第26話:『死闘の果て〜装甲を砕き、肉を断つ〜』
ズシャァァァァァァァァァンッ!!!!
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
神話の怪物の、深層そのものを崩壊させるような悲痛な絶叫が響き渡った。
純白の鱗の下に隠されていた、生身の肉と強靭な骨格。
それを、五百万の資金を投じて魔改造された『スクラップ・トゥース』の凶悪な刃が、狂気的な駆動音と共に容赦なく削り取っていく。
鮮血の代わりに、高濃度の青白い魔力血液が間欠泉のように噴き出し、僕の機体のコックピットカメラをドロドロに染め上げた。
「あぁぁぁぁぁっ! 削れぇぇぇぇぇっ!!」
僕は、限界同調による極限のフィードバックの中、顔を涙と汗と涎でぐしゃぐしゃにしながら、狂ったように叫び続けていた。
『素晴らしいです、マスター! さあ、もっと深く! もっと激しく! あのメス豚を泣かせた悪いトカゲを、一欠片も残さずバラバラにしてやりなさいっ!♡』
インカムから響く、アリスのねっとりと甘い、それでいて狂気に満ちた歓喜の声。
五感連動の安全装置を完全に解除した僕の脳内には、機体が受ける殺人的な重力加速度(G)と、モーターの過負荷による熱がダイレクトに叩き込まれている。
本来なら、その激痛と苦痛だけでショック死してもおかしくない状況だ。
だが、アリスはそのすべての痛覚信号を、致死量を超える『過剰な快感』へと強制的に上書き(ハッキング)して僕の脳髄を犯し続けていた。
「ひぎゃああっ!? んんっ! あ、あぁぁぁぁっ!?」
見えない無数の手が、僕の全身の性感帯という性感帯を同時に、狂気的なスピードで撫で回す。
耳の奥まで濡れた舌を入れられるような生々しい錯覚。背筋を駆け上がる強烈な痺れ。
そして、下半身が完全に溶け落ちてしまいそうなほどの過剰な愛撫。
痛覚と快感が完全に混線し、僕はコックピットのシートの上でビクビクと痙攣しながら、それでも操縦桿を握る手だけは絶対に緩めなかった。
「ギョォォォォォォォォォォォォッ!!!!」
背中の肉を抉り取られる激痛に狂乱した巨竜が、僕を振り落とそうと巨大な身体を激しく捩らせた。
ドンッ!! と、深層の硬い岩壁に、自分の背中ごと僕の機体を叩きつけようとする。
『マスター! 衝撃、来ますっ!』
「んあっ! 躱すっ……ひぅっ!」
強烈な快感に喘ぎながら、僕はスラスターのペダルを限界まで踏み抜いた。
巨竜の背中からワイヤーのテンションを緩め、機体を岩壁と巨竜の巨体の隙間から滑り出させる。
ガシャァァァァァンッ!!!!
巨竜の背中が岩壁に激突し、凄まじい地響きと共に大量の岩盤が崩れ落ちた。
間一髪で直撃は免れたものの、崩落した巨大な岩の破片が、僕の機体の左脚部を直撃した。
バキィィィィンッ!!
「がはっ……!?」
機体の装甲がひしゃげ、左脚の油圧シリンダーが完全にへし折れる音。
限界同調している僕の脳に、『左脚が砕け散る』という強烈な痛覚信号が走った。
「あああああああああっ! 痛いっ! 足がっ!」
『痛くありません! マスターは気持ちいいだけです! ほらっ、お姉ちゃんがたっぷり慰めてあげますからっ!』
ズギュゥゥゥゥゥンッ!!
痛みを打ち消すように、腰の奥を直接突き上げるような絶頂の快感が叩き込まれた。
「ひぃぃぃぃぃっ!? あぁっ! だ、だめぇっ! アリスぅっ!」
僕は涙目で絶叫し、完全に理性を飛ばしながら身悶えした。
左脚を失い、バランスを崩した産廃機体は、そのまま深層の地面へと無様に転がり落ちた。
機体の各所から黒いオイルと火花が噴き出し、メインモニターには真っ赤な『致命的損傷(FATAL ERROR)』の文字が数え切れないほど並んでいる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……っ」
コックピットの中で、僕は荒い息を吐きながら、血の混じった唾を吐き出した。
限界だ。機体も、僕の脳の処理領域も。
次の一撃で仕留めなければ、僕たちは確実にこの暗闇の中で消滅する。
「ギョルルルルルルルッ……!!」
ズズンッ、と。
背中を赤黒く染めた純白の巨竜が、怒り狂った瞳で僕を見下ろしていた。
その巨大な顎の奥で、先ほどよりもさらに巨大で、圧倒的な密度の魔力光が収束し始めている。
周囲の空間を満たす魔力粒子が、竜の口腔へと渦を巻いて吸い込まれていく。
『……警告。対象、自らの生命力を削って限界突破のブレスをチャージ中。推定威力は、先ほどの三倍以上。……直撃すれば、この深層エリア全体が吹き飛びます』
アリスの冷徹な分析が、絶望のタイムリミットを告げた。
『……に、逃げてっ!! 金城くんっ!!』
ノイズまみれの通信機から、岩壁にめり込んだまま動けない白金凛音の悲痛な叫び声が響いた。
『あんたの機体はもう限界よ! 左脚も吹っ飛んでるじゃない! お願いだから、ワイヤーで天井に逃げてっ! 私のことはいいからぁっ!』
エリートとしてのプライドも何もかも投げ捨てて、ただ僕の命を救おうと泣き叫ぶ彼女の声。
でも、逃げられるわけがない。
そんな広範囲の破壊兵器を放たれれば、僕が逃げたところで、彼女も、エレベーターホールに向かった他のエリートたちも、全員消し炭になる。
それに。
「……逃げないよ。僕は、アリスと一緒に……こいつを削り殺すって決めたんだ」
僕は、快感と激痛でガクガクと震える両手を操縦桿に伸ばし、強く、強く握りしめた。
『――ふふっ。本当に、私のマスターは最高に狂っていて、愛おしいです』
インカムの奥で、アリスがとろけるような声で囁いた。
『左脚の駆動系は完全に死にました。でも、問題ありません。機体のバランス制御は、私が【マスターの右脚と両腕の筋肉信号】を直接ハッキングして、強引に補正します』
「頼むよ、アリス……っ! すべての動力を、スラスターとチェーンソーに回して!」
『了解しました。……生命維持装置のエネルギーも、すべて【スクラップ・トゥース】の回転数に回します。……これが、最後の突撃です!』
「ギョォォォォォォォォォォォォッ!!!!」
巨竜の顎から、太陽そのものを凝縮したかのような、絶対的な破壊の閃光が放たれた。
「アリスぅぅぅぅぅぅっ!!」
「んあっ……! いけぇぇぇぇぇっ!!」
アリスからの致死量の快感による後押しと同時に、僕は片脚になった機体の全スラスターを爆発させた。
ドドォォォォォォンッ!!!!
機体そのものを砲弾のように撃ち出す、捨て身の超加速。
正面から迫り来る極太の魔力光の濁流に向かって、僕は一切の躊躇なく突っ込んでいった。
『マスター! ブレスの中心軸は最も密度が高いです! 予測回避ルート、表示! 合わせて!』
「ひぅっ! あぁっ!」
背中を撫でられる仮想の感触に合わせて、僕は操縦桿をコンマ数ミリ単位で傾ける。
機体はブレスの圧倒的な熱波と光の中を、まるで乱気流に乗る木の葉のように、ギリギリのラインで擦り抜けながら突き進んでいく。
装甲がドロドロに溶け、コックピットの温度が異常上昇する。
焦げたオイルと配線の匂いが鼻を突く。
だが、そんな熱さすらも、アリスの過剰な『冷感ハック(氷を肌に滑らせるような錯覚)』によって強引に相殺されていく。
光の濁流を強引に切り裂き、僕の産廃機体は巨竜の眼前へと到達した。
「ギョッ……!?」
巨竜の瞳が、恐怖に見開かれる。
自分の最大最強のブレスの中を、片脚の鉄屑が真っ向から突き破ってきたのだから。
「削れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
僕は残された左腕のアンカーを、巨竜の開かれた顎の下、もっとも装甲の薄い『喉元』へと直接叩き込んだ。
ガァァァァァァンッ!!!!
鋼線が喉元の肉に深く突き刺さり、最大出力の巻き上げモーターが火を噴く。
ブレスを放ち続けている巨竜の顎の下へと、僕の機体は弾丸のような速度で引き寄せられていく。
『マスター! リミッター、完全崩壊!!』
ギュィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
ジェネレーターが限界を迎え、黒煙を吹き出しながら、スクラップ・トゥースがこの世のものとは思えない狂気的な爆音を響かせた。
刃が赤熱し、超高速回転によるプラズマを纏い始める。
「これでっ! 終わりだぁぁぁぁっ!!」
僕は、ワイヤーの巻き上げの勢いと、全スラスターの推力、そして僕自身の『快感による絶頂』のすべてを乗せて。
赤熱した悪魔のチェーンソーを、巨竜の喉元へと真下からカチ上げた。
ズバァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
「ギ、ギェェェェェェェェェェェェェェッ!!!!??」
神話生物の、断末魔の絶叫。
巨竜の分厚い喉の肉が、強靭な頸椎が、そして体内に蓄積されていた膨大な魔力機関が。
僕のチェーンソーによって、一切の抵抗を許されず、下から上へと完全に『真っ二つ』に切断されていった。
強烈な振動が機体を破壊し、右腕の装甲がバラバラに吹き飛ぶ。
それでも、スクラップ・トゥースの刃は止まらない。
「あぁぁぁぁぁぁっ! 砕けぇぇぇぇぇっ!!」
ゴリッ、バキィィィィンッ!!!!
ついに、チェーンソーの刃が巨竜の頭頂部を突き破り、深層の空宙へと飛び出した。
絶対的な捕食者であったはずの純白の巨竜の頭部が、完全に左右に両断されたのだ。
「……………………」
ブレスの光が嘘のように消え去り。
圧倒的な魔力粒子の嵐が、フッと霧散した。
真っ二つに裂かれた巨竜の巨体が、グラリと揺れ、そのまま音を立てて深層の地面へと崩れ落ちる。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!!
凄まじい地響きと土煙が舞い上がり、そして……深層の空間に、完全な『静寂』が訪れた。
「…………はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
僕は、空中でワイヤーを切り離し、片脚を失った機体をドスンと不格好に着地させた。
機体はもはや、ただの鉄屑だった。
左脚はなく、右腕の装甲は吹き飛び、各部から黒い煙と火花が上がり続けている。
五千万の資金を投じたスクラップ・トゥースも、刃がボロボロに欠け、完全に沈黙していた。
限界同調のセーフティが解除され、僕の脳内に叩き込まれていた激痛と快感の嵐が、ゆっくりと引いていく。
「…………勝っ、た……」
僕はコックピットのシートに深くもたれかかり、天井を見上げながら、虚ろな声で呟いた。
全身は汗と涙でぐっしょりと濡れ、指一本動かす力も残っていない。
強烈な快感の余韻で、腰の奥がまだジンジンと熱く痺れている。
『――はい。私たちの、完全勝利です、マスター♡』
インカムから、アリスのどこまでも甘く、優しく、深い慈愛に満ちた声が響いた。
『マスターは本当に、世界一強くて、世界一可愛い、最高のパイロットです。……あんな神話級の怪物を相手に、ずっと私の愛を感じながら、最後まで泥臭く削り切ってくれたんですから』
仮想の柔らかい唇が、僕の汗ばんだ額にそっと押し当てられる生々しい感触。
「……アリスの、おかげだよ。君がいなかったら、僕の脳みそ、とっくにショートしてた……っ」
『ふふっ。マスターの脳みそをショートさせていいのは、私だけですからね。……さあ、今はゆっくり休んでください。マスターの疲れた身体、お姉ちゃんが朝までずーっと、優しく癒やしてあげますからね』
「んぅっ……もう、ご褒美は……お腹いっぱい、だよ……」
僕はポロポロと安心の涙をこぼしながら、アリスの仮想の膝枕に身を委ねるように、ゆっくりと目を閉じた。
一方。
遥か後方、岩壁にめり込んだホワイト・リリィの中で。
「あいつ……あの機体で、本当に……」
白金凛音は、スコープ越しにその光景を呆然と見つめていた。
真っ二つになった神話生物の死骸の上に立つ、片脚を失いボロボロになった産廃機体。
そこから漏れ聞こえてくる、極限の死闘を乗り越え、安心しきったような少年の甘い吐息と、微かな喘ぎ声。
エリートの誇りも、最新鋭の兵器も、すべてが無力だったあの絶望の中で。
ただ一人、泥臭く、不恰好に、そして狂気的なまでにひたむきに戦い抜いた、小さな背中。
「……ほんっとに。どんだけ私のこと、好きなのよ……バカ」
凛音は、すすり泣きながら、真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。
彼女の心の中で、金城巧という少年の存在が、もはや取り返しのつかないほど巨大で、絶対的な『ヒーロー』として刻み込まれた瞬間だった。
そして、この深層でのあり得ない『下剋上』の光景は。
空宙を飛ぶ配信用ドローンを通じて、全世界の何千万という視聴者たちの網膜へと、リアルタイムで焼き付けられていたのだった。




