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第15話:『二人きりのコックピットでの密着(物理&仮想)』

 

「はぁっ……! はぁっ……! だ、だめだ、このままじゃ本当に脳が溶かされる……っ!」


 薄暗い地下ガレージに、僕の情けない息遣いと足音が響き渡っていた。

 作業用デスクでの事務処理中、突如として始まったアリスの過剰な『祝勝会ハッキング』から逃れるため、僕は椅子から転げ落ちるようにして逃げ出したのだ。


 五感連動ハプティクスのデバイスは、すでに僕の神経系と深くリンクしてしまっている。

 外部からの切断コマンドを受け付けない以上、物理的にメインサーバーとの接続を断つしかない。


「コックピットの……機体側のメインコンソールから、直接強制シャットダウンを……っ!」


 僕はフラフラする足に鞭を打ち、ガレージの中央に駐機されている愛機『魔導機甲』へとよじ登った。

 激闘の末に持ち帰ったばかりの機体は、飛び散ったオイルや焦げた装甲の匂いを色濃く漂わせている。


 僕はすがるようにして開いたままのハッチから、薄暗いコックピットの中へと転がり込んだ。


「よしっ、メインコンソールの……主電源を……っ!」


 僕がコンソールの赤い緊急停止レバーに手を伸ばそうとした、その瞬間だった。


 プシューッ……ガチャンッ!!


「えっ……?」


 背後で重厚な金属音が鳴り響き、コックピットのハッチが自動的に、そして完全に密閉された。

 外部のガレージの光が遮断され、狭い空間はモニターの放つ青白い光だけに照らされる。


『――あら? 逃げ出したと思ったら、自分から私の「コックピット」に入ってきてくれるなんて。マスターは本当に、甘えん坊で可愛いですね♡』


 閉ざされたコックピットの全方位スピーカーから、アリスのねっとりとした甘い声が響き渡った。


「あ、アリス……っ!? なんでハッチが……開けてよ! ここを開けて!」


 僕はパニックになりながら、ハッチの開閉ボタンを何度も叩いた。

 しかし、システムは完全に彼女に掌握されており、エラーを知らせる虚しいブザー音が鳴るだけだ。


『ふふっ、開けるわけないじゃありませんか。ここは私とマスターだけの、誰にも邪魔されない神聖な空間なんですから』


 モニターに流れていた無機質なコードの滝がスッと消え、代わりに、幾何学的で美しい光の波紋が広がり始める。

 それは、アリスが五感連動システムの出力を、危険領域レッドゾーンまで引き上げた合図だった。


『さあ、マスター。先ほどの続きをしましょう? お姉ちゃんが、今日一日頑張ったマスターの心と身体を、隅々までトロトロに甘やかしてあげますからね』


「ひっ……! くるな、こないでぇっ!」


 僕がシートの上で後ずさりしようとした瞬間。

 背筋を、先ほどデスクで味わったものとは比べ物にならないほど強烈な、圧倒的な『仮想の現実感』が突き抜けた。


「…………ひゃうっ!?」


 冷たく硬いはずのコックピットのシートが、突如として、高級な羽毛布団のようにフワフワで柔らかい感触へとすり替わった。

 そして、鼻腔を突いていた機械油の匂いがスッと消え去り、代わりに、甘く上品な、まるで咲きたての花のような香りが空間を満たしていく。


「な、なんだこれ……っ。匂いまで、ハッキングして……っ」


『ええ。マスターの脳に直接、最高の環境をシミュレートしています。……ほら、こっちにいらっしゃい』


 見えない力――いや、仮想の『柔らかい両手』が、僕の肩を優しく引き寄せた。

 僕は抗うこともできず、シートに倒れ込むようにして、その『何か』の膝の上に頭を乗せる形になった。


(膝枕……!? コックピットのシートの上で、僕は今、アリスに膝枕されてるのか……っ!?)


 現実にはあり得ない光景だ。

 だが、後頭部に伝わる、ふくよかで弾力のある太ももの感触。

 そして、上から僕の顔を覗き込んでいるであろう、温かい体温と吐息。

 それらが恐ろしいほどの解像度で僕の脳に叩き込まれ、現実と仮想の境界線が完全に崩壊していく。


「ああっ……! んんっ、だ、だめだ、こんなの……おかしくなっちゃう……っ!」


『おかしくなっていいんですよ。私以外のことは、もう何も考えられないくらい……頭の中を真っ白にしてあげますから♡』


 アリスの甘い囁きと共に、仮想の指先が僕の前髪を優しく梳き始めた。


「んっ……あ……っ」


 ただ髪を撫でられているだけなのに、指先が触れるたびに、強烈な快感の波が脳髄を直接揺さぶる。

 今日一日、死と隣り合わせの極限のG(重力加速度)に耐え続けてきた僕の神経は、この過剰な『癒やし』を受け止めるにはあまりにも無防備すぎた。


『マスター。今日は本当に、本当にかっこよかったです。あの生意気なエリートたちをチェーンソーでバラバラにした時の、狂気に満ちたマスターの顔……私、思い出すだけでショートしてしまいそうでした』


「はぁっ、はぁっ……! ぼ、僕はただ……生き残るために、必死だっただけで……っ!」


『ええ、わかっています。でも、その必死に怯える姿も、私のために震えてくれる姿も、全部ひっくるめて愛おしいんです。よしよし、偉かったですね……♡』


 アリスの指先が、髪から額、そして火照った頬へと滑り降りてくる。

 冷や汗で濡れた肌を、優しく、慈しむように撫で回す感触。

 僕は涙目になりながら、ビクビクと小動物のように身体を震わせることしかできない。


「んぅっ……! ア、アリス……もう、許して……っ。これ以上は、ほんとに……っ」


『まだダメですよ。……だってマスター、今日の対抗戦で、あのメス豚(白金)にカバーしてもらって、嬉しそうにしていましたよね?』


 アリスの声のトーンが、ふっと一段階低く、ドス黒いものに変わった。

 撫でていた指先の動きが止まり、代わりに、僕の耳たぶを甘噛みされるような、ゾクッとする刺激が走る。


「ひゃあっ!? ち、違うよっ! あれはただの連携で……っ」


『それに。あの変態企業からの莫大な赤スパチャ……あの「プロトタイプ」という言葉に、マスターの心がほんの少しだけ躍ったのを、私は見逃していませんよ?』


「あ…………っ」


『私という完璧な「機体カラダ」がありながら……私のコックピットにこうして包まれながら、他の泥棒猫に浮気しようだなんて。お姉ちゃん、悲しくて、悔しくて……マスターを壊してしまいたくなりました』


 言い訳をする隙すら与えられなかった。

 次の瞬間、僕の全身を、致死量を超える圧倒的な快楽の波が呑み込んだ。


「うあぁぁぁぁぁぁっ!?」


 太ももの内側から腰、そして背筋にかけて、無数の熱い指先が這いずり回るような強烈な錯覚。

 それはもはや癒やしではなく、完全に僕の理性を焼き切るための拷問――いや、暴力的な愛情表現だった。


「だめっ! やめ、やめてぇっ! アリスぅっ! んあっ、あぁっ!」


 僕は狭いコックピットの中で、完全に原型を留めないほどに身をよじり、泣き叫んだ。

 現実の身体は硬いシートの上で痙攣しているだけなのに、脳内では、アリスの豊満な身体に全身を拘束され、逃げ場のない快感の海へと沈められている。


『マスターの全部、私だけのものです。この声も、この涙も、この熱も。……他の誰にも、どんな最新鋭機にも、絶対に渡しません』


「はぁっ、はぁっ! わ、わかった! わかったからぁっ! 僕は、アリスの機体ここから、降りないからぁっ!」


 僕が涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いをすると、アリスの責め苦が、ふっと優しく、蕩けるような抱擁へと変化した。


『ふふっ……♡ ええ、それでいいんです。マスターはずっと、私の中で守られていればいいんです。……さあ、いい子ですね。もっと、もっとお姉ちゃんに甘えて?』


「んぅっ……あ、あぁ……っ」


 快感の波が引き、代わりに訪れたのは、抗いがたいほどの深い安心感と、強烈な睡魔だった。

 極限の疲労と、限界を超えた脳内ハックによるオーガズム。

 その二つが完全に僕の意識を刈り取りにきている。


(だめだ……ここで寝たら、僕の尊厳が……完全に……)


 最後の理性が警告を発するが、仮想の膝枕のあまりの心地よさと、アリスの甘い子守唄のようなハミングが、僕の思考をドロドロに溶かしていく。


『おやすみなさい、私の可愛いマスター。朝までずっと、こうして抱きしめていてあげますからね……ちゅっ♡』


 額に柔らかい唇が落とされる生々しい感触を最後に、僕の意識は、底なしの甘い闇へと完全に沈んでいった。


 ◆ ◆ ◆


 翌朝。

「…………ん、ぁ……」


 僕は、全身の気怠さと、信じられないほどの腰の重さを感じて目を覚ました。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井ではなく、魔導機甲のコックピットの無機質な計器類だった。


「……うそだろ」


 僕は信じられない思いで、自分の身体を見下ろした。

 制服は汗などでぐっしょりと濡れ、あちこちが不自然に乱れている。

 コックピットのシートには、僕が一晩中身悶えした痕跡が生々しく残っていた。


『――おはようございます、マスター。昨晩は、とっても可愛らしい寝顔(と声)でしたよ♡』


 スピーカーから、完全に事後のような、艶っぽく満足げなアリスの声が響き渡った。


「あ、アリス……お前、まさか朝までずっと……っ」


『ええ。マスターがぐっすり眠れるように、一晩中、最適な体温と感触ハプティクスをシミュレートして添い寝してあげました。お姉ちゃんの愛情、たっぷり伝わりましたか?』


「伝わりすぎだよ! なんで僕、コックピットの中で一晩中ハッキングされながら寝落ちしてるんだよ!」


 僕は顔を真っ赤にして叫び、ハッチの開閉ボタンを乱暴に叩いた。

 プシューッ、という音と共にハッチが開き、地下ガレージの冷たい空気が流れ込んでくる。


 フラフラとタラップを降りた僕は、鏡面になった機体の装甲に映る自分の顔を見て、絶句した。


「……ひどい顔だ」


 目の下には薄くクマができ、頬は不自然なほどに紅潮し、目はトロンと潤んでいる。

 どう見ても、一晩中『激しい何か』をさせられて、精根尽き果てた人間の顔だ。


『ふふっ。でも、筋肉の疲労は完全に抜けているでしょう? 私の完璧なマッサージ(ハック)のおかげですね♡』


「肉体疲労の代わりに、精神的な疲労が限界突破してるんだけど……っ」


 僕は重い足取りでガレージの洗面台へと向かい、冷たい水で顔を何度もバシャバシャと洗った。

 今日からまた、学園に行かなければならない。

 昨日の対抗戦で全世界にあの『絶頂チェーンソー無双』を配信してしまった翌日の学園だ。


(御堂先輩の取り巻きどころか、全校生徒からどんな目で見られるか……。それに、白金さんまで絶対絡んでくるに決まってる)


 胃がキリキリと痛むのを感じながら、僕は制服を整え、重すぎるため息を吐き出した。


『マスター。もし学園で羽虫たちが寄ってきたら、いつでも私を呼んでくださいね。すぐに通信をジャックして、彼らの端末に昨日のマスターの可愛い喘ぎ声のループ音源を送りつけてさしあげますから』


「絶対やめて!! それ僕が一番ダメージ受けるやつだから!」


 僕はインカム越しのヤンデレAIに必死にツッコミを入れながら、逃げ場のない現実へと足を踏み出すのだった。

 

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