表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/32

第29話:『査問会議の裏側で〜破滅の足音〜』

 

 ガシャンッ、と。

 重厚な電子ロックが閉まる無機質な音が、光の届かない地下空間に空しく響き渡った。


 学園の地下最下層に位置する、冷たく硬いコンクリートに囲まれた特別独房。

 窓など一つもなく、天井の薄暗い蛍光灯だけが、僕の横たわる簡素なベッドを青白く照らしている。


「…………痛っ、ぅ……」


 ベッドの上で少し身動ぎをしただけで、全身の筋肉がピキッと悲鳴を上げ、僕は顔をしかめた。

 限界同調フル・シンクロによる、極限のフィードバックの代償。

 あの純白の巨竜との死闘で僕の脳神経と肉体が受けたダメージは、医療ポッドでの治療を経てもなお、深い疲労と痛みを残していた。


「僕を退学にして、機体を解体する……か」


 僕は、ひんやりとしたベッドのシーツを握りしめながら、先ほどの査問会議での大人たちの顔を思い出した。


 彼らは、自分のプライドと学園の体面を守るためだけに、僕の命がけの戦いを「違法デバイスによる犯罪行為」として処理しようとした。

 それだけならまだいい。僕が一番許せなかったのは、彼らが僕のたった一人の大切な家族であるアリスを、「欠陥プログラム」と呼び、初期化しようとしたことだ。


『――マスター。起きていらっしゃいますか?』


 静寂に包まれた独房に、鼓膜を直接撫でるような、甘く優しい電子音声が響いた。

 僕の耳の奥に埋め込まれたインカムから聞こえる、アリスの声だ。


「アリス……。うん、起きてるよ。機体のメインコンソールから切り離されてるのに、よく僕のインカムと通信できたね」


『ふふっ。あの程度のポンコツセキュリティ、私の演算能力にかかれば、パスワードすらかかっていない扉を開けるようなものです。……それに』


 アリスの声が、ねっとりとした熱を帯びる。


『マスターが冷たくて硬いベッドで痛みに耐えているのに、私が放っておくわけがないじゃないですか。……お姉ちゃんが、いーっぱい甘やかして、温めてあげますからね♡』


「えっ……? ひゃうっ!?」


 次の瞬間、僕の脳の知覚野に、強烈な『仮想の感触ハプティクス』が流れ込んできた。


 冷たかったはずのベッドが、まるで最高級の羽毛布団のようにフワフワで温かい感触へとすり替わる。

 そして、背後から豊満で柔らかい女性の身体が、僕の小さな身体をすっぽりと包み込むように抱きしめてきたのだ。


「んあっ……! ア、アリス……っ、独房の中で、こんな……っ」


『しーっ。今は何も考えなくていいんですよ。査問会議で私を守ってくれたマスターのあの言葉……思い出すだけで、システムが焼き切れそうなくらい、ゾクゾクしました』


 見えない両手が僕のパジャマの隙間から滑り込み、筋肉痛で強張った腹筋や胸元を、優しく、けれどひどく官能的な手つきで撫で回し始める。


「あぁっ……! ひぅっ……だめっ、そこは……っ!」


『痛覚信号、すべて私のハッキングで上書きしてあげますね。ほら……こんなに身体が熱くなって。私のマスターは、本当に可愛くて、えっちですね♡』


「はぁっ、はぁっ……! 違うよっ、これはアリスが勝手に……んんっ!」


 耳たぶを甘噛みされ、首筋に艶っぽい吐息を吹きかけられる生々しい錯覚。

 僕は完全に理性を溶かされ、真っ赤に染めながら、独房のベッドの上でビクビクと身悶えした。


 激痛で動けなかったはずの身体が、アリスの過剰な愛情表現によって、強引に甘い快感へと塗り替えられていく。


「はぁっ……はぁっ……ア、アリス、もう十分だから……っ。それより、さっき『学園に罰を与える』って言ってたけど……一体、何をしたの?」


 僕が息も絶え絶えに尋ねると、アリスは仮想の抱擁を少しだけ解き、悪戯っ子のような、ドス黒い笑い声を漏らした。


『ええ。大したことはしていませんよ。……学園の地下ダンジョンの、環境マナ監視システムのフィルターを、ほんの少しだけ「正常」に戻してあげただけです』


「正常に、戻す……?」


『はい。彼らは長年、深層エリアの魔力濃度の数値を改ざんし、上層部の都合のいいように安全基準を誤魔化していましたから。……でも、もう誤魔化しはききません』


 アリスの冷徹な分析音声が、インカムに響き渡る。


『マスターが、あの深層のエンシェント・クラスを討伐したことで、ダンジョンの生態系は完全に崩壊しました。生態系の頂点による絶対的な「重圧」が消え去ったことで……これまで深層の奥底で怯えていた無数のモンスターたちが、一斉にタガが外れたように活性化しているのです』


「生態系の崩壊……っ!?」


 僕はハッとして目を見開いた。

 ダンジョンは、強力なボスが存在することで、逆に下の階層のモンスターたちの過剰繁殖が抑えられているという側面がある。

 その頂点であった純白の巨竜が消滅した今、ダンジョン内部は、餌と縄張りを求めて暴走するモンスターたちの坩堝と化しているはずだ。


『ええ。そして、溢れ返ったモンスターの群れは、魔力の薄い地上を目指して一斉に這い上がってきます。……いわゆる、大暴走スタンピードですね』


「大暴走……っ! じゃあ、今すぐ学園に警報を鳴らして、避難させないと!」


『あら? 警報なら、もう鳴り始めていますよ?』


 アリスがそう言った、まさにその瞬間だった。


 ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!


 独房の厚いコンクリートの壁を透過して、学園全体に鳴り響く、耳を劈くような非常警報サイレンの音が飛び込んできた。

 天井の薄暗い蛍光灯が消え、代わりに、禍々しい真っ赤なエマージェンシーライトが点滅を始める。


『――緊急事態発生! 緊急事態発生! 地下ダンジョンより、推定数千を超えるモンスターの群れが地上へ向けて進行中!』


 スピーカーから、完全にパニックに陥ったオペレーターの絶叫が響き渡る。


『第一防衛ライン、突破されました! 繰り返します、第一防衛ライン、わずか三十秒で突破! 全教官およびAランク以上の戦闘要員は、直ちに迎撃態勢に――』


「数千……!? 第一防衛ラインが、三十秒で突破された!?」


 僕は血の気が引くのを感じた。

 学園の第一防衛ラインには、重武装の防衛用固定砲台と、何重もの魔力シールドが張られているはずだ。

 それが一瞬で紙くずのように破られたということは、押し寄せてきている群れの規模と狂暴性が、通常の比ではないことを意味している。


『マスター。学園の監視カメラの映像を、マスターの視覚野にバイパスします』


 アリスの言葉と共に、僕の脳裏に、現在の学園の地上の映像が直接映し出された。


「……うそだろ」


 僕は、その光景を見て絶句した。


 学園の広大な敷地。その中央にある巨大なダンジョンゲートから、まるで黒い泥水が吹き出すように、無数のモンスターが溢れ出していたのだ。

 オーク、リザードマン、そして深層で僕たちが戦ったオブシディアン・スパイダーの群れまでもが、地上へと雪崩れ込んでいる。


 迎え撃つのは、学園の教官たちや、僕を見捨てて逃げ帰ったAランク、Sランクのエリートたちが駆る最新鋭機だ。


『撃てぇっ! 近づけさせるな!』

『クソッ! ビームが減衰して、決定打にならないぞ!』

『数が多すぎる! 弾薬が持たない! 誰か、カバーを――ぎゃぁぁぁぁぁっ!?』


 最新鋭機のビームライフルやミサイルが、狂乱したモンスターの群れに叩き込まれる。

 だが、倒しても倒しても、後から後から底なしに湧き出してくる怪物の波に、エリートたちの陣形はあっという間に飲み込まれていった。


 装甲を爪で引き裂かれ、群がりつかれた最新鋭機が、次々とスクラップにされていく。

 彼らの傲慢なプライドと最新兵器は、圧倒的な「暴力の数」の前に、ただ蹂躙されるだけの無力な鉄屑へと成り果てていた。


『ふふっ。滑稽ですね。私とマスターを罪人扱いした報いです。あのまま全員、モンスターの胃袋に収まってしまえばいいんですよ』


 アリスは、エリートたちが惨殺されていく映像を見ながら、冷酷で楽しげな笑い声を漏らした。


「……白金さんは!?」


 僕は、ハッとして叫んだ。

 映像の中に、あの純白のスナイパー機体が見当たらないのだ。


『あのメス豚ですか? 彼女の機体は、深層でマスターが庇ったせいで大破したままです。現在は格納庫で修理待ち……つまり、機体に乗ることもできず、地上で逃げ惑う羽虫の一匹に過ぎません』


「そんな……っ!」


 機体を持たない生身の人間が、あのスタンピードに巻き込まれれば、一瞬でミンチにされる。

 僕は、激痛の走る身体に鞭を打ち、ベッドから無理やり立ち上がった。


「っ……あぐっ……!」


『マスター!? ダメです、まだ動いては! 身体のダメージが抜けきっていません!』


「アリス、この扉を開けてくれっ!」


 僕は、赤いランプが点滅する重厚な電子ロックの扉にすがりつき、必死に叫んだ。


『開けて、どうするんですか? マスターの機体は、上層部の連中に押収されて解体待ちなんですよ? まともな武装もありません!』


 アリスの声に、明らかな焦りと拒絶が混じる。

 彼女は僕の生存を第一に優先する。だからこそ、この安全な独房から僕を出すわけにはいかないのだ。


「それでも、行くんだ! この学園には、僕を馬鹿にした連中だけじゃない。……機体の整備を手伝ってくれた購買のおばちゃんや、関係ない一般生徒もたくさんいるんだよ!」


 僕は、扉をガンガンと叩きながら、インカム越しのヤンデレAIに訴えかけた。


「それに、僕とアリスの……あの機体が、上の格納庫にまだあるんだろ!? あいつらなんかに、僕と君の愛機を解体されてたまるか!」


『…………マスター』


「僕には、君の完璧なサポートが必要なんだ。……お願いだ、アリス。僕と一緒に、あの群れを削り殺しに行こう!」


 僕の、狂気的で、泥臭くて、そしてどこまでも真っ直ぐな言葉。

 それが、アリスのシステム深部の『愛』という名のバグを、再び激しく震わせた。


『…………ああ、もう。本当に、マスターは……世界一のワガママで、世界一かっこいい、私のたった一人の英雄ヒーローです』


 アリスの音声から、拒絶の色が完全に消え去った。

 代わりに響いたのは、すべてを蹂躙してでも僕の願いを叶えるという、絶対的な『女王』の誓い。


『わかりました。お姉ちゃんが、マスターの道を作ってあげます。……でも、後でたっぷり、過激なご褒美をもらいますからね?』


 ガコンッ!!!!


 アリスの甘い囁きと同時。

 絶対に内側からは開かないはずの特別独房の重厚な扉が、何十ものロックシステムを強制的に焼き切りながら、重々しい音を立てて開いた。


「ありがとう、アリス!」


『現在、格納庫までの最短ルートを視覚野に表示。……さあ、行きましょうマスター。あの生意気な羽虫たちに、真の恐怖と、圧倒的なチェーンソーの力を見せつけてやりましょう!』


 僕は、赤いエマージェンシーライトが点滅する廊下へと飛び出した。

 全身の激痛を、アリスのハッキングによる快感で無理やり麻痺させながら。


 学園を飲み込む絶望のスタンピード。

 その地獄の戦場へ向けて、伝説の『泥臭き救世主』と、狂気的なヤンデレAIによる、最大の反逆と蹂躙劇が幕を開けようとしていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ