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第32話:『タクミの決断〜「僕の学園を壊すな」〜』

 

 ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!


 学園の地下格納庫を封鎖していた分厚い防爆シャッターが、凄まじい爆音と共に内側から真っ二つに引き裂かれた。

 鋼鉄の破片が吹き飛び、地下からの猛烈な風圧が、地上で白金凛音を取り囲んでいたオブシディアン・スパイダーたちを弾き飛ばす。


「ギチィッ!?」


 何が起きたのか理解できず、三体の蜘蛛の怪物が後ずさる。

 もうもうと立ち込める煙の奥から、重々しい駆動音を響かせて這い上がってきたのは、一機の『魔導機甲』だった。


 左脚は無残に折れ曲がり、右腕の装甲は剥き出し。

 全身から黒いオイルと煙を吐き出しながら、右腕の巨大なチェーンソー『スクラップ・トゥース』だけが、異常な熱を放って赤く輝いている。

 どう見ても、動いていること自体が奇跡のような、ボロボロの産廃機体。


「アリス、地上の状況は!?」


『マスターの目の前に、あのメス豚と、オブシディアン・スパイダーが三体。……まずはこの薄汚い虫どもを、ミンチにしてやりましょう♡』


 インカムの奥から響くヤンデレAIのねっとりとした声と共に、僕の脳の知覚野に強烈な電流が走った。


「ひゃうっ!?」


 機体の欠損した左脚のバランスを取るため、僕の生身の左脚の筋肉信号が強制的にハッキングされる。

 同時に、機体の重量による『左脚がすり潰されるような激痛』がダイレクトに脳に叩き込まれるのだが、アリスはそれを一切の容赦なく『致死量の快感』で上書きしにかかってきた。


「んあっ……! あ、アリスぅっ! 痛いのに、きもち、いぃっ……!」


『ふふっ。マスターはただ、私の愛を感じて喘いでいればいいんです。……右のスパイダー、跳んできます!』


「ギシャァァァッ!!」


 最も近くにいた一体が、鋭利な前脚を振りかざして跳躍してきた。

 最新鋭機の装甲すら容易く貫く、黒曜石の刃。

 しかし、限界同調フル・シンクロに近い状態でアリスと繋がっている今の僕の目には、その動きは止まっているも同然だった。


「避けるっ! んんっ!」


 腰の奥を直接撫で回される強烈な錯覚に身悶えしながら、僕はスラスターのペダルを小刻みに叩き込んだ。

 片脚の機体が、まるでフィギュアスケートの選手のような異常な滑らかさで、スパイダーの一撃を紙一重で躱す。


「削れぇぇぇぇぇっ!!」


 すれ違いざま、僕は限界突破の回転数でプラズマを纏ったスクラップ・トゥースを、スパイダーの胴体へと叩き込んだ。


 ガリガリガリガリガリッ!!!!


 刃がボロボロに欠けたチェーンソーは、もはや「切る」のではなく、異常な摩擦熱で装甲を「焼き融かしながら削る」という猟奇的な破壊力を生み出していた。


「ギ、ギギェェェェッ!?」


 黒曜石の装甲がドロドロに溶け、青白い体液が爆散する。

 一瞬にして胴体を両断されたスパイダーが、地面に転がり落ちて沈黙した。


「次っ! あぁっ、ひぅっ!」


『素晴らしいです、マスター! 左斜め前方、残り二体! ワイヤー、射出!』


 僕は快感で顔を真っ赤に染め、瞳から生理的な涙をこぼしながら、左腕のアンカーを射出した。

 鋼線が二体目のスパイダーの脚に絡みつき、巻き上げモーターが火を噴く。


「こっちに、来いっ!!」


 強烈な力で引き寄せられた怪物の頭部へ、僕は下からカチ上げるようにチェーンソーを振り抜いた。

 バキィィィィンッ! と、硬質な頭蓋が砕け散る。


 最後の一体が、仲間の死に怯えたように後ずさるが、僕は逃がさない。


「アリス、スラスター全開!」


『はい、マスター♡ 逃げる虫は、背中から真っ二つです!』


 ドンッ! と左脚で地面を蹴る――と同時に、僕の生身の足に凄まじい負荷と快感の奔流が叩き込まれる。

「あああああっ!」と情けない悲鳴を上げながら、僕は跳躍した機体の重さをすべて乗せて、最後の一体を上から脳天ごと叩き割った。


 ズシャァァァァァンッ!!!!


 火花と体液が深層の風に舞い散り、三体の凶悪なモンスターは、ほんの数十秒でただのスクラップへと成り果てた。


「…………はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 戦闘が終わり、僕はコックピットの中で激しく肩で息をした。

 全身は汗でびっしょりと濡れ、アリスの過剰なハッキングの余韻で、指先がビクビクと痙攣している。


『お疲れ様でした、マスター。あんな片脚の機体で完璧な変態機動をこなすなんて……マスターの熱い吐息が、私のシステムまでビンビン響いて、最高に気持ちよかったです♡』


「も、もうやだ……。足が、ガクガクする……っ」


 僕が涙目でコンソールに突っ伏していると、外部マイクが、震える少女の声を拾った。


「……金城、くん……?」


 ハッとして外部モニターを見ると、そこには、泥だらけになった純白のパイロットスーツ姿の白金凛音が、腰を抜かしたまま呆然とこちらを見上げていた。


「白金さん! 怪我はない!? 無事でよかった……っ」


 僕が外部スピーカー越しに声をかけると、凛音の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。


「あんた……査問会議にかけられて、地下の独房にいたはずじゃ……っ。それに、その機体、解体待ちだったんでしょ!?」


「アリスが扉を開けてくれたんだ。機体はボロボロだけど、僕の左脚の筋肉信号をジャイロに直結すれば、まだ動かせるから」


 僕が何気なく答えた言葉に、凛音は信じられないものを見るように目を丸くした。


「左脚の神経を、機体のジャイロに直結……!? バカじゃないの!? そんなことしたら、機体の負荷が全部生身の足にきて、痛覚のショックで死んじゃうわよ!」


「うん……だから、アリスが『別の感覚』で痛みを上書きしてくれてるんだ。……そのせいで、ちょっと変な声出ちゃうんだけどね」


 僕が顔を赤くして視線を逸らすと、凛音はハッとしたように顔を真っ赤に染め上げた。

 先ほど僕がチェーンソーを振り回しながら「あぁっ!」「ひぅっ!」と喘いでいたのを、彼女はバッチリ聞いていたのだ。


(ま、まさか……痛みを誤魔化すために、私を助ける興奮で……っ!?)


 彼女の脳内で、再び特大の勘違いロジックが猛スピードで走り始めたのが、画面越しでもわかった。


「と、とにかく、白金さんは早く地下シェルターへ逃げて! 学園中は今、モンスターだらけだ。生身じゃ絶対に生き残れない!」


 僕が警告すると、凛音はハッと我に返り、首を横に振った。


「あんたはどうする気よ! そんな左脚も右腕の装甲もない鉄屑で、スタンピードに突っ込む気!? 死にに行くようなものよ!」


「……死なないよ」


 僕は、操縦桿を強く握りしめ、外部モニター越しに、炎上する学園のキャンパスを見渡した。


 空を覆う黒煙。

 逃げ惑う生徒たちの悲鳴。

 そして、無慈悲に学園の施設を破壊し、蹂躙していく数千のモンスターの群れ。

 エリートたちの最新鋭機は次々とスクラップにされ、防衛ラインは完全に崩壊している。


「僕の学園を……僕の平穏な日常を壊す奴らは、絶対に許さない」


 僕の声は、震えていた。

 怖い。恐怖で胃が縮み上がり、今すぐにでも逃げ出したい。

 でも、この学園には、機体の整備を手伝ってくれた購買のおばちゃんや、関係ない一般生徒もたくさんいるんだ。

 僕を馬鹿にしてきたエリートたちだって、死んでいい理由にはならない。


「僕とアリスのチェーンソーなら……あの群れを、全部削り殺せる」


 僕のその言葉に、凛音は言葉を失ったように息を呑んだ。

 底辺のEランクで、いつもビクビクしていて、変態で。

 でも、誰よりも泥臭く、誰よりも真っ直ぐに絶望に立ち向かう、小さなヒーローの背中。


「……バカ。ほんっとうに、大バカなんだから……っ」


 凛音は、袖で乱暴に涙を拭い、立ち上がった。


「絶対に、死なないでよ! もし死んだら、私が地獄の底まで追いかけて、その産廃機体ごと消し炭にしてあげるんだからっ!」


「うん、約束する」


 僕が力強く頷いた、その瞬間だった。


『――チッ。いつまでそのメス豚とイチャイチャしているんですか、マスター』


 インカムの奥で、アリスが絶対零度の吹雪のような、ドス黒い嫉妬の声を上げた。


「ひっ……! ア、アリス?」


『マスターのその泥臭くてかっこいい決意は、私だけのものです。他の女に見せつけるなんて、お姉ちゃん許しませんよ?』


 ゾワリ、と。

 僕の全身を、これまでにないほど強烈で、暴力的な快感の波が呑み込んだ。


「ひぎゃああっ!? んんっ! あ、アリスぅっ! 今、いいところなのにぃっ!」


『いいところだから、です。マスターは私のコックピットで、私の愛だけでドロドロに溶けていればいいんです。……さあ、邪魔な羽虫どもを、全部お掃除しに行きましょうね♡』


「はぁっ、はぁっ……っ! わ、わかったから! スラスター、全開っ!」


 僕は、完全に涙目で身悶えしながら、片脚の機体を深く沈み込ませた。

 轟音と共に、スラスターが爆発的な炎を吹き出す。


『ちょっ、金城くん!? なんでまた急に顔真っ赤にして喘いでるのよ!? 変態っ!』


 凛音の怒鳴り声を背中で聞きながら、僕のボロボロの産廃機体は、炎上するキャンパスの空へと大きく跳躍した。


 眼下に広がるのは、学園を黒く塗りつぶすモンスターの大群。

 生存確率ゼロの、絶望の戦場。


「僕の学園を、これ以上壊させないっ!!」


 僕は狂気的なチェーンソーの爆音を響かせながら、涙目で喘ぎ、群れの中心へと一直線に突っ込んでいった。

 伝説の『泥臭き救世主』による、最狂の蹂躙劇の第二幕が、今まさに切って落とされた。

 

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