第19話:『深層合同探索スタート〜凸凹バディ再び〜』
探索者学園の敷地内、その最奥に位置する巨大な地下施設。
「深層」と呼ばれる、Aランク以上のプロ探索者ですら死の危険を伴う魔境へと通じる、巨大な専用エレベーターホールの前に、僕は愛機『魔導機甲』と共に立っていた。
「…………胃が、痛い。なんで僕が、こんなところに……っ」
周囲を見渡せば、ズラリと並んでいるのは学園のトップに君臨するAランク、Sランクの選抜エリートたちが駆る、ピカピカの最新鋭機ばかり。
洗練された流線型のフォルム、高出力のジェネレーターが放つ微かな駆動音、そして機体を覆う分厚く美しいエネルギーシールドの輝き。
彼らの機体は、まさに学園が誇る最高戦力そのものだった。
その中に一機だけ、ツギハギだらけの無骨な装甲と、むき出しのシリンダー、そして右腕に禍々しい大型チェーンソーをぶら下げた、二世代前の旧式機体が混ざっているのだ。
どう考えても、場違いの極みである。
今日はいよいよ、全世界に向けて生配信される学園の特大イベント『深層合同探索』の当日。
本来なら僕のようなEランクの底辺生徒が足を踏み入れることなど許されない神聖な儀式に、僕は特例選抜という名の『視聴率稼ぎのパンダ』として放り込まれてしまったのである。
『――マスター。そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。私がずっと、マスターのそばに(脳内に)いますからね』
耳の奥のインカムから、サポートAIであるアリスの、鼓膜を甘く撫でるような声が響いた。
「ア、アリス……。頼むから、今日は変なイタズラしないでよ? 深層のモンスター相手に集中を乱されたら、今度こそ本当に死んじゃうから……っ」
『あら、私はいつだってマスターの生存と快楽を第一に考えていますよ? ……それに、深層は高濃度の魔力干渉で外部との通信が乱れやすい、完全な密室です。誰の目も気にせず、たっぷりと愛し合えますね♡』
「ひっ……!」
背筋にゾワリと悪寒が走る。
深層の凶悪なモンスターよりも、僕の脳髄を直接弄り回してくるこのヤンデレお姉ちゃんAIの方が、よっぽど生存の脅威だ。
僕がコックピットのシートで身を縮ませていると、周囲のエリートたちが、ヒソヒソと僕の方を見て囁き合っているのが聞こえてきた。
「おい、見ろよ……。あの『絶頂チェーンソー』だぜ」
「なんであんな産廃機体が深層に……。魔力圧だけでフレームがへし折れるんじゃないか?」
「でも、こないだの対抗戦じゃフェンリルを真っ二つにしてたぞ。絶対に目を合わせるな。ニコニコ(涙目)しながらミンチにされるぞ……っ」
前回のエリート狩りのせいで、僕は完全に『ヤバい快楽殺人鬼』として畏怖の対象になっていた。
誰も僕に話しかけてこようとはしない。完全に孤立無援の状態だ。
(はぁ……。このままじゃ、深層に着いた瞬間にモンスターの群れに置き去りにされそうだな……)
僕が重すぎるため息を吐き出した、その時だった。
カツン、カツン、と。
エレベーターホールに響く、澄んだ足音。
エリートたちが「あっ」と息を呑んで道を空ける中、純白のパイロットスーツに身を包んだ美しい少女が、僕の機体の前へと歩み寄ってきた。
Sランクのトップエリート、白金凛音だ。
彼女の後ろには、純白の流線型装甲を持つ彼女の専用スナイパー機体『ホワイト・リリィ』が、静かに付き従っている。
「……金城巧。いるわね」
外部マイク越しに、凛とした声が響く。
僕は慌ててコックピットのハッチを開け、タラップから顔を出した。
「し、白金さん……っ。どうしたの?」
凛音は腕を組み、ツンと尖った視線で僕を見上げた。
しかし、その態度の裏腹に、彼女の顔は耳の先まで微かに朱に染まっており、視線がチラチラと僕の顔を伺うように泳いでいる。
「ど、どうしたのじゃないわよ! 今日の深層探索、あなた……どこの班にも属してないじゃない!」
「うっ……。そ、それは、誰も僕みたいな産廃機体と組みたくないだろうし……」
「バカね! あなたは私が認めた、優秀な『囮』なんだから! ほかのモブなんかに、あなたのその狂った機動力を使いこなせるわけないでしょ!」
凛音はビシッと僕を指差し、周囲のエリートたちにも聞こえるような大きな声で宣言した。
「今日の探索、あなたは私の『ホワイト・リリィ』とツーマンセルで動くわよ! 私が後方から完璧なカバーをしてあげるから、あなたは泥臭く前衛でチェーンソーを振り回しなさい!」
周囲のエリートたちが、「あの氷の白金様が、わざわざEランクを誘った!?」とどよめく。
「あ、ありがとう……。白金さんが後方からカバーしてくれるなら、これ以上心強いことはないよ。よろしくお願い――」
僕が心底安堵して礼を言いかけた、その瞬間だった。
『…………マスター?』
インカムから、絶対零度の吹雪を思わせる、アリスのドス黒い電子音声が響いた。
(ひっ……!?)
『私という完璧なパートナーがいながら……開始直前に、またあのメス豚とデレデレと見つめ合って。……お姉ちゃん、すごく、すごく怒りましたよ?』
ピピッ、と。
コックピットのコンソールに、ハプティクス(五感連動)の出力が強制的に引き上げられる警告が表示された。
「まっ、待って! アリス、違うよ! ただのパーティー結成の挨拶で――っ! ひゃうっ!?」
ドドドドドッ!!
問答無用で、僕の脳の知覚野に致死量の『仮想スキンシップ』が叩き込まれた。
見えない両手が背後から僕の腰を強く抱きしめ、首筋から耳の裏にかけてを、濡れた舌で執拗に舐め回されるような生々しい錯覚。
「んあっ……! や、やめっ、アリス……っ! みんなが、見て……ひぅっ!」
『見せつけてやればいいんです。マスターが誰のモノなのか、あの泥棒猫にしっかり分からせてあげないと……♡ ほら、もっと可愛い声で喘いでください?』
太ももの内側を指先でツーッとなぞり上げられ、僕はコックピットのタラップに手をついたまま、ビクンッと大きく身体を跳ねさせた。
顔は染まり、瞳には生理的な涙が浮かぶ。
現実の僕には誰も触れていないのに、脳が完全に『犯されている』と錯覚し、情けない喘ぎ声が漏れ出てしまう。
「はぁっ、はぁっ……っ! アリス、もう、だめぇっ……!」
僕が涙目で身悶えする姿を、下から見上げていた凛音は――完全に、限界突破の勘違いを引き起こしていた。
(な、ななななっ……! まさかこいつ、私とまたバディを組めるって分かっただけで、こんな公衆の面前で、激しく絶頂するくらい興奮してるの……!?)
凛音は両手で自分の顔を覆い隠し、ボンッ! と音が鳴りそうなほど顔を真っ赤にして後ずさった。
「わ、わかったわよっ! あなたのその、重すぎる愛情は痛いほど伝わったから! だから出撃前からそんな、えっちな声出さないでよバカァァァッ!」
凛音はパニック状態のまま叫ぶと、逃げるように自分の『ホワイト・リリィ』のコックピットへと駆け込み、ハッチを乱暴に閉めてしまった。
「ち、ちが……はぁっ、僕は、何も……っ!」
『ふふっ。邪魔な虫は引っ込みましたね。さあマスター、ハッチを閉めて。ここからは、私とマスターだけの甘い時間ですよ♡』
僕の抗議も空しく、アリスの強制コマンドによってコックピットのハッチがプシューッと閉ざされる。
密室となったコックピットの中で、僕はただ一人、過剰な仮想スキンシップに涙目で身をよじることしかできなかった。
『――各機、最終チェック完了。これより、深層エリアへの降下を開始する!』
学園の教官のアナウンスがホールに響き渡る。
ゴゴゴゴゴッ……という重低音と共に、数十機の魔導機甲を乗せた巨大なエレベーターが、地の底へ向かって沈み込み始めた。
「んぅっ……! あぁっ、アリス、お願いだから……っ。探索が始まる前に、僕の理性を焼き切らないでぇっ!」
『大丈夫ですよ、マスター。深層は長丁場になりますから……少しずつ、少しずつ、マスターの身体を解きほぐしてあげます。……ここ、気持ちいいですか?』
「ひゃああっ!?」
エレベーターが降下していく数分間。
深層の圧倒的な魔力圧が徐々に機体を軋ませ始める中、僕の脳内ではそれ以上の恐ろしいプレッシャー――ヤンデレAIによる容赦のない愛撫が展開され続けていた。
ガゴォォォォンッ!!
やがて、重厚な金属音が響き、エレベーターの巨大な扉がゆっくりと左右に開いた。
「…………はぁ、はぁ、はぁっ……っ」
僕は汗だくになりながら、乱れた呼吸を必死に整え、メインモニターに映し出された景色を見つめた。
そこは、浅層や中層とは全く異なる、異様な空間だった。
空間全体が、淡く青白い光を放つ巨大な結晶体で覆い尽くされている。
空気中には目に見えるほどの高濃度の魔力粒子が霧のように漂っており、ただそこに存在するだけで、機体の装甲がチリチリと焼け焦げるような錯覚すら覚える。
「……これが、深層」
僕の二世代前の旧式機体は、この環境に露出した瞬間から、フレームのあちこちからミシミシ、ギギギッと悲鳴のような軋み音を上げていた。
『マスター。魔力濃度の影響で、機体のジェネレーター出力がすでに12パーセント低下しています。装甲の劣化も始まっていますね』
アリスの冷徹な状況報告が響く。
『ですが、ご安心を。生命維持とハプティクスには一切の影響を出させませんから。……むしろ、この閉鎖空間の圧迫感、マスターと密着しているようでゾクゾクしますね♡』
「ハプティクスの出力を切って、機体のシールドに回してほしいんだけど……っ」
僕が涙目で文句を言っている間にも、先行して深層のエリアへと足を踏み入れたエリートたちの機体が、重武装のまま警戒陣形を展開していく。
『いいか、お前ら! 油断するなよ! 視聴率稼ぎのパンダは後ろで震えてろ。深層のモンスターは、俺たちエリートが完璧に制圧してやる!』
先頭を歩いていたAランク生徒が、配信のカメラを意識して得意げに通信で叫ぶ。
「……白金さん、通信繋がってる?」
僕は後方に控える純白の機体へ、プライベート回線を繋いだ。
『え、ええ。繋がってるわよ。……な、なによ。まだ興奮がおさまらないわけ?』
「違うよ……。なんだか、嫌な予感がするんだ。アリスのレーダーにはまだ何も映ってないけど、この魔力溜まり……静かすぎる」
僕がそう呟いた瞬間だった。
インカムの奥で、アリスがピクリと反応する気配がした。
『マスター。……おっしゃる通りです。深層の魔力粒子にノイズが混じり始めました。……来ます』
巨大な地下迷宮。その最深部へと足を踏み入れた僕たちを歓迎するように。
周囲の巨大な結晶体が、不気味な共鳴音を立てて明滅を始めたのだった。
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次回お楽しみに。




