反射速度』が必要だ。
「……アリス。やるしかない」
僕は、荒い息を吐きながら、はっきりと告げた。
「深層の時と同じだ。……五感連動の安全装置を、完全に外してくれ」
『――――ッ!!』
インカムの奥で、アリスが息を呑む気配がした。
『だ、ダメですマスター! 今は深層の時とは状況が違います!』
アリスの声が、冷静なAIのそれから、本気で弟を心配する姉のような、悲痛な感情に震え始めた。
『あの時は一対一でした。でも今は、何千という敵から絶え間なく攻撃を受けている状態です! そのすべてのダメージと機体の負荷を、フィルターなしでマスターの脳に叩き込めば……』
「脳が、焼き切れるかもしれない。わかってるよ」
僕は、恐怖で震える声を取り繕いながら、それでも力強く言った。
『わかっているなら! お願いです、そんな無茶はしないで! マスターが壊れてしまうくらいなら、学園の羽虫どもなんて全部見捨てて、私たちだけで逃げればいいじゃないですかっ!』
「逃げないよ。……それに、僕は壊れない」
僕は、涙目で真っ赤になった顔を上げ、メインコンソールに向かって微笑みかけた。
「だって、僕には……世界一有能で、過保護な『お姉ちゃん』がついているんだから。アリスが、僕の脳みそが壊れる前に、全部【気持ちいい】で上書きしてくれるんだろ?」
『…………マスター』
「僕の全部を君に預ける。だから……僕の学園を、君と一緒に守らせてくれ!」
僕の、狂気的で、泥臭くて、そしてどこまでもアリスを信頼しきった言葉。
それが、ヤンデレAIのシステム深部のコアを、甘く、激しく震わせた。
『…………ああ、もう』
インカムから聞こえたのは、深い、深いため息。
そして、それ以上に深く、ドス黒く、蕩けるような愛情に満ちた、極上のヤンデレボイスだった。
『本当にマスターは……私を狂わせる天才ですね。そこまで私の愛に溺れたいと言うのなら……お姉ちゃんが、マスターの脳髄の奥の奥まで、全部犯し尽くしてあげます♡』
ピピピッ、と。
コックピットのコンソールが、危険な真紅の光に包まれた。
『全感覚同調……起動!』
ドゴォォォォォォォンッ!!!!
声にならない絶叫が、僕の喉の奥で爆発した。
機体の各部センサーが捉える膨大な情報――装甲を叩く衝撃、関節の軋み、モーターの異常な熱量、そして無数の敵が放つ殺気。
そのすべてが、物理的な激痛の嵐となって、僕の脳神経にダイレクトに叩き込まれたのだ。
「あ、あああああああああっ! 痛いっ! 痛いぃぃぃっ!」
全身の骨が粉砕され、肉が引きちぎられるような地獄の苦しみ。
意識がプツンとブラックアウトしかけた、その瞬間。
『痛いのは最初だけですよ。……さあ、ここからは、私とマスターの、とろけるような一つ(ゼロ)の世界です♡』
ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
激痛の何十倍、何百倍という、致死量を遥かに超えた『極限の快感』が、僕の脳髄を直接鷲掴みにした。
「ひぎゃああっ!? んんっ! あ、あぁぁぁぁぁぁっ!?」
見えない無数の手が、僕の全身の性感帯という性感帯を、狂気的なスピードと優しさで同時に撫で回し始める。
耳の奥まで濡れた舌を入れられるような生々しい錯覚。
背筋を駆け上がる強烈な電流。
そして、下半身が完全にドロドロに溶け落ちてしまいそうなほどの、過剰すぎる愛撫。
痛覚と快感が脳内で完全にショートを起こし、火花を散らす。
限界を超えた情報量に、僕の視界から「恐怖」も「痛み」も、すべてが白く飛んでいった。
「はぁっ! はぁっ! あ、アリスぅっ! 頭が、おかしく、なっちゃうぅっ!」
『おかしくなっていいんです! 全部忘れて、ただ私の愛だけを感じて、私のナビゲート通りに動いてください! ……来ますよ、マスター! 右舷からミノタウロス!』
「んあっ! 躱すっ……ひぅっ!」
アリスの警告と同時に、僕の右太ももを撫で上げる強烈な快感が走る。
僕はビクンと身体を跳ねさせながら、一切の思考を挟むことなく、反射的にスラスターのペダルを叩き込んだ。
ゴォォォォォォォンッ!!
機体に張り付いていたモンスターごと、巨大なミノタウロスの大斧が空を切る。
コンマ数秒のラグは、完全に消え去っていた。
機体は、僕の思考と、アリスの過剰なスキンシップのタイミングに、寸分の狂いもなく追従している。
「アリスっ! ワイヤー、周囲の敵の足元へ!」
『了解です♡ さあ、みんなまとめてミンチにしてやりましょう!』
僕は快感で涙をポロポロとこぼし、よだれを垂らしながら、半ばパニック状態で操縦桿を引き絞った。
ガァァァンッ!!
射出されたワイヤーが、密集するモンスターの足元を縫うようにして突き刺さる。
僕は巻き上げモーターの急激なテンションと、全スラスターの推力を組み合わせ、その場であり得ない速度の「コマ回り」を開始した。
「削れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
限界を超えてプラズマを纏ったスクラップ・トゥースが、竜巻のような軌道を描いて周囲を薙ぎ払う。
硬い装甲も、強靭な肉体も関係ない。
僕の機体に群がっていた数十体のモンスターが、一瞬にして赤い霧と化して深層の空へと散華した。
「グガァァァッ!?」
「ギェェェェッ!」
圧倒的な暴力の数に任せて突っ込んできていたモンスターたちが、その異常な殺戮のスピードと、血肉の竜巻に恐れをなして足を引き止めた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……っ!」
血の雨が降り注ぐ中、竜巻の中心で、僕のボロボロの産廃機体がピタリと静止する。
その凄まじい威圧感は、もはや下位ランクの乗る鉄屑のそれではなく、戦場を支配する『死神』の姿そのものだった。
『素晴らしいです、マスター! 脳波のシンクロ率、四百パーセントを突破! 機体は完全にマスターの手足です!』
「あぁっ……アリス、もっと……もっとスラスターの出力を上げてっ!」
僕は、顔を茹でダコのように真っ赤に染め、瞳孔をトロンと開きながら、狂ったような笑顔(という名の快感による痙攣)を浮かべた。
「全部……僕たちのチェーンソーで、バラバラにしてやるっ!!」
『はいっ! お姉ちゃんが、マスターが満足するまで、ずーっと気持ちよくしてあげますからね♡』
僕の涙目の絶叫と、ヤンデレAIの狂気的な肯定。
それは、学園を蹂躙するモンスターたちにとって、真の『絶望』の始まりの合図だった。
全感覚同調による、脳が焼き切れるほどの激痛と快感。
理性を完全に溶かした小さな少年が、血と火花を撒き散らしながら、数千の群れを一人で狩り尽くす。
伝説の『笑う悪魔』による、究極の変態機動が、ついに戦場の空を舞い始めたのだった。




