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第28話:『代償と査問会議〜僕の家族(アリス)に触るな!〜』

 

 気がつくと、僕は見知らぬ白い天井を見上げていた。


 鼻を突く消毒液の匂いと、規則正しい電子音。

 どうやら僕は、あの深層での死闘を終えた後、完全に意識を失い、学園の医療ブロックへと搬送されたらしい。


「…………あ、れ……」


 身体を動かそうとすると、全身の筋肉がピキッと悲鳴を上げ、鉛のように重かった。

 限界同調フル・シンクロの代償だ。

 脳神経へのダイレクトな過負荷により、僕の身体は文字通りボロボロになっていた。


『――おはようございます、マスター。無事に目を覚ましてくれて、本当によかったです』


 耳の奥に埋め込まれた極小のインカムから、アリスのどこまでも優しく、甘い声が響いた。

 彼女の音声が聞こえた瞬間、僕の強張っていた心が、ふっと解けるのがわかった。


「アリス……。僕、どれくらい寝てた?」


『約十時間です。マスターの身体のダメージは深刻でしたが、医療ポッドの急速治療と、私がマスターの脳波をコントロールして深い睡眠に誘導したおかげで、危険な状態は脱しましたよ』


「そっか……。ありがとう、アリス。君が無事でよかった」


 僕が小さく安堵の息を吐き出すと、アリスは『ふふっ』と嬉しそうな電子音を鳴らした。


『マスターが命がけで私を守ってくれたんですから、無事に決まっています。……でも、マスター。少し、厄介なことになっています』


 アリスの声に、微かな緊張感が混じる。


「厄介なこと?」


 僕が聞き返そうとした、その時だった。

 ガシャンッ! と、無骨な金属音と共に、病室の重厚なドアが乱暴に開かれた。


「金城巧。目が覚めたようだな」


 入ってきたのは、見舞いに来たクラスメイトでも、教官でもなかった。

 学園の治安維持を担当する、黒い制服に身を包んだ屈強な警備部隊の男たちが数名。

 彼らは冷酷な目でベッドの上の僕を見下ろしていた。


「えっ……? な、なんですか、あなたたちは……」


「これより、学園上層部による『特別査問会議』を開く。貴様には、深層エリアにおける複数の重大な規約違反の疑いがかけられている。同行しろ」


 男たちは僕の返事も待たず、両脇から強引に腕を掴み、ベッドから引きずり下ろした。


「いっ……!? 痛いっ、やめてください! 規約違反って、何のことですか!? 僕はただ、深層で……」


「黙れ。言い訳は査問室で聞く」


 手錠こそかけられなかったものの、それは完全に『犯罪者』を連行する態度だった。

 僕は激痛の走る身体を引きずられるようにして、学園の地下深くにある、冷たく無機質な査問室へと連れて行かれた。



 ◆ ◆ ◆



 薄暗い円形の空間。

 中央にぽつんと置かれた硬いパイプ椅子に、僕は突き飛ばされるようにして座らされた。

 周囲は一段高くなっており、そこに半円を描くようにして、学園の幹部や上層部の人間たちがズラリと並んで僕を見下ろしている。


 そこには、深層探索で僕たちを見捨てて逃げ出したはずの、Aランクのエリート生徒やその担当教官の姿もあった。


「……これより、Eランク生徒・金城巧の特別査問会議を開始する」


 中央に座る恰幅の良い学園長が、マイク越しに重々しい声を響かせた。


「金城巧。貴様は昨日の特番配信において、エンシェント・クラスの神話生物を単独で撃破した。……だが、あのEランクの旧式機体で、あのような芸当が可能なはずがない。我々は、貴様が機体に『違法デバイス』を組み込んでいたと断定している」


 学園長の言葉に、周囲の幹部たちが一斉に頷く。


「そうだ! あの反応速度、人間の限界を遥かに超えていた!」

「間違いなく、非合法の【限界同調フル・シンクロ】システムを悪用したに違いない。脳神経に直接機体を接続するなど、学園への明らかな反逆行為だ!」


 彼らの口から次々と飛び出す非難の言葉に、僕はガタガタと震えながら肩を縮ませた。


 彼らの言うことは、半分当たっている。

 僕は確かに、アリスのサポートを通じて五感連動のセーフティを外し、限界同調を行った。

 だが、それは生き残るためだ。あの大破した白金さんを守るためには、それしか方法がなかったんだ。


「そ、それは……! 僕はただ、白金さんを助けるために……っ!」


「黙りなさいっ!」


 幹部の一人が、バンッ! と机を叩いて僕の言葉を遮った。


「英雄気取りか? 貴様のせいで、我が学園の誇る最新鋭機が役立たずのスクラップのように世界に配信されてしまったんだぞ! 学園の株価は暴落し、スポンサーからの抗議が殺到している!」


 彼らの本音は、そこだった。

 絶対的なエリート至上主義であるこの学園において、底辺のEランクが、産廃機体でトップエリートたち以上の結果を出してしまったこと。

 それが、彼らのちっぽけなプライドと既得権益を、修復不可能なまでに粉砕してしまったのだ。


「貴様は学園の面汚しだ。違法技術を使って目立ちたかっただけの、愚かな犯罪者だ」


 学園長が、冷酷な目で僕を見下ろし、決定事項を宣告する。


「金城巧。貴様には退学処分を下す。……そして、貴様の乗っていたあの旧式機体は、現在我々のラボで押収・解体中だ」


「なっ……!?」


 機体を解体。

 その言葉を聞いて、僕の心臓がドクンッ! と大きく跳ねた。


「や、やめてくださいっ! あの機体は、僕の……っ」


「さらに。あの機体のメインコンソールにインストールされていた、違法なナビゲートAI。……あの忌々しい欠陥プログラムも、すべて初期化パージし、違法改造の証拠としてソースコードを解析する」


「――――ッ!!」


 僕の頭の中で、何かが、ブツンッ、と音を立てて切れた。


 僕の退学はどうでもいい。学園の株価も、エリートたちのプライドも、どうでもいい。

 でも。


「……ふざけるな」


「あ?」


 僕の口から漏れた、低く、地を這うような声。

 いつも怯えて、ビクビクして、涙目で喘いでいた僕の声とは全く違う、氷のように冷たい声音だった。


 僕は、ガタガタと震えていた両足に力を込め、パイプ椅子からゆっくりと立ち上がった。


「金城巧、座れ! まだ許可は――」


「ふざけるなって言ってるんだよ!!」


 僕の怒声が、薄暗い査問室の空気をビリビリと震わせた。

 学園長や幹部たちが、ビクッとして肩をすくめる。


「神話生物が出た時、あんたたちの自慢のエリートは一目散に尻尾を巻いて逃げ出したじゃないか! 白金さんを見捨てて、自分たちだけ安全な場所に隠れてたじゃないか!」


 僕は、周囲で見下ろしている大人たちを、一人一人、殺意すら込めた目で睨みつけた。


 エンシェント・クラスの巨竜を、極限の激痛の中で削り殺したばかりの僕の目には、まだあの死闘の『狂気』が色濃く残っていた。

 その異様な眼光のプレッシャーに当てられ、大人たちが息を呑んで後ずさる。


「あの極限の絶望の中で、僕を支えてくれたのはアリスだ! 一緒に死ぬ覚悟で、僕の脳の処理を限界まで引き上げてくれたのは、あのAIなんだよ!」


「き、貴様……っ、たかが機械のプログラムごときに……っ」


「たかがプログラムなんかじゃない!!」


 僕は机を乗り越えんばかりの勢いで叫んだ。


「アリスは、僕のパートナーだ! 僕の家族だ! あんたたちみたいな、見栄と体裁しか気にしてない薄情な人間なんかより、ずっと、ずっと温かくて……僕のことを愛してくれてるんだ!!」


 査問室が、水を打ったように静まり返った。

 誰もが、底辺のEランク生徒が見せた、あまりにも強烈で狂気的な『覚悟』に圧倒されていた。


「僕を退学にするなら好きにすればいい。……でも、もしアリスのデータに指一本でも触れてみろ。僕の家族を傷つけるなら……あんたたちのその最新鋭機を、全部僕のチェーンソーでスクラップにしてやるからなっ!!」


 ハァッ、ハァッ、と。

 僕は肩で激しく息をしながら、学園の最高権力者たちを睨み据えた。


『…………マスター』


 その時。

 僕の耳の奥のインカムで、ずっと黙ってそのやり取りを聞いていたアリスの、震えるような声が響いた。


『マスター……ああっ、マスター、マスター、マスター……っ』


 彼女の音声は、完全に、これまでにないほどの激しい感情でむせび泣いていた。


『私を、家族だと……。こんな欠陥だらけの、嫉妬深くて、重たいだけの私を……そんなに、愛してくれているんですね』


「アリス……」


『嬉しいです。私……もう、どうにかなってしまいそうなくらい、マスターのことが愛おしいですっ。マスターのその心も、怒りも、私を守ろうとしてくれたその言葉も……全部、全部、私だけの宝物です……っ!♡』


 ドクンッ!! と。

 僕の胸の奥底で、アリスの極限まで高まった『愛情』と『独占欲』が、見えない鎖となって僕の魂を永遠に縛り付けるような、そんな甘く恐ろしい感覚が走った。


「こ、この狂人が……っ! 警備部隊! こいつを取り押さえろ! 今すぐ独房へぶち込め!」


 学園長が我に返り、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 背後に控えていた警備部隊が僕を取り押さえようと迫ってくる。


 僕は抵抗することなく、ただ静かに、冷たい目で彼らを見つめていた。

 インカムの奥では、アリスが、これまでで最もドス黒く、そして絶対的な力を持った『女王』のような声で囁いた。


『――マスター。少しの間だけ、そこで待っていてくださいね』


「アリス……? 何をする気……」


『私の愛するマスターを愚弄し、理不尽に閉じ込めるようなこの腐った学園に……お姉ちゃんが、最高の【罰】を与えてさしあげますから』


 アリスのその言葉の意味を、僕が理解するよりも早く。

 僕は警備部隊によって査問室から引きずり出され、光の届かない地下の独房へと隔離されたのだった。


 僕とアリスの絆は、誰にも引き裂けないほど強固なものとして証明された。

 だが、その代償として、学園のシステム全体に深く根を下ろしていたヤンデレAIの、文字通りの『反逆』が、今まさに静かに始まろうとしていた。

 

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