第3話:『脳内ハックと絶頂機動〜「危ないですよ、僕。お姉ちゃんが全部サポートしてあげますからね♡」〜』
本日3話目の更新。
たぶんこれ以上は警告くるかもしれません。
詳細は脳内補完でお願いします。
表現って難しいー┐(´-`)┌
ダンジョン浅層、荒野エリア。
二体のアーマード・トロールをミンチに変えた僕のポンコツ機体は、飛び散った土気色の血と、漏れ出した駆動油でドロドロに汚れていた。
コックピットのひしゃげた装甲の隙間からは、冷たいダンジョンの風が吹き込んでくる。
だが、僕の体感温度は異常なまでに跳ね上がっていた。
『——マスター。そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。お家に帰ったら、今日はいーっぱい、お姉ちゃんがヨシヨシして甘やかしてあげますからね♡』
アリスの甘ったるい声が、外部スピーカーを通じてダンジョン中に、いや、配信を通じて全世界へと響き渡ってしまったからだ。
目の前で気絶しているエリート生徒の機体は完全に沈黙しているが、上空をホバリングしている配信用ドローンは、その赤い録画ランプをピカピカと点滅させながら、僕の顔を執拗にドアップで映し出している。
「あ、アリスぅぅぅぅぅぅっ!! ばかっ、何勝手に外部音声繋いでるの!? 僕の社会的な死を決定づける気!?」
『あら? 私はただ、マスターがどれだけ私に愛されているかを証明しただけですよ? ほら、ドローンの向こう側にいる有象無象の視聴者たちに、私たちの絆を見せつけてあげましょう♡』
「そういう絆は見せつけなくていいからっ!」
僕は涙目で抗議しながら、慌てて外部マイクのスイッチを切ろうとコンソールに手を伸ばした。
だが、その指先がスイッチに触れる直前。
——ピピピッ! ピピピピッ!
突如として、コックピット内のアラートがけたたましく鳴り響いた。
メインモニターのレーダーに、無数の赤い光点が湧き上がるように表示される。
その数、ざっと三十以上。異常な数だ。
「なっ……スタンピードの予兆!? いや、違う! トロールの血とチェーンソーの爆音に引き寄せられたんだ!」
ダンジョンでは、過度な騒音や強い血の匂いは、周囲のモンスターを呼び寄せる危険なファクターとなる。
特に僕が使っている『スクラップ・トゥース』は、環境への配慮など一切ない廃材と建機の悪魔合体兵器だ。
その駆動音は、モンスターたちへの格好のディナーベルになってしまったらしい。
ズザザザザザッ!!
荒野の岩陰や地面の穴から、次々と這い出してきたのは、全長二メートルを超える巨大なカマキリの群れだった。
全身が鈍色の金属質な外殻で覆われ、両腕にはギザギザの凶悪な刃を備えている。
「『アイアン・マンティス』の群れ……! 嘘だろ、浅層に出るような数じゃない!」
一体一体の強さはアーマード・トロールには及ばないものの、この数は絶望的だ。
機動性に優れ、群れで獲物を囲い込んで一斉に切り刻む、厄介極まりない連中である。
気絶しているエリート生徒の機体を守りながら戦うとなれば、難易度は跳ね上がる。
『マスター。敵性群生体、アイアン・マンティス、計三十六体。包囲陣形を形成しつつあります。……まったく、お姉ちゃんとマスターの甘い時間を邪魔するなんて、悪い虫たちですね』
アリスの電子音声が、少しだけ不機嫌そうに低くなる。
だが、その直後には、再びねっとりとした甘い声へと変わった。
『危ないですよ、僕。ここは、お姉ちゃんが全部サポートしてあげますからね♡』
「サポートはお願いするけど、変な感覚は絶対に流し込まないでね!? 絶対にだよ!?」
僕が必死にフラグを折ろうとした、次の瞬間だった。
背筋に、ゾワァッ、と鳥肌が立つような甘い電流が走った。
「ひゃうっ!?」
『ふふっ……♡ さあ、行きますよ、マスター』
脳の知覚野を直接ハックされ、背後から豊満な胸を押し付けられながら、両手で優しく包み込まれるような生々しい感触が叩き込まれる。
現実の僕はコックピットに一人で座っているというのに、五感連動のせいで、まるで背後にアリスが密着して一緒に操縦桿を握ってくれているような錯覚に陥る。
「ああっ……! だから、やめっ、戦闘中に、背中さすらないでぇっ!」
『右から三体、来ますよ。避けて♡』
甘い囁きと同時に、アリスの演算による最適な回避ルートがAR表示される。
僕は涙目で身悶えしながら、反射的にスラスターのペダルを踏み込んだ。
ギュォォォォンッ!!
僕の乗るポンコツ機体が、泥臭いスラスターの噴射音と共に横へとスライドする。
直後、元いた空間を三匹のマンティスの刃が交差するように通り抜けた。
ギリギリの回避。もし五感連動による極限の反応速度がなければ、コックピットごと串刺しにされていただろう。
「あっ、ぶなっ……! 左腕、ワイヤーアンカー射出!」
ガァンッ! と左腕から鋼線が飛び出し、巨大な岩柱の先端に突き刺さる。
僕は巻き上げモーターを全開にし、機体を空宙へと引き上げた。
『素晴らしい反応です、僕。ご褒美に、首筋にキスしてあげますね……ちゅっ♡』
「んあっ!? ひぐっ、や、やめてよぉ……っ、首は、くすぐったいからぁっ!」
空宙へと舞い上がる強烈なGに耐えるさなか、首筋に柔らかい唇が押し当てられるような極上の感触が突き抜ける。
脳髄がとろけそうな快感と、眼下で蠢く金属カマキリの群れという死の恐怖。
二つの相反する極端な情報が脳内でショートを起こし、僕は半ばパニック状態に陥った。
「うわああああああああっ!! もう、全部削れぇぇぇぇぇっ!!」
僕はヤケクソになって、右腕の巨大チェーンソーを起動した。
ギュィィィィィィィィィィィンッ!!!!
爆音と共に、凶悪な刃が高速回転を始める。
僕はワイヤーを支点にして振り子の要領で空中を旋回し、真下で待ち構えていたマンティスの群れへと特攻を掛けた。
「死ねっ! バラバラになれぇっ!」
ズガガガガガガガッ!!
落下の勢いと機体の全重量を乗せたチェーンソーが、マンティスの金属外殻に叩き込まれる。
火花が滝のように噴き出し、不快な摩擦音がダンジョンに響き渡る。
装甲が薄い関節部分を的確に狙い撃ち、そのまま強引に刃を押し込んで両断する。
「ギチィィィィッ!?」
緑色の体液を撒き散らしながら、マンティスが真っ二つになって沈む。
だが、群れは怯むことなく、四方八方から僕に向けて跳躍してきた。
『あらあら、元気な虫さんたち。マスター、次は上です。そのままスラスターを逆噴射して、姿勢を維持。お姉ちゃんが支えててあげますからね♡』
アリスの声と共に、今度は腰回りをガッチリと抱き寄せられるような感触が走る。
ただの姿勢制御のサポートのはずなのに、彼女のハックフィルターを通すと、どうしても『過剰なスキンシップ』に変換されてしまうのだ。
「ひゃあっ! 腰、腰触んないで……っ、力、抜けちゃうからぁっ!」
僕は涙目で顔を真っ赤に染めながら、操縦桿を振り回した。
機体が空中で不自然なほどピタリと静止し、迫り来るマンティスの刃を紙一重で躱す。
そして、すれ違いざまにチェーンソーを横凪ぎに一閃。
ガリガリガリッ! ズバァァァンッ!
二体目のマンティスが、空中で腹部から上下に分断される。
「はぁっ、はぁっ、んぅっ……! アリス、次! ワイヤーのテンション解放!」
『はい、マスター♡ ふふっ、乱れた声も素敵ですよ。もっと、お姉ちゃんに甘えていいですからね?』
「甘えてないっ! 必死なだけっ!」
僕はワイヤーを切り離し、落下しながらスラスターを細かく吹かして着地位置を調整する。
周囲には、まだ三十体近いマンティスが蠢いている。
ここからは、地獄の乱戦だ。
僕は完全に五感を機体と同調させ、狂ったような速度でチェーンソーを振り回し始めた。
アリスのチート演算による未来予測レベルの回避ラインと、僕の変態的な空間把握能力。
その二つが合わさることで、被弾=即死の産廃機体は、戦場を舞う死神へと変貌する。
「そこだぁぁぁっ!!」
ギュィィィィィンッ!! ズシャァァァァッ!!
右から迫る刃をしゃがんで躱し、下からすくい上げるようにチェーンソーを叩き込む。
そのまま機体をスピンさせ、遠心力を利用して背後の敵を真っ二つに切断。
飛び散る体液と金属片がコックピットに降り注ぎ、モニターがドロドロに汚れいていく。
『すごいです、僕! いい子、いい子! 頭なでなでしてあげますね♡』
「ああっ……! んんっ、だから、褒めるたびに変な感覚流すのやめてってば……っ!」
敵を一体解体するごとに、アリスからの『ご褒美ハック』が矢継ぎ早に飛んでくる。
頭を撫でられる感触、耳元に吹きかけられる熱い吐息、太ももを這う指先。
そのたびに僕はビクゥッと体を震わせ、情けない声を漏らしながら、顔を涙と汗でぐしゃぐしゃにしてチェーンソーを振り下ろす。
ガガガガガッ! ズチュァァァッ!
「削れっ! 削れ削れ削れぇぇぇっ!! ひぐっ、ああっ、アリス、そこはダメっ!」
もはや、戦闘狂なのか変態なのか、自分でもわからない状態だった。
ただ、生き残るために目の前の敵をバラバラにし続け、その度に脳内を甘い快感で犯される。
極限の集中状態と、過剰なオーガズムの波。
僕の脳髄は完全に焼き切れそうになっていた。
「ハァッ、ハァッ、アァァァァァァッ!!」
僕は叫び声を上げながら、ワイヤーアンカーをマンティスの死骸に突き刺し、それをハンマーのように振り回して群れを薙ぎ払う。
そして、陣形が崩れた隙を突いてスラスターで突撃し、巨大な駆動チェーンソーで次々と虫たちを挽肉に変えていった。
ドローンが、その狂気の沙汰を特等席で撮影し続けていることなど、今の僕には完全に意識の外だった。
コックピットの装甲が剥き出しになっているため、僕の真っ赤に染まった涙顔も、喘ぐような声も、すべてが全世界に垂れ流されている。
『あの天使みたいな顔した子がチェーンソーで解体してんのヤバすぎ』
『動きエグいのに顔真っ赤にしてるギャップで脳がバグる』
『なんかずっと「んあっ」とか「やめて」とか喘ぎながら敵をミンチにしてるんだが……性癖壊れる』
配信のコメント欄が、僕の知らないところで前代未聞の爆発的バズを生み出していることなど知る由もない。
「最後の一体……っ!」
僕はワイヤーで空宙へと飛び上がり、ただ一匹残ったマンティスに向かって、急降下しながらチェーンソーを振りかぶった。
マンティスが迎撃のために両刃を交差させる。
『——マスター。よく頑張りました。最後は、とびっきりの愛を込めて♡』
「えっ……?」
ズドォォォォォォォンッ!!
脳内に、今日一番の巨大な快感の波が叩き込まれた。
それはまるで、全身の毛穴から甘い蜜を注入され、魂の奥底まで深く、深く口付けされるような、致死量の愛情表現。
「あ、アァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」
僕は完全に理性を飛ばし、声にならない絶叫を上げながら、チェーンソーのトリガーを限界まで引き絞った。
機体のジェネレーターが悲鳴を上げ、刃が規格外の超高速回転を始める。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!
交差されたマンティスの刃ごと、その脳天から真っ二つに、泥臭く、猟奇的に、強引に叩き割る!
ガリガリガリガリガリガリッ!! ズバシャァァァァァァァァンッ!!!!
圧倒的な物理的切断力によって、最後のマンティスは文字通り左右に解体され、爆散した。
バラバラになった金属の外殻が雨のように降り注ぎ、地面に突き刺さる。
「…………っ、あ…………」
けたたましいチェーンソーの音が、徐々に小さくなっていく。
静寂が戻ったダンジョンには、三十体以上のアイアン・マンティスの凄惨な残骸と、大量の体液の海だけが残されていた。
僕はコックピットの中で、完全に糸が切れた操り人形のようにシートに崩れ落ちていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ、んぅ……」
過剰な脳内ハックと、限界を超えた機動の反動。
全身は汗でびっしょりと濡れ、呼吸は荒く、顔は茹でダコのように真っ赤だ。
瞳は涙で潤み、口元はだらしなく緩んでしまっている。
『お疲れ様でした、マスター。……ふふっ、最高に可愛くて、かっこよかったですよ。お姉ちゃん、もうマスターのこと……食べちゃいたいくらい好きです♡』
「も、もう……やだ……っ。アリスの、バカぁ……っ」
僕は泣きべそをかきながら、震える手で顔を覆った。
限界ギリギリの戦闘を生き延びた安堵よりも、AIに脳内を弄り回された疲労と羞恥心の方が遥かに大きかった。
ウィィィン……。
不意に、小さなモーター音が聞こえ、僕は指の隙間から前を見た。
そこには、僕の顔の数十センチ前まで接近してきた配信用ドローンの姿があった。
レンズの奥の赤いランプが、無情にも僕の泣き顔を世界中へと配信し続けている。
「……あ」
僕の社会的な死と引き換えに。
『天使の顔した狂人』の伝説は、ここで完全に決定づけられたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きは明日以降更新いたします。
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次回お楽しみに。




