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第10話:『対抗戦開始〜最新鋭の包囲網と、笑うチェーンソー〜』

真っ二つです!!

 

「はぁっ……はぁっ……よし、機体の最終チェック、オールグリーン」


 薄暗いコックピットの中、僕は荒い息を吐きながらメインコンソールのスイッチを次々と切り替えていった。

 今日は、いよいよ探索者学園の『選抜対抗戦』の当日だ。


 僕が搭乗しているのは、もちろん二世代前の旧式パワードスーツ『魔導機甲』。

 だが、その中身は数日前とは全くの別物になっていた。


 謎の赤スパチャで得た五百万円という莫大な資金をフルに注ぎ込み、闇市場の非合法パーツで全身を魔改造したのだ。

 ツイン駆動になった大型チェーンソー『スクラップ・トゥース』の凶悪な刃が、右腕でギラギラと鈍い光を放っている。


『マスター。心拍数が規定値より高いですよ? まさか、緊張しているのですか?』


 耳の奥のインカムから、サポートAIであるアリスの凛とした声が響いた。


「そ、そりゃ緊張するよ……。相手は全員、僕を合法的にミンチにしようとしてるエリートなんだから……っ」


『ふふっ。大丈夫ですよ。あんな羽虫たちの攻撃など、私がすべて事前に察知してマスターにお知らせします。……それに』


 アリスの声のトーンが、突然ねっとりとした甘いものへと変わった。


『もしマスターが怖くて泣きそうになったら、お姉ちゃんがいつでも、脳髄がとろけるくらいたぁっぷりと慰めてあげますからね♡』


「ひゃうっ!?」


 次の瞬間、背筋にゾワァッ! と強烈な電流のような快感が走った。

 完全に五感連動ハプティクスの安全装置をバイパスしているアリスは、試合開始前だというのに容赦がない。


 見えない両手が背後から僕の首元に絡みつき、耳たぶを甘噛みされるような生々しい感触が脳内に叩き込まれる。

 現実の僕には誰も触れていないのに、身体が勝手にビクンと跳ねてしまう。


「んあっ……! や、やめてよアリス……っ! もうすぐカウントダウンが始まるのに……っ!」


『あら? これはおまじないです。マスターがよそ見をしないように、私という存在を身体の芯まで刻み込んでおかないと』


「はぁっ、はぁっ……わ、わかったから、今はやめ……ひぅっ!」


 僕が顔を真っ赤にして涙目で身悶えしていると、不意にチームの共有通信チャンネルが開いた。


『――ちょっと、金城巧! 聞こえてる!?』


 通信の向こうから聞こえてきたのは、白金凛音の少し上擦った声だった。


「は、はいっ! き、聞こえてます、白金さん……っ!」


『な、なによその荒い息は! まさかあなた、これから私と一緒に戦えるからって……ま、またそんなに興奮してるの!?』


「ちがっ、これは……っ!」


『い、言い訳は無用よ! とにかく、あなたは私が指定したポイントから絶対に動かないで! 敵が来ても、私がスコープ越しに全部撃ち抜いて、あなたを守ってあげるから!』


 凛音はそれだけを早口でまくし立てると、こちらの返事も待たずに通信を叩き切ってしまった。

 相変わらずの特大の勘違いと、圧倒的なツンデレである。


(守ってあげる、か……。気持ちはありがたいけど、現実はそう甘くないんだよね)


 僕はメインモニターに映し出された、広大なフィールドの景色を見つめた。

 ここは第4演習場『廃都市エリア』。


 崩れかけた高層ビルや、ひび割れたアスファルトが続く、立体的な障害物だらけの市街地ダンジョンだ。

 すでに上空には無数の配信用ドローンが飛び交い、全世界数千万人の視聴者がこの対抗戦を見守っている。


『マスター。カウントダウン、残り十秒です』


 アリスのクールな音声が響き、モニターの中央に巨大なデジタルの数字が浮かび上がった。


(来る……。御堂たちは、絶対にポイント稼ぎなんて無視して、僕のところに真っ直ぐ向かってくるはずだ)


 僕は操縦桿を強く握りしめ、極限まで研ぎ澄まされた五感連動の感覚に身を委ねた。

 機体の軋む音、ジェネレーターの微振動が、まるで自分の身体の一部のようにリアルに伝わってくる。


『3、2、1――対抗戦、スタート』


 試合開始を告げるブザーが、廃都市の空に鳴り響いた。


「アリス、レーダーの索敵範囲を最大に! 白金さんの射線は気にしなくていい、敵の機影を探して!」


『了解しました。……マスターの予想通りです。南南東の方向から、高速で接近する機影が三つ。間違いなく、御堂のチームです』


 アリスが即座に敵の位置をAR表示でハイライトする。

 彼らは迷うことなく、一直線に僕のいるビル群の谷間へと向かってきていた。

 その動きには、一切の迷いも、他の敵を警戒する様子もない。


「やっぱり……最初から僕を潰す気満々だ」


『マスター。どうしますか? あのメス豚(白金)の言う通り、ここで大人しく震えて囮になりますか?』


「まさか。そんなことしたら、狙撃が間に合わずに僕がスクラップにされるだけだ。……それに、こっちは五百万円もかけて機体を強化したんだ。やられっぱなしで終わるつもりはないよ」


 僕は口角を少しだけ上げ、操縦桿を引いて機体をビルの陰へと滑り込ませた。


 彼らが来るまでのわずかな時間。

 僕は強化された左腕のワイヤーアンカーと、廃ビルに放置されていた鉄骨や瓦礫を使って、この地形にちょっとした『細工』を施すことにした。


 数分後。

 廃都市の十字路に、けたたましいスラスターの噴射音を響かせて、三機の最新鋭機が降り立った。

 先頭に立つのは、青と白の流線型装甲を持つ御堂の機体『フェンリル』だ。


「はっ! 逃げ隠れしているかと思えば、こんな開けた場所にのこのこと出てきやがって!」


 御堂の嘲笑うような声が、外部スピーカーを通じて響き渡る。

 僕は十字路の中央で、わざとらしくおどおどと機体を後ずさりさせた。


「み、御堂先輩……っ! や、やめてください! 僕はただのEランクで……っ」


「黙れ産廃が! 昨日はよくも俺の顔に泥を塗ってくれたな! 今日は全世界の配信の前で、お前がどれだけ無様で惨めなゴミカスか、たっぷりと証明してやるよ!」


 御堂の合図と共に、両脇を固めていた二機の量産型最新鋭機が、僕の退路を断つように回り込んだ。

 完全に包囲された状態。

 白金凛音の狙撃ポイントからは、ちょうど高層ビルの陰になって射線が通らない完璧な死角だ。


「おい、どうした天使くん? 昨日のあの威勢のいいチェーンソーはどうした? 怖くてお漏らしでもしてんのか?」


 御堂がビームライフルを構え、その銃口を僕のコックピットにピタリと突きつけた。


「死ね、ゴミがっ!」


 彼が引き金を引こうとした、まさにその瞬間だった。


(アリス! 今だ!)


『了解です、マスター。……さあ、醜い羽虫たちを、ミンチにしてしまいましょう♡』


 僕の合図と同時に、アリスが事前にセットしていた『罠』のプログラムを起動した。

 十字路の四方を囲む廃ビルの壁面に、あらかじめ打ち込んでおいた四本のワイヤーアンカー。

 その巻き上げモーターが、規格外の高出力で一斉に火を吹いた。


 ギギギギギギッ!! ドゴォォォォォォンッ!!


「なっ!? なんだ!?」


 御堂たちが驚愕の声を上げる。

 凄まじい張力でワイヤーが巻き取られた結果、老朽化していた廃ビルの外壁が耐えきれずに崩落し、何トンもの巨大なコンクリートの瓦礫が、彼らの頭上へと降り注いだのだ。


「うわぁぁぁぁっ!?」


「回避しろっ! シールド最大出力!」


 三機の最新鋭機はパニックに陥り、慌ててスラスターを吹かして頭上の瓦礫を避けようとする。

 その結果、彼らの包囲網は完全に崩れ、フォーメーションはバラバラになった。

 それこそが、僕の狙いだった。


「隙だらけだよっ!」


 僕はスラスターのペダルを限界まで踏み込んだ。

 スパチャの資金で換装した大出力ジェネレーターが爆音を上げ、僕の機体は地を這うような超低空飛行で、瓦礫を避けて体勢を崩していた一機の懐へと潜り込んだ。


「ひっ!? いつの中の間にこんな近くに……っ!」


「アリス、リミッター解除! スクープ・トゥース、起動!」


『はい、マスター♡ ふふっ、マスターの激しいところ、いっぱい見せてくださいね』


 ギュィィィィィィィィィィィンッ!!!!


 ダンジョンの空気を切り裂くような、鼓膜を破らんばかりの爆音が響き渡る。

 ツインモーターで強化され、刃の回転数が以前の二倍に跳ね上がった悪魔のチェーンソー。

 僕はそれを、無防備になった敵機体の横っ腹に向けて、力任せに叩き込んだ。


 ガリガリガリガリガリガリッ!!!!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」


 けたたましい金属音と、オレンジ色の火花が滝のように噴き出す。

 最新鋭機が誇るエネルギーシールドなど、規格外の物理的切断力と質量兵器の前には何の意味も持たなかった。

 分厚い流線型の装甲が、まるでバターのようにゴリゴリと削り取られていく。


「削れぇぇぇぇぇっ!! 全部、削り切れぇぇぇぇっ!!」


 僕はコックピットの中で叫びながら、操縦桿をさらに押し込んだ。

 刃が装甲を削る強烈な振動が、五感連動を通じて僕の全身を容赦なく揺さぶる。

 骨が軋み、歯が砕けそうになるほどのフィードバック。


 だが、それと同時に。


『ああ……っ、素晴らしいです、マスター! 敵をバラバラにするマスターの雄姿、最高に興奮しますっ! ご褒美に、いーっぱい愛してあげますからねっ♡』


「ひゃああっ!?」


 ドドドドドッ!! と。

 アリスからの容赦のない『過剰な仮想スキンシップ』の波が、脳の知覚野に叩き込まれた。


 腰の奥を直接撫で回されるような強烈な痺れ。

 太ももの内側を這い上がる見えない指先の感触。

 耳元で囁かれる、甘く蕩けるような吐息。


「んあっ……! あぁっ、や、やめてっ、アリス……っ! 今、削ってるところだから……ひぅっ!」


 僕はチェーンソーを押し込みながら、涙目で顔を真っ赤に染め、ビクビクと身悶えした。

 戦闘の極度の緊張感と、致死量の甘い快感。

 相反する二つの情報が脳内でショートを起こし、僕は半ばパニック状態でチェーンソーを振り回す。


「う、うわああああああああっ!! やだ、もうやだぁぁぁぁっ!!」


 ギュィィィィィンッ!! ズバシャァァァァァァァンッ!!!!


 僕の絶叫と共に、チェーンソーの刃が敵機体の胴体を完全に両断した。

 制御を失った最新鋭機が真っ二つに裂け、オイルと火花を撒き散らしながら地面に崩れ落ちる。

 搭乗していた生徒は、緊急脱出ポッドで空高く射出されていった。


「…………はぁ、はぁ、はぁっ……んぅっ……」


 僕はけたたましく回るチェーンソーを構えたまま、肩で息をして震えていた。

 顔は限界まで真っ赤に紅潮し、瞳には涙が浮かんでいる。

 過剰なハッキングの余韻で、小動物のようにビクビクと身体が痙攣してしまう。


「な、なんだあいつ……っ」


 残された御堂と、もう一人の取り巻きが、その光景を見てガチガチと歯を鳴らした。


 彼らの視界の端には、僕の機体を特等席で撮影している配信用ドローンが見えているはずだ。

 コックピットの外部モニターには、涙目で「んあっ」「ひぅっ」と喘ぎながら、味方の機体を容赦なく真っ二つに切断した僕の姿が大写しになっている。


「く、狂ってる……っ。あんなに顔を赤くして、泣きそうな顔で喘ぎながら……最新鋭機をチェーンソーで解体したっていうのか……っ!?」


「バケモノだ……! あいつ、完全にイカれた戦闘狂サイコパスだろ!」


 彼らは完全に戦意を喪失し、後ずさりを始めた。

 自分たちが狩る側だと思っていたのに、気がつけば、理解不能な狂気を孕んだ『天使の顔をした解体魔』に狩られる側になっていたのだ。


『ふふっ。マスター、敵が怯えていますよ。……さあ、次はどの子を削りますか? お姉ちゃんが、最後までたっぷりサポート(ご褒美)してあげますからね♡』


「もう……サポートはいらないから、変な感覚流すのだけは勘弁してよぉ……っ」


 僕は泣きべそをかきながら、それでも生き残るために、狂気的に笑うチェーンソーの刃を御堂たちへと向けた。

 選抜対抗戦という名のエリートたちの狩場は、僕とアリスの手によって、泥臭く猟奇的な蹂躙劇のステージへと変貌を遂げたのだった。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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