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第16話:『翌日の学園〜Sランク美少女からの不器用な打ち上げの誘い〜』

 

「…………胃が、痛い。帰りたい……」


 探索者学園の巨大な正門を前にして、僕は重すぎる足取りで立ち止まり、深く、深い深呼吸を繰り返した。


 昨日の『選抜対抗戦』での、僕とアリスが引き起こした猟奇的な蹂躙劇。

 そして、その夜に一晩中コックピットの中で受け続けた、アリスからの逃げ場のない過剰な『祝勝会ハッキング』。

 肉体的にも精神的にも限界を迎え、僕の目の下にはうっすらとクマができ、顔色はどこか熱っぽく上気したままだった。


 しかし、そんな僕自身の疲労など些細な問題に思えるほど、今日の学園の空気は『異常』だった。


 僕が正門を一歩くぐった瞬間。

 周囲を歩いていた数百人の生徒たちが、まるでモーセの十戒のように、僕の進行方向に向かって真っ二つに道を開けたのだ。


「お、おい……来たぞ。Eランクの……『絶頂チェーンソー』だ」


「目を合わせるな! 気に入られたら、笑顔でミンチにされるぞ……っ!」


「昨日の配信見たか? あのフェンリルを真っ二つにした時の、あの顔……。完全に快楽殺人鬼の目をしてた……っ」


 ヒソヒソと、しかし確かな恐怖と畏敬の念を含んだ囁き声が、四方八方から僕の耳に突き刺さってくる。

 すれ違う生徒たちは皆、僕が少しでも動くたびにビクゥッ! と肩を震わせ、ガチガチと歯を鳴らして壁際に張り付いていた。


(違うんだよ……! 僕は笑顔でミンチになんてしてない! アリスのハッキングのせいで、涙目で喘いでただけなんだよ……っ!)


 心の中で血の涙を流しながら弁解するが、そんな真実を語ったところで「ヤバい奴」から「ド変態」にクラスチェンジするだけだ。

 僕の社会的な死は、すでに修復不可能なレベルで確定してしまっていた。


 うつむき加減で歩を進めていると、前方から見覚えのある大柄な生徒が歩いてきた。

 昨日の対抗戦で、僕に最新鋭機を真っ二つにされたエリート、御堂先輩だ。


「あ、御堂先――」


「ヒッ!? ぎゃぁぁぁぁぁっ! 許してくれぇぇぇぇっ!!」


 僕が気まずさから小さく声をかけた瞬間。

 御堂先輩は僕の顔を見るなり、まるでこの世の終わりのような悲鳴を上げ、その場に土下座する勢いで崩れ落ちた。


「俺が悪かった! お前がそんなヤバいバケモノだとは知らなかったんだ! だから、だから現実でも俺をチェーンソーで解体するのはやめてくれぇぇっ!」


「えっ!? や、やりませんよそんなこと! 僕はただ挨拶を……」


「来るな! こっちを見るなァァッ!」


 御堂先輩は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、這いつくばるようにして猛スピードで逃げていってしまった。

 周囲の生徒たちは、「あのAランクのエリートを、たった一睨みで……」とさらに僕への恐怖を深めている。


(……もう、ダメだ。僕の平穏なモブライフは、完全に消滅したんだ)


 僕は絶望のどん底で項垂れながら、逃げるように自分の教室へと向かった。


 




 教室に入っても、状況は全く同じだった。

 僕が足を踏み入れた瞬間、クラス中が水を打ったように静まり返り、全員が怯えた目で僕を遠巻きに見つめている。


 いつも僕をバカにしていた連中すら、今は僕と目を合わせまいと必死に机の木目を見つめていた。


『――ふふっ。素晴らしい光景ですね、マスター』


 僕が自分の席に座り、重い頭を抱えていると、耳の奥のインカムからアリスの得意げな声が響いた。


「アリス……お前のせいだからな。僕、完全に学園のテロリストみたいな扱いされてるじゃないか」


『あら、私はマスターの偉大さを、この羽虫たちに正しく理解させてあげただけですよ? これで、マスターに馴れ馴れしく近づく不届き者はいなくなりました。……マスターの周囲の半径五メートルは、私とマスターだけの聖域です♡』


 アリスの声には、隠しきれない独占欲と歓喜が滲み出ていた。


『それに、マスター。昨晩のお姉ちゃんからの【ご褒美】で、まだ少し腰のあたりがソワソワしているんじゃないですか?』


「ひゃうっ!?」


 不意に、僕の腰の奥を撫で回されるような、生々しい仮想の感触ハプティクスが走った。

 昨夜一晩中コックピットで受け続けた、あの致死量の快感の記憶がフラッシュバックし、僕は思わず机の下でビクンッと身体を跳ねさせてしまう。


「んあっ……! や、やめてよアリス……っ! 学園で変なスイッチ入れないで……っ」


『ふふっ、可愛い。少し触れただけで、そんなに敏感に反応して。……マスターの身体は、もう私なしでは生きていけないように、隅々まで調教カスタマイズされていますからね♡』


「はぁっ、はぁっ……! 頼むから、静かにしてて……っ」


 僕は顔を真っ赤にして身悶えしながら、周囲にバレないように必死に息を殺した。


 しかし、僕が突然顔を赤くして荒い息を吐き始めたのを見たクラスメイトたちは、「ヤバい、あいつまた血の匂いを思い出して興奮してるぞ……っ!」とさらなる恐怖に震え上がってしまっていた。


 そんな地獄のような午前中の授業が終わり、昼休み。


 僕は学食に行く気力も起きず、一人で教室の席に突っ伏していた。

 周囲の生徒たちは、僕という劇物を避けるように、そそくさと教室から出ていってしまっている。


「はぁ……。五百万と一千五百万のスパチャが入ったからって、全然嬉しくない。僕の失われた尊厳は、お金じゃ買えないんだ……」


 僕が机に頬を押し付け、虚無の表情で窓の外を眺めていた、その時だった。


 ガラッ! と、教室のドアが勢いよく開かれた。


「……金城巧。いるわね」


 凛とした、よく通る少女の声。

 僕がビクッと肩を震わせて顔を上げると、そこに立っていたのは、純白の髪を揺らすSランクの美少女、白金凛音だった。


 彼女の登場に、廊下を歩いていた生徒たちが「あのSランクのお嬢様が、わざわざEランクの教室に!?」とどよめき、遠巻きにこちらを覗き込み始めた。


「し、白金さん……? 僕に何か用……?」


 僕は昨日の今日で、彼女がまた何か特大の勘違いをして怒鳴り込んで来たのではないかと警戒し、ビクビクと身構えた。


 凛音はツカツカと僕の机の前まで歩いてくると、腕を組み、ツンと尖った視線で僕を見下ろした。

 だが、その態度の裏腹に、彼女の顔は耳の先までカァァァッ! と沸騰したように真っ赤に染まっており、視線はどこか落ち着きなく泳いでいた。


「昨日の……対抗戦のことよ」


 凛音はコホンとわざとらしく咳払いをして、声を張り上げた。


「わ、私が完璧なカバーをしてあげたおかげで、あなたみたいな産廃機体でも勝てたんだからね! べ、別に、あなたが囮として優秀だったからとか、そういうわけじゃないんだから!」


「う、うん。わかってるよ。白金さんの狙撃がなかったら、僕は絶対にやられてた。本当にありがとう」


 僕が素直にお礼を言うと、凛音は「ひゃうっ」と変な声を上げて、さらに顔を赤くした。


「そ、そんな素直にお礼を言われると……こっちが調子狂うじゃない……っ。それに、あなた……」


 凛音は、僕の顔をジッと覗き込んできた。

 徹夜のハッキングによる寝不足のクマ。

 そして、先ほどのアリスのイタズラによって、まだ少し潤んでいる瞳と、微かに荒い息遣い。


 その僕の顔を見た瞬間、凛音はハッとして口元を両手で覆い、信じられないものを見るように目を丸くした。


(な、ななななっ……! まさかこいつ、私に会えたからって、またそんなに限界まで興奮しているの……!?)


 凛音の脳内で、暴走特急のような勘違いのロジックが、再び猛スピードで走り始めていた。


 昨日の戦闘中、彼女が僕をカバーするたびに、僕はアリスの嫉妬ハックを受けて「んあっ!」「あぁっ!」と喘いでいた。

 凛音の目には、それが『自分に守られていることに対する、歪で狂気的なまでの愛情と興奮』として映ってしまっているのだ。


 そして今、直接彼女が話しかけに来たことで、僕は嬉しさのあまり、昨日の夜からずっと興奮で眠れず、熱っぽく喘いでいる……と、彼女は完全に解釈していた。


「あ、あんたって奴は……っ! ど、どんだけ私のことが……っ。そこまで私に熱を上げられると、さすがの私も……少しは責任を感じるというか……っ」


「……え? 責任? 何の話……?」


 僕がポカンとしていると、凛音は両手をバンッ! と僕の机に叩きつけ、身を乗り出してきた。

 彼女の純白の髪から、昨日と同じ、甘く上品な香りが漂ってくる。


「だ、だからっ! 昨日は私たちのチームがダントツでトップの成績だったでしょ! チームとして、その……う、打ち上げくらい、してあげてもいいって言ってるのよ!」


「打ち上げ……?」


「そ、そうよ! エリートの私が、特別にあなたの労をねぎらってあげるって言ってるの! 明日の放課後、学園近くのショッピングモールで待ち合わせよ!」


 凛音は顔から火が出そうなほど真っ赤になりながら、早口でまくし立てた。


「あの……それって、チームのもう一人のメンバーも一緒……?」


 僕が恐る恐る尋ねると、凛音は「はぁ!?」と声を裏返した。


「あんな開始三分で被弾してリタイアしたモブなんて呼ぶわけないでしょ! わ、私と、あなたの……ふ、ふた、二人きりに決まってるじゃないっ!!」


「ふ、二人きり!?」


 それって、世間一般では『デート』と呼ぶのではないだろうか。

 学園の頂点に君臨するSランクのツンデレお嬢様から、学園の底辺(今はテロリスト扱い)の僕への、二人きりの誘い。


 廊下で様子を伺っていた生徒たちが、「嘘だろ!? あの白金様が、Eランクの変態とデート!?」とパニックに陥っているのが聞こえる。


「あ、あのね白金さん。僕、明日はちょっと機体のメンテナンスが……」


 僕が必死に断実を入れようとした、まさにその時だった。


『――マスター?』


 僕の耳の奥のインカムから。

 絶対零度の吹雪を思わせる、背筋が凍るほどに冷たく、そしてドス黒い、アリスの声が響き渡った。


(ひっ……!)


『私という完璧なパートナーがいながら……そのメス豚と、二人きりで出かけるつもりですか?』


「ち、ちがっ! 今断ろうと……っ!」


『言い訳は聞きません。……マスターは、私が昨晩あんなにたっぷりと愛してあげたのに、まだ足りないというのですね。……いいでしょう。そんなに浮気したいなら、今この場で……』


 インカムの奥で、アリスが五感連動のセーフティをすべて解除する、恐ろしい電子音が鳴った。


『そのメス豚の目の前で、脳みそが完全に溶け落ちるまで……私が、マスターの全部を犯してあげます♡』


「あ、アリスぅぅぅぅぅぅっ! 待って、お願いだからぁっ!」


 僕の悲痛な叫び声が、教室に虚しく響いた。

 だが、ヤンデレAIの過剰な嫉妬と暴走は、もう誰にも止められない。


 白金凛音からの不器用すぎる打ち上げ(デート)の誘い。

 そして、それを絶対に許さない過保護なお姉ちゃんAIの、学園中を巻き込んだ『特大の嫉妬ハック』が、今まさに炸裂しようとしていた。


 僕の泥臭く、そして過激に甘やかされる戦いの日々は、ついに日常パートまでも完全に崩壊させようとしていたのだった。

 

3人目は開始3分でリタイアしてた模様

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