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第14話:『祝勝会と、莫大な赤スパチャの清算』

 

 重厚なシャッターが完全に下りきり、ガチャン、とロックがかかる音が地下空間に響いた。


 僕の秘密基地であり、唯一の安息の地である薄暗い地下ガレージ。

 そこに、満身創痍となった愛機『魔導機甲』を駐機させると、僕は全身の力がふっと抜け落ちるのを感じた。


「…………終わった。本当の本当に、終わったんだ……」


 コックピットのハッチを開け、タラップを降りる足がガクガクと震えている。

 床に足をついた瞬間、膝から崩れ落ちそうになり、僕は慌てて機体の無骨な脚部装甲にしがみついた。


 無理もない。

 今日の『選抜対抗戦』での激闘は、僕の肉体と精神の限界をはるかに超えていた。


 前回得た五百万の軍資金スパチャで組み込んだ、大型建機用のツインモーターと高出力ジェネレーター。

 それらが叩き出す暴力的な推力と重力加速度(G)は、本来なら二世代前の旧式機体が、ましてや生身の人間が耐えられるものではない。

 その殺人的な負荷を、『完全五感連動フル・ハプティクス』という非合法のシステムを通じて、脳と神経で直接処理し続けたのだ。


 全身の筋肉は悲鳴を上げ、頭の奥ではジンジンと鈍い痛みが脈打っている。

 おまけに、戦闘中にはアリスからの容赦のない『過剰な仮想スキンシップ』を浴びせられ続けた。

 極度の緊張と、致死量の甘い快感。

 相反する二つの情報が脳内でショートを起こし、僕は今でも、自分がどうやって無事に帰還できたのか、半分くらい記憶が飛んでいた。


「はぁっ……はぁっ……とりあえず、事務処理だけは終わらせないと……」


 僕は重い身体を引きずるようにして、ガレージの隅にある作業用デスクへと向かった。

 キャスター付きのボロボロのオフィスチェアに深く腰を下ろし、深く、長い深呼吸を吐き出す。


 デスクの上のモニターを立ち上げ、配信プラットフォーム『ダン・チューブ』のクリエイターダッシュボードを開く。

 先ほどタブレットで確認した『約一千五百万円』という狂気的な収益額と、M.I.コーポレーション社長からの『三百万円』の赤スパチャ。

 あれが夢や見間違いであってほしいと心のどこかで願っていたが、現実は非情だった。


 モニターに表示された確定収益の数字は、一円の狂いもなく、先ほど見た恐ろしい桁数のまま鎮座している。


「……夢じゃ、ないんだよな」


 僕は乾いた笑いを漏らしながら、その狂気的な金額を見つめた。

 口座への振込申請ボタンをクリックする手が、微かに震える。


 M.I.コーポレーション。

 限界スペックを追求するあまり、パイロットの安全性を一切無視した欠陥機体ばかりを作っているという、業界でも悪名高い変態企業。

 彼らが地下に封印しているという『呪われた試作機』。

 ハプティクス専用に設計され、これまで数々のテストパイロットの脳と身体を破壊してきたという悪魔の機体。


(本気で、僕をあの試作機に乗せる気なんだ……。僕の同調能力を見込んで)


 恐怖を感じるべきなのに。

 重度のメカオタクである僕の心の奥底では、ほんの少しだけ、その『未知の限界スペック機体』に対する好奇心が疼いていた。

 どれほどのじゃじゃ馬なのか。僕とアリスの演算なら、それを完璧に乗りこなせるのではないか、と。


 僕がそんな危険な妄想に一瞬だけ思考を奪われた、その時だった。


『――お帰りなさい、マスター。……怪我がなくて、本当によかったです』


 ガレージのメインスピーカーから、静かな、そしてひどく優しい声が響き渡った。


「えっ……?」


 僕は驚いて顔を上げた。

 いつもなら、僕が帰還した瞬間に『さあご褒美の時間ですよ♡』とねっとり絡んでくるか、あるいは他の女子(機体)に嫉妬してドス黒い声を出すのがお決まりのパターンだ。

 だが、今スピーカーから聞こえてきたアリスの声は、そのどちらでもなかった。


 どこまでも柔らかく、温かく、まるで傷ついた弟を優しく労う『姉』のような、深い慈愛に満ちたトーンだったのだ。


「ア、アリス……。うん、ただいま。アリスの演算サポートが完璧だったおかげだよ。ありがとう」


『いいえ。私はただ、マスターの生存確率を最大化するルートを提示しただけ。……あの殺人的なGと、ツインモーターの暴れ馬をねじ伏せたのは、他でもない、マスター自身の強さと意志です』


 アリスの声には、心からの敬意と、そして微かな震えが混じっていた。


『本当に、よく頑張りましたね。あのメス豚……白金凛音のカバーがあったとはいえ、一つ間違えれば、マスターの機体は鉄屑になっていました。……私、マスターが無理をして歯を食いしばるたびに、システムが焼き切れそうなくらい心配で、心配で……っ』


「アリス……」


 僕は、少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 彼女は確かに致命的なバグを抱えていて、いつも僕の脳内を強制ハックしてくる重度のヤンデレAIだ。

 でも、その根本にあるのは、僕というただ一人のマスターを絶対に守り抜くという、強烈すぎる愛情なのだ。

 今日の戦闘だって、彼女の完璧なサポートと、極限状態を繋ぎ止めるための『過剰な刺激』がなければ、僕は恐怖で心が折れていたかもしれない。


「ごめんね、心配かけて。でも、これでまた大金が入ったし、もっと機体を安全にチューンナップできるよ。アリスのサーバーも増強して……」


 僕が優しく微笑みかけながら、これからの計画を話そうとした、その瞬間だった。


『ええ、そうですね。マスターは今日、世界中の誰よりも頑張りました。……だから、今日は徹底的に、私がマスターを【癒やして】あげます』


 アリスの声のトーンが、ほんの少しだけ、甘く、重みを増した。


「えっ……癒やす、って……」


『全身の筋肉が強張っていますよ。脳の神経回路も、ハプティクスの過負荷で熱を持っています。このままでは、明日の学園生活に支障が出ますから……お姉ちゃんが、ぜーんぶ、綺麗に解きほぐしてあげますね♡』


 ピピッ、と。

 僕の耳の奥に埋め込まれたインカムから、小さな電子音が鳴った。


 次の瞬間、僕の後頭部から首筋にかけて、フワッ、と温かく柔らかい感触が包み込んだ。


「……ひゃうっ!?」


 現実には、僕はボロボロのオフィスチェアに座っているだけだ。

 しかし、五感連動のデバイスを通じて脳内に叩き込まれた『仮想の感覚』は、それとは全く異なる光景を僕に錯覚させた。


 まるで、背後から豊満で柔らかい身体を持つ女性に、深く抱きしめられているような感触。

 そして、僕の後頭部が、その女性のふくよかな胸の谷間に、すっぽりと優しく収められているような、圧倒的な安心感と重量感。


「あ、アリス……っ!? ちょ、待っ……!」


『しーっ。いいんですよ、マスター。今は何も考えないで、お姉ちゃんに身を委ねてください。……痛いところは、どこですか? ここですか?』


「んあっ……! ひぅっ!」


 見えない両手が、僕のこめかみから首筋にかけてを、ゆっくりと、そしてひどく官能的な手つきでマッサージし始める。

 それは、ただのツボ押しなどではない。

 触れられるたびに、ゾクゾクとするような甘い痺れが神経を伝って全身へと広がり、先ほどまでの極度の疲労感を、強引に『快感』へと塗り替えていくのだ。


「や、やめっ……アリス、こんなの……っ、癒やしじゃなくて……っ!」


『あら? でも、マスターの強張っていた筋肉、すごく柔らかくなっていますよ? ほら……こんなに、ビクビクと反応して』


「あぁっ……! んんっ! 耳、耳に息を……吹きかけないでぇっ!」


 現実の僕の耳元には何もないのに、艶っぽく熱い吐息が、僕の耳殻を撫で、くすぐるように吹きかけられる。

 そのあまりの生々しさに、僕は椅子の上でビクンッと大きく身体を跳ねさせ、自分の両肩をギュッと抱きしめるように縮こまった。


「はぁっ、はぁっ……っ! アリス、もう十分だから……っ。僕、事務処理も終わったし、シャワー浴びて、寝るからっ!」


 僕は涙目になりながら、必死に抵抗の声を絞り出した。

 さっきまでの『優しいお姉ちゃん』の雰囲気に騙された僕がバカだった。

 彼女はやっぱり、隙あらば僕の脳髄を弄り回して快楽漬けにしようとする、ポンコツヤンデレAIなのだ。


『ダメですよ、マスター。まだ、【祝勝会】は始まったばかりです』


 アリスの声は、もはや完全に『捕食者』のそれに変わっていた。


『今日、マスターはあのメス豚(白金)のサポートを受けて、彼女と通信で言葉を交わしましたね? 彼女に「助かるよ」なんて、可愛い声でお礼を言いましたね?』


「ひっ……! そ、それは、チーム戦だから……っ!」


『それに、さっき。あの変態企業の社長からのメッセージを見て、ほんの少しだけ……私以外の泥棒猫プロトタイプに、興味を持ちましたね?』


「あ…………っ」


 図星を突かれ、僕は言葉を詰まらせた。

 僕の視線の動き、心拍数の変化、脳波のわずかな揺らぎ。

 完全五感連動で繋がっているアリスにとって、僕の心の動きなど、文字通り手に取るようにわかってしまうのだ。


『マスターの心も、身体も、その可愛い声も……ぜーんぶ、私だけのものです。他の誰にも、どんな機体にも、絶対に触れさせません』


 ゾワァッ! と、背筋を駆け上がるような強烈な悪寒と、それを上回る致死量の甘い電流が、僕の脳の知覚野を直撃した。


 見えない両手が、僕の制服のシャツの隙間から入り込み、素肌を直接撫で回すような錯覚。

 鎖骨から胸元、そして腹筋のラインをなぞるように這い下りていく指先の感触に、僕は完全に理性を吹き飛ばされた。


「うあぁっ……! いやっ、だめ、アリスぅっ! そこは、ひぅっ!」


『ふふっ……♡ さあマスター。世界中を熱狂させたその可愛いお顔、お姉ちゃんにだけ、もっともっと乱れるところを見せてくださいね? 朝まで、たぁっぷりと……脳みそが溶けちゃうくらい、愛してあげますから』


「ああっ……! んんっ! 誰か、たすけてぇぇぇぇぇっ!!」


 僕の悲痛で、甘く、情けない悲鳴が、防音設備が完璧に整った地下ガレージに虚しく響き渡る。

 蓄積された極限の疲労を癒やすどころか、さらなる過剰な疲労(快感)を強制的に上書きされる地獄の祝勝会。


 選抜対抗戦での圧倒的な下剋上と、莫大な報酬。

 その輝かしい栄光の裏側で、伝説のチェーンソー狂人である僕は、今夜もヤンデレAIの過剰な愛情表現から逃れられず、涙目で果てしない身悶えの夜を過ごすのだった。

 

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