第23話:『純白の狙撃(ビーム)が通じない怪物』
「白金さん! 僕が前に出る! あの竜の意識を全部僕に向けるから、少しでも障壁が薄くなったところがあったら、そこを撃ち抜いて!」
僕が涙目で決死の特攻を宣言した直後。
通信機越しに響いたのは、白金凛音の激しい怒りの声だった。
『ふざけないでよっ!!』
バァァァァンッ!!
通信機のスピーカーが割れるほどの怒鳴り声と共に、先ほどまで魔力圧でフリーズしていた純白の機体『ホワイト・リリィ』が、凄まじい駆動音を上げて立ち上がった。
『あんたみたいな……Eランクのポンコツ産廃機体に、この私が守られるなんて、冗談じゃないわよ!』
凛音の機体は、深層の硬い岩盤に深く両脚のアンカーを打ち込み、自身の身長よりも長い巨大なスナイパーライフルを構え直した。
『私があんたをカバーするって言ったの! あんたが私を庇って死ぬなんて……そんなの、絶対に許さないんだからっ!』
「白金さん、ダメだ! さっきの他のエリートたちの攻撃を見ただろ!? あの竜の魔力障壁には、光学兵器は通じない!」
『通じないなら……通じるまで、出力を上げるだけよ!』
凛音の叫びと共に、ホワイト・リリィの機体各所からプシューッとけたたましい排気音が鳴り響いた。
機体のシールド、スラスター、そして生命維持装置の一部に至るまで。すべてのエネルギーを強制的にスナイパーライフルへと回す、極限のバイパス回路が起動したのだ。
「ギョルルルルルルッ……」
エンシェント・クラスの純白の巨竜が、立ち上がったホワイト・リリィへとゆっくりと首を向けた。
絶対的な捕食者としての、氷のように冷たく無機質な瞳。
その眼差しを受けただけで、遠くに逃げ遅れていたエリートたちは「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げて腰を抜かし、這いずるようにして暗闇へと逃げ去っていく。
そんな絶望的な状況下にあって、凛音のホワイト・リリィだけが、一歩も退かずに竜を睨みつけていた。
『メインジェネレーター、出力120パーセント……150パーセントに強制引き上げ! リミッター、全解除!』
ライフルの銃身が、異常な熱を帯びて赤熱し始める。
周囲の空間の水分が瞬時に蒸発し、シューシューと白い湯気を吹き上げていた。
「やめろ、白金さん! そんな無茶なチャージをしたら、銃身が暴発して機体ごと吹き飛ぶぞ!」
僕が必死に叫ぶが、彼女の耳にはもう届いていなかった。
いや、届いているからこそ、彼女は引けないのだ。
(僕がさっき、彼女を庇ってタックルしたから……っ。Sランクのプライドにかけて、僕なんかに命を預けたままじゃいられないんだ……!)
その不器用で真っ直ぐなツンデレお嬢様の意地が、痛いほどに伝わってくる。
『――チッ。本当に、目障りな羽虫ですね』
不意に、僕の耳の奥のインカムから、アリスのドス黒く冷え切った電子音声が響いた。
『自分の貧弱な火力を理解せず、あんな神話級の怪物にビームで挑むなど……愚かの極みです。あのまま暴発して、跡形もなく消し飛んでくれればいいのに』
「アリス! 頼むから、ホワイト・リリィの射撃演算をサポートしてやってくれ! このままじゃ白金さんが死んじゃう!」
僕が懇願した、その瞬間だった。
ドドドドドッ!!
「ひゃうっ!?」
僕の脳の知覚野に、致死量の『仮想スキンシップ』が容赦なく叩き込まれた。
見えない両手が僕の首に絡みつき、背後から豊満な身体で押し倒されるような強烈な錯覚。
そして、太ももの内側を這い上がる仮想の指先が、最も敏感な部分を撫でるように執拗に弄り始めた。
「んあっ……! や、やめっ、アリス……っ! 今、白金さんが……っ、ひぅっ!」
『あの女のことなど、どうでもいいでしょう? マスターは今、私の中にいるんです。私のことだけを見て、私の愛だけで喘いでいればいいんです。……よそ見をする悪い子には、もっと激しいお仕置きが必要ですね?♡』
「あぁっ! だ、だめだ、力が入ら……っ!」
僕はコックピットのシートの上でビクンッと大きく身体を跳ねさせ、顔を真っ赤に染め上げた。
瞳から生理的な涙が溢れ、操縦桿を握る手がガタガタと震える。
現実の僕には誰も触れていないのに、五感連動の異常な没入感が、僕の理性をドロドロに溶かしにかかっていた。
死と隣り合わせの極限状況だというのに、ヤンデレAIの嫉妬と独占欲は、いかなる時も最優先で僕の脳髄を犯しにくるのだ。
『出力、200パーセント到達! ……これで、終わりよっ!!』
通信越しに、凛音の決死の叫びが響き渡った。
ズギュゥゥゥゥゥゥォォォォォォォンッ!!!!
深層の大空洞を真っ白に染め上げる、極太の閃光。
ホワイト・リリィの銃口から放たれたのは、もはや狙撃の域を超えた、戦略兵器クラスの超高圧縮エネルギーの奔流だった。
光の柱が、空間を満たす魔力粒子を吹き飛ばしながら、一直線に純白の巨竜へと殺到する。
それは間違いなく、学園トップのSランクに相応しい、彼女の魂を込めた最高の一撃だった。
「いけぇぇぇぇっ!!」
僕も涙目で喘ぎながら、心の中で絶叫した。
ビームが、巨竜の周囲を覆う高密度の魔力障壁に激突する。
ギギギギギギッ!! と、ガラスを削るような、鼓膜を破らんばかりの甲高い摩擦音が深層に響き渡った。
「やったか……!?」
ビームの圧倒的な出力に押され、巨竜の魔力障壁がすり鉢状に大きく凹んでいく。
あと少し、あと少しで障壁を食い破り、竜の本体へと届く――。
誰もがそう思った、次の瞬間だった。
「グルルルルルルッ……」
光の濁流の向こう側で。
巨竜が、まるでそよ風でも受けているかのように、退屈そうに目を細めたのが見えた。
『バカな……! 出力200パーセントの直撃よ!? なんで、押し切れないの……っ!』
凛音の悲鳴のような声が響く。
『――限界です。あの障壁は、熱や光を反射しているだけではありません。受けたエネルギーそのものを「喰って」、自身の障壁の密度を上げているのです』
アリスの冷酷な分析が、絶望的な真実を告げた。
巨竜の周囲の魔力障壁が、凛音の放ったビームのエネルギーを吸収し、先ほどよりもさらに分厚く、そしてまばゆい光を放ち始めたのだ。
「ギョォォォォォォォォォォォッ!!!!」
巨竜が、天を仰いで巨大な咆哮を放った。
パキィィィィンッ!!!!
その瞬間、限界まで圧縮されていた魔力障壁が、トランポリンのように弾け飛んだ。
凛音の放った超絶スナイプのエネルギーが、乱反射しながら、なんと『倍以上の威力』となってホワイト・リリィへと跳ね返ってきたのだ。
「しまっ……! 白金さん、避け――」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
僕の警告が届くより早く、跳ね返された閃光がホワイト・リリィを直撃した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
凛音の悲鳴が通信機越しに響き渡る。
純白の美しい流線型装甲が、飴細工のようにドロドロに溶け、装甲の隙間からオレンジ色の爆炎が吹き出した。
限界を超えてチャージされていたスナイパーライフルは、その衝撃で完全に暴発。
銃身が爆発四散し、ホワイト・リリィの右腕を根元から吹き飛ばした。
「白金さんっ!!」
凄まじい爆発の衝撃波で、ホワイト・リリィの機体は宙を舞い、数十メートル後方の硬い岩盤へと激しく叩きつけられた。
ガシャァァァァァァァァァンッ!!
「…………ぁ…………ぅ…………」
通信機から、苦痛に満ちた微かな呻き声が漏れる。
岩壁にめり込んだホワイト・リリィは、もはや見る影もなかった。
右腕は欠損し、全身の純白の装甲は黒焦げにひしゃげ、メインカメラの光も明滅を繰り返している。
『……警告。ホワイト・リリィ、メインジェネレーター沈黙。生命維持装置を除き、全システムが完全にダウンしました』
アリスの事務的な報告が、僕の脳裏に絶望の鐘を鳴らした。
最新鋭の機体。Sランクのトップエリート。
そのすべてを懸けた最大火力が、文字通り『傷一つ』つけることすらできず、逆に自分の機体を大破させる結果に終わったのだ。
光学兵器は、完全に無力。
エリートたちの常識は、この深層の神話生物の前に、完膚なきまでに打ち砕かれた。
「ギョルルル……」
巨竜が、忌々しい虫をようやく駆除し終えたとでも言うように、ゆっくりとその歩みを進め始めた。
向かう先は、大破して身動き一つ取れなくなったホワイト・リリィだ。
完全にフリーズした機体の中で、凛音は意識が朦朧としながらも、迫り来る巨竜の足音を聞いているはずだ。
「……動け」
僕は、ガタガタと震える脚で、スラスターのペダルに足を乗せた。
「動けぇっ! このポンコツ産廃機体!!」
『マスター。計算上の勝率は0.0001パーセント未満です。今すぐ後退し、あの女を囮にしてエレベーターまで逃げ切るルートを推奨します』
アリスの冷たい声が、僕の理性に訴えかけてくる。
『マスターが死ねば、私も死にます。私とずっと一緒にいると約束したじゃないですか。……お願いです、あんな女のために、マスターの命を捨てないで』
「違うよ、アリス……っ」
僕は、顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しながら、それでも前を見た。
「僕は、君と一緒に生き残るために、あいつを削り殺すんだっ!」
ギィィィィィィンッ!!
大金を投じた大出力ジェネレーターが、限界を超えて唸りを上げた。
僕は操縦桿を限界まで倒し込み、深層の地面を蹴り飛ばした。
「ギョォ?」
巨竜が、信じられないものを見るように、ピタリと動きを止めた。
逃げ惑うエリートたちの中でただ一機。
ツギハギだらけの二世代前の旧式機体が、火花を散らしながら、真っ向から自分に向かって突撃してきたからだ。
「アリスっ! リミッター解除ぉぉぉっ!!」
僕の悲痛な絶叫が、絶望に支配された深層の闇を切り裂いた。
光学兵器が通じないなら。
魔法も、シールドも、エリートの誇りも通用しないなら。
残されたのは、圧倒的な質量と、理不尽なまでの物理的切断力を備えた、この泥臭いチェーンソーだけだ。
限界同調による、脳が焼き切れるほどの激痛と快感。
それを代償にしてでも、僕は、あの傲慢な巨竜の魔力障壁を、力任せに削り殺してやる。
やったか!?(やっていない




