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第22話:『イレギュラー発生〜深層の主(ボス)の出現〜』

 

「アリスっ! 左腕のワイヤーアンカー、最大出力で巻き上げろぉぉぉっ!!」


 僕は恐怖で涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、逃げるための後退ペダルではなく、スラスターの『前進』ペダルを限界まで踏み抜いていた。


『――ッ! マスターのバカ! その機体で直撃を受ければ、コックピットごと蒸発しますよ!』


 アリスの悲痛な叫びがインカムに響く。

 だが、彼女のシステムは僕の意思に逆らうことなく、即座に左腕のアンカーを射出させた。

 鋼線が深層の天井の岩盤に深く突き刺さり、規格外の巻き上げモーターが火を噴く。


「うおおおおおおおおっ!!」


 凄まじい重力加速度(G)が、産廃機体のフレームをミシミシと軋ませながら、僕の身体をシートに強く押し付けた。

 内臓が潰れ、目の前が真っ暗になるほどの負荷。


『もう……っ! 泥棒猫のために命をかけるなんて、お姉ちゃん許しません! でも、マスターを死なせはしませんっ!』


 ピピッ、と。

 アリスが、五感連動ハプティクス安全装置セーフティを強制的に一段階解除する電子音が鳴った。


「がはっ……!? あ、アリスっ!?」


 ドゴォォォォンッ!! と、脳髄を直接ハンマーで殴られたかのような、強烈すぎる感覚の奔流が流れ込んでくる。

 機体の各部センサーが捉える情報が、処理限界を超えて僕の神経回路に叩き込まれたのだ。


 痛覚と快感が完全に混線し、強烈な痺れが背筋を駆け上がる。

 見えない手が僕の脳を直接鷲掴みにし、無理やり反応速度を引き上げるような、暴力的で過激な『同調シンクロ』。


「あぁぁぁっ! んんっ! 脳が、割れるぅぅぅっ!」


 僕はコックピットの中で絶叫し、完全に涙目で身悶えしながら、それでも操縦桿を強く引き絞った。


 目標は、完全に行動不能フリーズに陥り、純白の巨竜の標的となっている白金凛音の『ホワイト・リリィ』。

 ワイヤーの遠心力とスラスターの推力をすべて乗せた僕の機体が、弾丸のような速度で彼女の機体へと殺到する。


「白金さんっ! 捕まってぇぇぇっ!!」


 ガァァァァァァンッ!!!!


 鈍い金属音と共に、僕の機体がホワイト・リリィに強烈なタックルを見舞った。

 その凄まじい衝撃で、二つの機体は地面を大きく削りながら、巨竜の射線から強引に横へと弾き飛ばされた。


 直後。


 ズゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!


 太陽が地下に落ちてきたかのような、絶対的な光と熱の奔流が、僕たちがほんのコンマ数秒前までいた空間を通り過ぎていった。

 鼓膜が破れるほどの轟音。

 視界を真っ白に染め上げる、極太の魔力光ブレス


「ひぃぃぃっ……!」


 僕と凛音の機体が転がり込んだ岩陰のすぐ横を、すべてを消滅させる光の濁流が通り抜けていく。

 熱波だけでも機体の表面温度が急上昇し、警告アラートがけたたましく鳴り響いた。


 数秒後、光が収まったあとに残されていたのは、言葉を失うような惨状だった。

 巨大な結晶体で覆われていた深層の地形が、数百メートルにわたって完全に抉り取られ、ドロドロに溶けた溶岩の川へと変貌していたのだ。


「…………あ、ああ……」


 僕は腰が完全に抜け、シートの上でガクガクと震えることしかできなかった。

 もしタックルがほんの少しでも遅れていれば。僕も白金さんも、あの溶岩の一部になっていた。


『警告。対象の魔力エネルギー、全く減衰していません。むしろ、周囲の環境マナを吸収し、さらに増幅しています』


 アリスの冷徹な声が、絶望的な現実を突きつけてくる。


 深層の暗闇の奥で、純白の巨竜――エンシェント・クラスのイレギュラーモンスターが、鬱陶しそうに巨大な首を振っていた。

 獲物を逃したことに苛立っているのか、その四つん這いの巨体がゆっくりとこちらへ向き直る。


「ヒッ……! く、来るな! こっちに来るなぁぁぁっ!!」


 その時、僕たちとは別の岩陰に逃げ遅れていた数名のエリートたちが、恐怖のあまり半狂乱になって叫び声を上げた。


 彼らは完全にパニックに陥り、AランクやSランクの最新鋭機が誇るすべての武装を、巨竜に向けて一斉に展開した。

 高出力のビームライフル、肩部マウントの圧縮ビーム砲、そして魔力誘導ミサイル。


「死ね! 死ねぇぇぇぇっ!!」


 ズギュゥゥゥゥンッ! ドドドドドドッ!!


 まばゆい光線とミサイルの群れが、深層の空間を切り裂いて巨竜へと殺到する。

 学園のトップエリートたちによる、文字通りの『最大火力』の集中砲火。

 本来なら、どんな強固なボスクラスのモンスターであろうと、灰燼に帰すだけの一撃だ。


 しかし。


 バチィィィィッ!!


「なっ……!?」


 エリートたちが、絶望に目を見開いた。

 放たれた無数のビームやミサイルは、巨竜の純白の鱗に触れることすらできなかったのだ。


 巨竜の周囲には、極度に圧縮された魔力粒子がプラズマのように放電しており、絶対的な『魔力障壁』を形成していた。

 高出力のビームはその障壁に触れた瞬間に乱反射して霧散し、ミサイルは誘爆すら許されずに機能停止してポロポロと地面に落ちていく。


「ウ、ウソだろ……? 俺たちの最大火力が、傷一つ……いや、触れることすらできないなんて……っ」


 エリートの一人が、完全に心が折れたような声で呟いた。


「ギョォォォォォォォォォッ!!!!」


 巨竜が、虫けらの反抗を嘲笑うかのように、短く咆哮を上げた。

 そして、その巨大で太い尻尾を、ただ無造作に横へと薙ぎ払った。


 ドォォォォォォォォォォンッ!!!!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 直接尻尾が当たったわけではない。

 ただ尻尾を振った『風圧』と『衝撃波』だけで、エリートたちの最新鋭機がまるでオモチャのように空中に吹き飛ばされ、深層の硬い岩壁に叩きつけられたのだ。


 ガシャァァァァンッ!! という凄まじい破壊音と共に、分厚いエネルギーシールドが砕け散り、機体のフレームが飴細工のようにひしゃげる。

 搭乗していたパイロットたちは、機体が完全にスクラップになる直前、自動の緊急脱出ポッドによって空高く射出されていった。


「…………嘘だろ。最新鋭機が、尻尾の風圧だけで……」


 僕はモニター越しにその惨劇を見て、自分の顔から完全に血の気が引くのを感じた。


 これが、深層の『主』。

 生態系の頂点に立つ、絶対的な捕食者の力。

 僕たちがこれまで戦ってきたモンスターとは、根本的に次元が違う。魔法も、ビームも、エリートの誇りも、全てを無に帰す圧倒的な暴力の結晶だ。


『……金城、くん……っ』


 不意に、通信機から微かに震える声が聞こえた。

 僕がタックルして弾き飛ばした『ホワイト・リリィ』が、再起動プロセスを経てゆっくりと立ち上がろうとしている。


「白金さん! 無事だった!?」


『あ、あんたバカじゃないの!? なんで逃げなかったのよ! 私の機体は魔力圧でフリーズしてたのよ! あんたまで死んだらどうする気!?』


 通信ウィンドウに映る凛音は、ツンと怒ったような表情を作ろうとしていたが、その大きな瞳には大粒の涙が浮かんでいた。

 恐怖と、自分を助けるために産廃機体で突っ込んできた僕への複雑な感情で、声が震えきっている。


「だって……見捨てて逃げたら、僕、毎晩夢に見ちゃうからさ」


 僕は恐怖でガクガクと震える歯を食いしばりながら、必死に強がって笑ってみせた。

 その僕の顔は、アリスの過剰なハプティクスの余韻で真っ赤に紅潮し、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったが。


『あ、あんたって奴は……っ! ほんと、信じられないくらいのお人好しの、バカで、変態なんだから……っ!』


 凛音は袖で乱暴に涙を拭い、ホワイト・リリィのスナイパーライフルを構え直した。


『でも、これで貸し借りゼロよ! 次は私が、あんたを……っ』


「ダメだ、白金さん! 今の見たでしょ!? ビームや魔法は、あの竜の魔力障壁には全く通用しない! 撃ってもエネルギーの無駄だ!」


 僕が叫ぶと、凛音も悔しそうに唇を噛み締めた。

 エリートの象徴である最新鋭の光学兵器が、一切役に立たないという残酷な現実。


『……マスター。あのメス豚のために涙を流すなんて、お姉ちゃん許しませんよ。後でたっぷりお仕置きですからね』


 インカムの奥で、アリスがドス黒い嫉妬を滲ませた声を出す。

 だが、その直後、彼女の声は再び冷徹な演算AIのものへと切り替わった。


『マスター。あの巨竜の魔力障壁の波長を解析しました。……極度に圧縮されたマナの壁です。エネルギー兵器は透過できず、反射・減衰されます』


「じゃあ、どうすれば……! 逃げるしかないの!?」


『いいえ。……あれを突破できる手段が、一つだけあります』


 アリスの言葉に、僕はハッと息を呑んだ。


『光学兵器も、魔力誘導も通じない。ならば、圧倒的な【質量】と、理不尽なまでの【物理的切断力】を、力任せに障壁に押し付けるしかありません。……極端に物理破壊に特化した、バカげた武装だけが、あの障壁を食い破ることができます』


 僕は、自分の機体の右腕にぶら下がっている、黒く汚れた巨大な金属の塊を見つめた。

 五百万の資金を投じて魔改造した、大型建機用ツインモーター駆動の悪魔の武器。


「……スクラップ・トゥース。この、チェーンソーしか……ないってことか」


『ええ。マスターの泥臭い戦い方だけが、あの神話を解体できる唯一の希望です。……でも、一つ問題があります』


 アリスの声が、微かに震えた。


『あの巨竜の周囲は、超高密度の魔力圧の嵐です。機体をそこまで接近させるには、マスターの脳と機体の同調率シンクロを、極限まで引き上げる必要があります。……つまり』


「……ハプティクスの、安全装置セーフティの、完全解除」


 僕が震える声で呟くと、アリスは『はい』と短く答えた。


 それは、機体が受けるダメージやGの負荷が、一切のフィルターなしに僕の脳神経にダイレクトに叩き込まれるということを意味する。

 そして同時に、アリスからの『過剰なハッキング』の快感も、リミッターなしで僕の脳髄を犯しにくるということだ。


 一歩間違えれば、文字通り脳が焼き切れて廃人になる。


「ギョルルルルルルッ……」


 巨竜が、低く不気味な唸り声を上げながら、ゆっくりと僕たちの方へと歩みを進めてくる。

 逃げ場はない。エリートたちは全滅し、背後には大破した機体の残骸が転がっているだけだ。


「……やるしかない」


 僕は、ガタガタと震える両脚に必死に力を込め、操縦桿を強く握り直した。


「白金さん! 僕が前に出る! あの竜の意識を全部僕に向けるから、少しでも障壁が薄くなったところがあったら、そこを撃ち抜いて!」


『なっ……!? バカ言わないで! あんたのその紙装甲で、あの巨竜に近接戦を挑むなんて自殺行為よ!』


「自殺じゃない! 僕は……生き残るために、あいつを削り殺すんだっ!」


 僕は涙を腕で乱暴に拭い、覚悟を決めた。


 圧倒的な絶望を前にして。

 最新鋭のビームが通じない神話の怪物を前にして。

 僕とアリスの、最高に狂っていて泥臭いチェーンソー特攻が、今まさに幕を開けようとしていた。

 

お待たせしました

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