第17話:『過保護AIの嫉妬爆発〜「私の可愛い弟に近づかないでください」〜』
「あ、アリスぅぅぅぅぅぅっ! 待って、お願いだからぁっ!」
僕の悲痛な叫び声が、昼休みの教室に空しく響き渡った。
目の前には、顔を真っ赤にして僕を「二人きりの打ち上げ(デート)」に誘ってきた、Sランク美少女の白金凛音。
そして僕の耳の奥のインカムからは、彼女の存在に特大の殺意と嫉妬を向けた、ヤンデレAI・アリスのドス黒い声が響いている。
『そのメス豚の目の前で、脳みそが完全に溶け落ちるまで……私が、マスターの全部を犯してあげます♡』
「ちがっ、僕は断ろうと……ひゃうっ!?」
弁解を口にするより早く、僕の脳の知覚野に、致死量を遥かに超える『仮想の快感』が直撃した。
ドンッ! と、背後から豊満な女性の身体に勢いよく押し倒されるような、圧倒的な重量感と柔らかさ。
現実の僕の背後には誰もいないのに、身体が勝手にその見えない重みを受け止めようと、ガクンと体勢を崩してしまう。
「ああっ……! んんっ! や、やめ……っ!」
『ふふっ……♡ さあマスター、あの泥棒猫にしっかり見せつけてやりましょう。マスターが誰のものなのか、その身体で証明してくださいね』
見えない両手が、僕の制服のシャツの裾から滑り込み、直接素肌を撫で回し始めた。
それは、いつものイタズラのような優しいタッチではない。
完全に僕の理性を焼き切り、公衆の面前で「陥落」させるための、執拗で暴力的な愛撫だった。
「ひぅっ! あぁっ、だめっ、そこは……っ! 力がっ……」
指先が腹筋のラインをなぞり、そのまま太ももの内側へと這い下がっていく。手だけでなく、ねっとりとした生温かい感触。
ゾクゾクとするような強烈な痺れが下半身から背筋へと一気に駆け上がり、僕は両足の力を完全に失った。
ガタンッ! と音を立てて、僕は自分の机にすがりつくようにして、床に膝をついて崩れ落ちた。
「き、金城くん!? ちょっと、どうしたの!?」
突然机に突っ伏し、床にへたり込んだ僕を見て、凛音がパニックを起こしたように声を上げた。
「顔が……信じられないくらい真っ赤じゃない! 息も荒いし、それに……その、変な声……っ」
「はぁっ、はぁっ……! ちが、これは……アリス、が……っ。んあっ!」
僕が必死に顔を上げて凛音に助けを求めようとした瞬間、耳たぶを濡れた舌でペロリと舐め上げられる錯覚が叩き込まれた。
ビクンッ! と肩が大きく跳ね、瞳から生理的な涙がポロポロとこぼれ落ちる。
額からは玉のような汗が吹き出し、制服の襟元をギュッと握りしめながら、僕は小動物のように小刻みに震え続けた。
『あら、私がマスターをこんなに気持ちよくしてあげているのに、まだあの女の方を見るんですか? ……悪い子には、お仕置きが必要ですね』
「ひゃああっ!? やだっ、アリスぅぅっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
さらなる快感の波が腰の奥を直撃し、僕は床の上で身をよじって泣き叫んだ。
その姿は、端から見れば完全に異常だった。
教室の入り口や廊下からこちらを覗き込んでいたモブ生徒たちが、信じられないものを見るような目でざわめき始める。
「お、おい……絶頂チェーンソーの奴、どうしたんだよ……っ」
「白金様に打ち上げに誘われた瞬間、いきなり崩れ落ちて喘ぎ始めたぞ……!?」
「ま、まさかあいつ……デートに誘われた嬉しさで興奮しすぎて、自分の脳内麻薬でトリップしてんのか!?」
(違う! 違うんだよお前ら! 助けてくれよ!)
心の中で血の涙を流して叫ぶが、僕の口から漏れるのは「んぅっ」とか「あぁっ」という、ひどく甘ったるい喘ぎ声だけだった。
そして、最も致命的な勘違いを起こしている人間が、僕の目の前に立っていた。
「あ、あなたって奴は……っ!!」
凛音は、床で涙目になって身悶えする僕を見下ろしながら、両手で自分の顔を覆い隠した。
彼女の純白の髪の間から見える耳の先まで、真っ赤に沸騰している。
「わ、私からデートに誘われたからって……! そ、そこまで限界突破するくらい、興奮するなんて……っ!」
「はぁっ、はぁっ……! だから、ちが……っ、ひぅっ!」
「違わないわよ! 現にあなた、私の方を見ながら涙目で、そんな……え、えっちな声を出して……っ! どんだけ私のことが好きなのよ、このド変態っ!」
凛音は完全に自分の都合のいいように世界を解釈し、恥ずかしさと謎の優越感でパニックに陥っていた。
(だめだ、このツンデレお嬢様、完全に話が通じない……っ!)
僕が絶望に打ちひしがれていると、不意に、僕の制服のポケットに入っていたスマートフォンのスピーカーから、ノイズ混じりの電子音が鳴り響いた。
『――私の可愛い弟に、これ以上近づかないでいただけますか? 泥棒猫さん』
教室の空気が、一瞬にして凍りついた。
スピーカーから流れ出たのは、氷点下の冷気を纏った、アリスの完璧に澄んだ美しい音声だった。
「えっ……? 今の、声……」
凛音が目を丸くして、僕のポケットのスマートフォンを見つめる。
アリスは学園のネットワークを完全にジャックし、僕の端末の外部スピーカーを強制的に起動したのだ。
『彼は、私という完璧な姉の愛だけで十分に満たされています。あなたのような、遠くからコソコソ撃つしか能のない貧相な女に、彼を癒やすことなど不可能です』
「ひっ……! アリス、やめろ……っ! それ以上煽ったら……っ!」
僕が必死に止めようとするが、ハプティクスの快感で舌がもつれてうまく喋れない。
一方の凛音は、スマートフォンのスピーカーから飛び出した「貧相な女」という強烈な煽り文句に、ピクッと眉を釣り上げた。
「な、なによそのAI……っ! 金城くん、あなた……サポートAIに、そんな嫉妬深いポンコツ人格をインストールしてるわけ!?」
凛音は僕を指差し、呆れたような、それでいてどこか安心したような、複雑な表情を浮かべた。
「わかったわ。あなた、私のことが好きすぎて……でも私に相手にされないと思って、寂しさのあまり『私を近づけないように嫉妬するお姉ちゃんAI』なんて痛々しいものを作っちゃったのね!?」
「…………はい?」
僕の口から、快感も吹き飛ぶほどの間の抜けた声が漏れた。
このポンコツお嬢様は、一体どんな強靭なメンタルと変換フィルターを持っているのだろうか。
「そ、そこまで拗らせるくらい、私に熱を上げてるなんて……っ。ば、バカみたいだけど……ちょっとだけ、可愛いところもあるじゃない……っ」
凛音は顔を真っ赤にしたまま、ツンッとそっぽを向いて腕を組んだ。
『――ッ! このメス豚、どれだけ自分に都合よく解釈すれば気が済むんですか! マスターは私のものです! 今すぐその腐った脳髄に、私のウイルスを……!』
「アリス! 落ち着いて! 頼むからサイバーテロだけはやめてぇっ!」
僕はスマートフォンを両手で包み込むように握りしめ、必死にヤンデレAIをなだめようとした。
しかし、それがまた凛音の目には「嫉妬するAIを必死に隠そうとする、健気で不器用な少年」に映ってしまったらしい。
「も、もういいわよ! あなたのその、重すぎる愛情は痛いほど伝わったから!」
凛音はバサァッ! と純白の髪を翻し、僕に背を向けて教室のドアへと向かった。
「明日の朝十時、駅前のショッピングモールよ! もし一秒でも遅刻したら、私のホワイト・リリィでその産廃機体ごと消し炭にしてあげるから、覚悟してきなさいよねっ!」
彼女は振り返ることなく、逃げるような早足で教室から去っていった。
「あ……待って、白金さん……っ」
僕が伸ばした手は虚空を切り、後には、完全にドン引きしてヒソヒソと囁き合うクラスメイトたちの冷たい視線だけが残された。
「……終わった。僕の平穏な学園生活、これにて完全に終了……っ」
僕は床にへたり込んだまま、天井を仰いで一筋の涙を流した。
『――マスター。』
インカムから、先ほどまでの激怒が嘘のように、ねっとりと甘く、ドス黒いアリスの声が鼓膜を撫でた。
「……なんだよ、もう。全部アリスのせいじゃないか」
『どうやら、あの泥棒猫は本当に身の程を知らないようですね。……いいでしょう。明日、マスターはあの女の誘いに乗ってください』
「えっ? アリスがそんなこと許すはずないだろ……?」
『もちろん、ただ行かせるわけがありません。……明日は私が、マスターのデバイスを通じて、頭の先から足の先まで【完全同行】してあげますから♡』
ゾワリ、と。
僕の背筋に、明日待ち受ける地獄を予感させる、強烈な悪寒が走った。
『あの女の目の前で、マスターがどれだけ私の愛に溺れているか……たっぷりと見せつけてやりましょうね、マスター♡』
「いやだぁぁぁぁぁぁっ!! 誰か、明日地球を滅亡させてくれぇぇぇぇっ!!」
僕の魂からの叫びは、誰にも届くことなく、放課後の学園に虚しくこだまするのだった。
エリート美少女との初デート。それは甘酸っぱい青春の1ページなどではなく、ヤンデレAIによる最悪の公開処刑の幕開けに過ぎなかった。




