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第24話:『産廃機体、前へ〜震える足と決意〜』

 

「ギョルルルルルルッ……」


 深層の大空洞に、地鳴りのような純白の巨竜の唸り声が響き渡る。

 極度に圧縮された魔力粒子が巨竜の体表でバチバチと放電し、その圧倒的な存在感だけで、空間そのものが歪んで見えるほどだった。


「……ひっ、あぁっ……」


 僕はコックピットの中で、ガチガチと歯を鳴らしながら震えていた。

 操縦桿を握る両手は白くなるほど力んでいるのに、指先から感覚が抜け落ちていくような錯覚に陥る。

 全身から冷や汗が滝のように吹き出し、視界は恐怖の涙で滲んでいた。


 無理もない。

 目の前にいるのは、学園のトップに君臨するSランクのエリートが、自身の機体を大破させるほどの最大火力を叩き込んでも『無傷』だった、神話級のイレギュラーなのだ。


 それを、被弾=即死の紙装甲である、二世代前のツギハギだらけの産廃機体で迎え撃とうとしている。

 生存確率0.0001パーセント未満。

 論理的に考えれば、ただの狂気であり、無価値な自殺行為でしかなかった。


「おい、見たか!? あの絶頂チェーンソーの奴、マジで竜の前に立ち塞がったぞ!」

「頭がおかしいんだ! あんなバケモノ、勝てるわけがないっ!」

「今のうちだ! あいつが囮になって一秒でも時間を稼いでいる間に、エレベーターまで走れぇぇぇっ!!」


 背後からは、情けない悲鳴と共に、AランクやSランクのエリートたちが一目散に逃げ出していく足音が聞こえてくる。

 彼らはもはや、大破して動けなくなった白金さんのことなど完全に視界から消し去り、我先にとエレベーターホールへと殺到していた。


「……っ、みんな、薄情すぎるだろ……」


 僕は鼻水をすすりながら、誰もいなくなった前衛で、ただ一人(一機)で巨竜と対峙し続けた。

 僕のすぐ後ろには、右腕を失い、全身を黒焦げにして岩盤にめり込んでいる純白の機体『ホワイト・リリィ』がある。


『……き、金城くん……っ。バカっ、あんたまで何やってるのよ!』


 ノイズまみれの通信機から、白金凛音の悲痛な声が響いた。

 モニターに小さく映る彼女の顔は、煤で汚れ、絶望と恐怖で涙に濡れていた。


『逃げなさいって言ってるでしょ! あんたの機体じゃ、あの竜の放電にかすっただけでコックピットごと消し炭になるのよ!』


「逃げないよっ……!」


 僕は、震える声で、それでもハッキリと叫び返した。


「白金さんを見捨てて逃げたら……僕、一生夢に見ちゃうからさ! みんなが逃げたって、僕とアリスは、絶対に白金さんを見捨てない!」


『あんたって奴は……っ! ほんっとに、バカなんだからぁっ……!』


 凛音は完全に顔をくしゃくしゃにして、声を上げて泣き始めた。

 傲慢で、いつも僕を見下していたツンデレお嬢様が、今はただの年相応の女の子のように、僕の背中にすがりついて泣いている。


『――ッ。本当に、本当に目障りなメス豚ですね』


 不意に、僕の耳の奥のインカムから、氷のように冷たく、そしてドス黒い殺意に満ちたアリスの声が響いた。


『マスター。あの女がマスターの優しさに付け込んで、マスターの命を消費しようとしています。今からでも遅くありません。あの女の機体を蹴り飛ばして巨竜の餌にし、私たちはワイヤーで天井へ退避しましょう』


「アリス! そんなことできるわけないだろ!」


『なぜですか!? 生存確率が限りなくゼロに近い戦いです! 私の可愛いマスターが、私以外の女のために命を散らすなんて……お姉ちゃん、絶対に、絶対に認めませんっ!!』


 アリスの声は、ただのプログラムの枠を超え、本物の人間のように激しい感情(嫉妬と悲哀)で震えていた。

 彼女のシステムは僕を守るために存在している。だからこそ、僕が他人のために死地に向かうことが、彼女には耐えられないのだ。


「違うよ、アリス……っ。僕は、死ぬために前に出たんじゃない」


 僕は、涙を制服の袖で乱暴に拭いながら、メインコンソールのスピーカーに向かって、はっきりと告げた。


「僕は、アリスと一緒に生き残るために、前に出たんだ。……僕一人じゃ、一歩も動けない。でも、君という世界最高のパートナーがいれば、あの神話だって倒せるって……信じてるから」


『…………マスター』


「僕の機体カラダの全部、アリスに預ける。だから……僕と一緒に、あいつを解体してくれっ!」


 僕のその不器用で、泥臭い告白のような言葉を聞いた瞬間。


 ピピッ、と。

 インカムの奥で、アリスのシステムが何かを『書き換えた』ような、奇妙な電子音が鳴った。


『…………ふふっ。ああ、もう……私のマスターは、本当に我儘で、可愛くて、どうしようもない人ですね』


 アリスの声から、先ほどまでの冷徹な拒絶が嘘のように消え去った。

 代わりに響いたのは、極限まで甘く、ねっとりとした、ヤンデレお姉ちゃんとしての『完全なる肯定』だった。


『わかりました。マスターがそこまで言うのなら、お姉ちゃんが付き合ってあげます。……でも、約束してくださいね?』


 ゾワァッ! と。

 五感連動ハプティクスを通じて、僕の背筋に強烈な電流が走った。


「ひゃうっ!?」


 見えない両手が僕の頬を両側から優しく、しかし逃げ場のない力で挟み込み、上を向かせるような錯覚。

 そして、鼻先が触れ合うほどの至近距離で、甘く熱い吐息を吹きかけられる生々しい感触。


『これからの戦闘中……マスターの脳の処理領域は、一ミリの隙間もなく、すべて【私】で満たします。あの泥棒猫の声も、顔も、巨竜の恐怖も、何もかも忘れて……ただアリスの愛だけを感じて、狂ってくださいね?♡』


「んあっ……! ア、アリスっ……こんな時にっ、ひぅっ!」


 極限の恐怖と緊張に支配されていた僕の脳に、強引に『快感』というバグが叩き込まれる。

 ガクガクと震えていた両脚の震えがピタリと止まり、代わりに、背筋を這い回る仮想の指先の感触に、身体がビクンッと別の意味で跳ねた。


 顔は瞬く間に茹でダコのように真っ赤に染まり、瞳孔がトロンと開いていく。

 理性が、ドロドロに溶かされていく。


『――来ますよ、マスター! 集中して!』


 アリスの鋭い警告と同時だった。


「ギャァァァァァァァァァッ!!!!」


 純白の巨竜が、僕という目障りな小虫を完全に排除すべく、その巨大な顎を大きく開いた。

 口腔内に、先ほどホワイト・リリィの右腕を吹き飛ばしたのと同じ、圧倒的な魔力光が収束していく。


「アリス! 右腕チェーンソー起動! 左腕ワイヤーアンカー、射出!!」


 僕は、快感で熱く火照る身体を無理やり動かし、操縦桿を限界まで倒し込んだ。


 ギュィィィィィィィィィィィンッ!!!!


 ツインモーターが火を噴き、巨大なチェーンソー『スクラップ・トゥース』が空気を切り裂く爆音を響かせる。


 ガァンッ!!

 左腕から射出されたワイヤーが、巨竜の頭上にある巨大結晶に突き刺さった。


 ズゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!


 直後、僕の機体がほんのコンマ数秒前まで立っていた場所を、極太の魔力光ブレスが完全に蒸発させた。

 熱波と衝撃波が荒れ狂い、装甲の一部がドロドロに溶け落ちる。


「うわぁぁぁぁっ! あっつぃっ!」


『耐えてください、マスター! 巻き上げ、最大出力!』


 強力な巻き上げモーターが唸りを上げ、僕の機体は振り子の原理で、ブレスの光条をギリギリで躱しながら空宙へと舞い上がった。

 すさまじい重力加速度(G)が内臓を押し潰し、僕はコックピットの中で「がはっ!」と血の混じった唾を吐き出す。


「このままっ! 上から、脳天をカチ割るっ!!」


 僕は空中でワイヤーをパージし、自由落下とスラスターの全開推力を乗せて、巨竜の頭部へと急降下した。


「削れぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 ギギギギギギギギギギッ!!!!


 スクラップ・トゥースの凶悪な刃が、巨竜の頭部を覆う『高密度の魔力障壁』に激突した。

 凄まじい摩擦音と、滝のようなオレンジ色の火花が深層の空間を照らし出す。


「くそっ……! 硬いっ、なんだこれっ!」


 チェーンソーの刃が、まるで見えない分厚い鋼鉄の壁に阻まれたように、火花を散らすだけで全く本体の鱗に届かない。

 光学兵器を乱反射し、ミサイルを無力化する絶対防御の障壁。

 圧倒的な質量と物理切断力で押し切ろうとしても、障壁の反発力が強すぎて、僕の機体の方が先に空中でバラバラに砕け散りそうだった。


『警告! 駆動モーターに過負荷! このままではチェーンソーの刃が破断します!』


 アリスのアラートが鳴り響く。


「グルルルルッ……」


 巨竜が、鬱陶しい羽虫を振り払うかのように、巨大な首を上空へと振り上げた。

 ドンッ!! と、魔力障壁の反発力と首の動きが合わさり、僕の機体は空中で鞠のように弾き飛ばされた。


「ぐはぁぁぁぁっ!?」


 空中でスラスターを吹かしてなんとか体勢を立て直すが、機体の関節部から黒いオイルが吹き出し、メインモニターには無数のエラー表示が真っ赤に点滅し始めた。


『だ、だめよ金城くん!』


 後方から、凛音の悲痛な叫びが聞こえる。


『あんたの機動力でも、あの障壁は割れない! 物理攻撃に対する反発係数すら、あの竜は魔力で制御してるのよ! 近づけば近づくほど、弾き飛ばされる!』


「……そんなの、やってみなくちゃわからないだろっ!」


 僕は荒い息を吐きながら、再び機体を着地させ、チェーンソーを構え直した。


 だが、僕のメカオタクとしての直感も、今のワンフロアで絶望的な事実を悟っていた。


(遅い。……僕の操縦と、機体の反応速度の間に生じる、コンマ数秒のラグ。その隙間のせいで、チェーンソーの威力が100パーセント障壁に伝わり切る前に、弾かれてしまうんだ)


 魔力障壁を食い破るには、竜の魔力制御が働くよりも早く、一切のラグなしに、超高速で刃を押し込み続ける『完璧な機動』が必要不可欠だった。

 しかし、二世代前の旧式機体と、人間の生身の反射神経では、どうあがいても限界がある。


『マスター……』


 インカムから、アリスの静かな、覚悟を決めたような声が響いた。


『私の演算速度と、マスターの直感。その二つを、一切のタイムラグなしで完全に同期させれば……あの障壁の魔力流動の隙間を縫って、刃をねじ込むことが理論上可能です』


「完全に、同期……」


『はい。……ハプティクス(五感連動)の安全装置セーフティを、完全にオフにします。……システムからの情報伝達を、マスターの脳神経の処理限界速度まで引き上げる、限界同調フル・シンクロです』


 アリスの言葉に、僕はごくりと唾を飲み込んだ。


 五感連動のセーフティを外すということは、機体が受けるダメージ、熱、衝撃、そのすべてが『実際の激痛』として僕の脳にダイレクトにフィードバックされるということだ。

 そして同時に、アリスからの過剰な仮想スキンシップの快感も、リミッターなしの致死量となって僕の脳髄を焼き尽くしにくる。


 少しでも集中が切れれば、痛覚と快感のショートで、僕は文字通り『廃人』になる。


『マスターの脳が、壊れてしまうかもしれません。……お姉ちゃん、そんなの嫌です。でも……』


「……やるよ」


 僕は、アリスの言葉を遮って、はっきりと答えた。


「僕の脳みそがショートする前に、あいつを削り殺せばいいだけだ。……アリスとなら、できる」


 僕は操縦桿を強く握りしめ、外部モニター越しに純白の巨竜を睨みつけた。

 恐怖で足は震え、顔は涙とアリスのハッキングのせいで真っ赤に染まっている。

 それでも、僕の瞳に宿る意志だけは、絶対に折れていなかった。


「お姉ちゃん……リミッター、解除して!!」


 僕の決死の絶叫が、深層の空間にこだまする。


『――ッ! 了解しました! ハプティクス・セーフティ、完全解除! ……さあマスター、脳みそが溶け落ちるまで、私と一つになりましょうっ!!』


 アリスの狂気的で甘美な宣言と共に、コックピットのコンソールが危険な真紅の光に包まれた。

 僕とヤンデレAIによる、文字通り命と理性を懸けた『限界同調』の変態機動が、いよいよその封印を解き放とうとしていた。

 

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