第三話 盗賊娘、飼い猫として朝を迎える
昨日までは盗賊団の娘だった。
今日からは、王子の飼い猫である。
意味が分からない。
いや、本当に意味が分からない。
――けれど、意味が分からないで済ませていい状況ではなかった。
ディアナ・アディンセルは、離宮の一室に置かれたベッドの端に腰かけ、自分の左手を見下ろしていた。中指には、昨夜ジークムントによってはめられた指輪がある。
外そうとして左手に力を込めるたび、鎖に引き倒された時に打った肩が、じくりと痛んだ。腕は動く。命に関わるほどではない。けれど、痛みまで綺麗さっぱり消えるわけではなかった。
起きてすぐ部屋の扉へ向かった時、左手の指輪がひやりと冷えて、足が止まった。痛いほどではない。けれど、それ以上進むなと言われているようで、ものすごく腹が立った。
宝石のひとつもない、緩やかなV字を描く白金色のリング。見た目だけなら上品で美しい。
けれど実態は、外れない拘束具である。たぶん、逃げようとしたらろくなことにならない。
美しい拘束具。
言葉の並びが最悪だった。
「……外れない」
引いても、押しても、回しても、やっぱり外れない。昨夜から何度試したか分からない。指が赤くなるほど引っ張っても、指輪は最初からそこにあったかのようにぴたりとはまっている。
痛みはない。締めつけもない。
ただ、外れない。
つまり、非常に腹が立つ。
「腹が立つのに綺麗なのも腹が立つ……」
ぽつりと呟いたところで、部屋の扉が叩かれた。
「入ります」
「返事を待つ文化は?」
言い終わる前に、扉は開いた。
ないらしい。
ここには、返事を待つ文化がないらしい。
入ってきたのは、黒髪の青年だった。
濡れたような黒髪に、冷えた灰色の吊り目。無表情。無慈悲。ついでに顔がいい。
ジークムントの腹心、サディアス・ロウズである。
彼は銀盆を片手に、ディアナを見るなりほんのわずかに眉を寄せた。まるで、朝から床に落ちている謎の毛玉を見つけた人間の顔だった。
心が少し削れた。
「朝食です」
「ありがとうございます。あと、私は毛玉ではありません」
「何も言っていませんが」
「目が言ってました」
「では、以後気をつけます」
「否定はしないんですね」
サディアスは答えなかった。
銀盆をテーブルに置き、手際よく朝食を並べていく。白いパン。温かそうなスープ。果物。薄く切られた肉。昨日まで下水道で息を潜めていた盗賊娘には、あまりにも場違いな食事だった。
ディアナは思わず身を乗り出す。
「……食べていいんですか?」
「毒味済みです」
「毒の心配ではなく」
「では何を?」
「捕虜にしては待遇が良すぎません?」
サディアスは一瞬だけ黙った。
「殿下の飼い猫ですので」
ディアナも黙った。
朝の柔らかな陽射し。豪華な朝食。白亜の離宮。美青年の従者。
そのすべてを、たった一言が台無しにした。
「……その呼び方、正式採用なんですか?」
「殿下がそう仰せでしたので」
「そこは止めてくださいよ」
「私が殿下を止められるとでも?」
「無理そうですね」
「はい」
即答だった。
ディアナは頭を抱えた。
昨夜、ジークムントの膝の上で「はい」などという情けない返事をしてしまった記憶が蘇る。あれは事故だ。不可抗力だ。推しの二面性を真正面から浴びた人間の反応としては、むしろよく耐えた方ではないだろうか。
そう思いたい。
思わせてほしい。
「……父さんたちは」
ぽつりと漏らした瞬間、サディアスの手が止まった。
ディアナは顔を上げる。
「父さんたちは、どうなりましたか。リュクス・アディンセルと、盗賊団の仲間たちです」
昨日から、ずっと気になっていた。
指輪が外れないだの、飼い猫とは何事だの、騒ぎたいことは山ほどある。けれど一番大事なのはそこではない。
父たちが生きているか。傷つけられていないか。裁かれるのか。解放される余地はあるのか。
ディアナがここにいる理由は、それだ。
サディアスは無表情のまま、わずかに視線を伏せた。
「生きています。昨夜の時点で、処刑命令は出ていません」
「怪我は」
「捕縛時の軽傷のみです。治療はされています」
「食事は」
「出されています」
「拷問は」
「殿下が禁じています」
その言葉に、ディアナは息を止めた。
「本当に?」
「少なくとも、殿下がそう命じたことは事実です」
少しだけ、力が抜けた。
信じ切るには早い。ジークムントは善人ではない。優しく見える言葉の裏で、平然と人の弱みに鎖をかける男だ。
けれど、昨夜の条件をいきなり壊すつもりはないらしい。
それだけで、今は十分だった。
心配が消えたわけではない。
けれど、あの父である。牢に入れられたくらいで大人しく泣いている姿は、まったく想像できなかった。
むしろ牢番の方が心配である。
カイルも、ガロも、ミロも、ダンテも、バルドも、そう簡単に潰れる連中ではない。だから今は、自分ができることをするしかない。
「会えますか?」
「殿下の許可が必要です」
「じゃあジーク様に聞きます」
「殿下は現在、警衛騎士団長として王城へ出向いておられます」
「帰ってくるんですか?」
「昼前には一度こちらへ戻られる予定です」
早い。
いや、第一王子で、警衛騎士団長で、昨日の夜に国宝泥棒を捕まえたばかりの男である。忙しくないはずがない。
それなのに、昼前には戻るらしい。
嫌な予感しかしない。
「……何のために?」
「あなたが昨夜からどれほど指輪を外そうとしているか、確認するためでしょう」
「監視ですね」
「想定内では?」
「想定内ですけど、言われると腹が立ちます」
ディアナは左手を見下ろした。
指輪は何食わぬ顔でそこにある。いや、指輪に顔はない。けれど、何食わぬ顔をしているように見える。それくらい腹立たしいほど馴染んでいた。
「これ、ずっと外れないんですか」
「殿下の許可があれば外れるのでは」
「許可をもらうには?」
「殿下の気が向けば」
「絶望的ですね」
「はい」
そこは少し迷ってほしかった。
ディアナは肩を落とした。けれど、落ち込んでばかりもいられない。指輪がある限り逃げられない。なら、この離宮でできることを探すしかない。
まずは情報だ。
ジークムントが何をどこまで知っているのか。自分に何をさせるつもりなのか。父たちの処分をどうする気なのか。そして、本編開始まで二年あるこの時間を、どう扱うつもりなのか。
考えることは山ほどある。
「なら、朝食食べます」
「急に素直ですね」
「お腹が空きました」
「でしょうね」
「でしょうねって何ですか」
「昨夜から落ち着きがありませんでしたので」
「否定できない」
ディアナは大人しく椅子に座った。
パンをひと口かじる。
美味しい。
悔しいほど美味しい。
「美味しい……」
「それは何よりです」
「拘束されてるのにご飯が美味しいの、情緒が混乱するんですけど」
「食欲があるなら問題ありません」
「サディアスさん、冷たいようで微妙に世話焼きですね」
「職務です」
「職務で飼い猫の世話を?」
サディアスが黙った。
勝った。
いや、勝ってはいない。
けれど、一瞬だけ黙らせたのは確かだった。ディアナは心の中で小さく拳を握る。
そのとき、廊下の向こうから規則正しい靴音が聞こえた。
サディアスがすっと姿勢を正す。
嫌な予感がした。
いや、来た。
扉が叩かれることはなかった。
そのまま開いた。
「朝から元気そうだね、ディアナ」
柔らかな声が、部屋に落ちる。
ジークムント・ラ・パーソンが、そこに立っていた。
朝の光を受けて淡く輝く銀白色の髪。黒を基調にした騎士服。完璧に微笑むその姿は、まるでゲームの立ち絵がそのまま現実へ抜け出してきたようだった。
ディアナは固まった。
口の中には、パン。
手にも、パン。
人生で推しに見られたくない姿の上位に入る。
「……おはようございます」
もご、とした声が出た。
ジークムントは目を細める。
「食事中だったかな」
「はい。おいしいです」
「それはよかった」
「ついでに拘束具を外してください」
「朝食の感想に混ぜる要求ではないね」
「流れでいけるかと」
「却下」
「流れが死にました」
分かっていた。
それでも早かった。
ジークムントは楽しげに笑いながら部屋へ入ってくる。サディアスが一礼して脇へ下がった。
ディアナは椅子に座ったまま、じり、と少しだけ後ろへ引こうとする。
その動きを、ジークムントは見逃さなかった。
「逃げなくてもいい」
「逃げてません。椅子の位置を調整しただけです」
「そう」
「そうです」
「では、もう少し近くにおいで」
「調整は完了しました」
「おいで」
声は柔らかい。
けれど、逆らいにくい。
昨日の夜に聞いた、あの低い命令口調ではない。今は穏やかな王子の声だ。
それなのに、奥に同じものが潜んでいる気がする。
ディアナは悔しさを噛みしめながら、椅子を少しだけ戻した。
ジークムントは満足そうに微笑む。
「良い子だ」
「その言い方、やめてください」
「どうして?」
「……腹が立つからです」
「正直だね」
「正直に言ったので、配慮してください」
「考えておこう」
「それ、しない人の言い方です」
ジークムントは笑った。
サディアスは無表情だった。だが、ほんの少しだけ「何を見せられているのだろう」という空気を出していた。
分かる。
ディアナもそう思う。
ジークムントはディアナの向かいに座ると、長い脚をゆったりと組んだ。
「ところで、今朝は部屋を出ようとしたそうだね」
来た。
ディアナは肩を跳ねさせた。
ジークムントは、左手の指輪へ視線を落とす。
「外へは出られなかっただろう」
「出られなくていいわけではないです」
「そう。それ以上無理をしていたら危なかったね」
「……危なかった?」
嫌な言い方だった。
ディアナは思わず左手を見下ろす。白い指輪は、何食わぬ顔で中指にはまっている。いや、指輪に顔はない。けれど、今は絶対に何かを知っている顔をしている気がした。
「この指輪は、君を飾るためだけのものではないよ」
「知っています。拘束具です」
「正解。私の許可なく離れようとすれば、止める」
「止める、とは」
「痛みで済むうちに止まれてよかったね、という意味だよ」
外れないだけでも十分腹立たしいのに、逃走防止機能までついているらしい。
美しい拘束具。
高性能版。
言葉の並びがさらに最悪になった。
「私の許可なく地下牢へ向かおうとした?」
「父さんたちが心配だったので」
そこだけは、逸らさずに答えた。
ジークムントの青灰色の瞳が、静かにディアナを見る。昨日のような甘さはない。探るような、試すような目だった。
ディアナはパンを置き、膝の上で拳を握った。
「ジーク様。父さんたちに会わせてください」
「今は無理だね」
「どうしてですか」
「君が会えば、彼らは君を連れて逃げようとする。君も逃げようとする。違う?」
「違わないです」
「正直なのは美点だよ」
「褒められてる気がしません」
「褒めているよ。扱いやすい」
「やっぱり褒めてないです」
言い返してから、ディアナは唇を噛んだ。
ここで騒いでも意味がない。ジークムントはきっと、ディアナが怒ることも焦ることも織り込み済みだ。
なら、冷静に話さなければ。
「……父さんたちは、どうなりますか」
ジークムントは少しだけ笑みを薄めた。
「君次第だ」
来ると思っていた答えだった。
それでも、胸の奥が冷える。
「君が私に協力するなら、リュクス・アディンセルたちの処分は保留する」
「私が協力しなかったら?」
「王家の国宝を狙った盗賊として、正式に裁かれる」
「……それ、脅しですよね」
「そうだよ」
ジークムントは、少しも悪びれなかった。
その潔さが、むしろ怖い。
ディアナは小さく息を吸った。
怖い。
腹が立つ。
最悪だと思う。
それでも、この人は嘘をついていない。少なくとも、今のところは。自分たちを利用する気だと最初から明かしている。
選択肢がひどすぎるだけで。
「分かりました。協力します」
ディアナはジークムントを見た。
「でも、父さんたちにひどいことをしたら、その時は私も全力で逆らいます」
サディアスの視線が冷えた。
けれど、ディアナは続けた。
「記憶を視られても、指輪で縛られても、逃げられなくても。私は父さんたちを見捨てません。ジーク様の手駒になるとしても、そこだけは譲りません」
言った。
言ってしまった。
部屋の空気が少しだけ張り詰める。相手は第一王子だ。警衛騎士団長だ。逆らいます、などと真正面から言っていい相手ではない。
でも、言わなければならなかった。
ディアナは推しに弱い。
でも、家族を捨てられるほど弱くはない。
ジークムントは黙っていた。
長い沈黙ではなかった。けれど、ディアナにはやけに長く感じられた。
やがて、彼はゆっくりと目を細める。
「いいね」
「……いい?」
「君は本当に分かりやすい。怯えているくせに、譲らないところだけは譲らない」
「褒めてますか」
「かなり」
「信用しづらい褒め方です」
ジークムントは、楽しげに喉を鳴らした。
「覚えておこう。君が協力的である限り、彼らには手を出さない」
「約束ですか」
「条件だよ」
「言い方が最悪」
「でも、分かりやすいだろう?」
「分かりやすく最悪です」
ジークムントの笑みが、少しだけ深くなった。
「昨日のようなやり方は、嫌だった?」
「……嫌でした」
考えるより先に、声が出た。
ディアナは自分の口を少しだけ後悔した。けれど、もう遅い。
昨日、リュクスを抑えるためにマデリーナの名を出された。
あれは効果的だった。効果的だったからこそ、嫌だった。
母の名前を、人質を落ち着かせるための道具にされたようで。
顔に出していないつもりだった。
けれど、ジークムントはディアナの目元を見ていた。息を止めた間を、逃げた視線を、指先が膝の上で強張った一瞬を、見逃さなかったのだろう。
「だろうね」
「……そういうところ、本当に嫌です」
「そう」
「でも、分かってくれたなら、ありがとうございます」
「どういたしまして」
柔らかく返されて、ディアナは複雑な気持ちになった。
最悪だ。
でも、嫌なことを見抜いた上で避けてくる。
もっと最悪だ。
これでは怒りにくい。
「では、話はまとまったね」
「まとまりましたか?」
「まとまったよ。君は私に協力する。私は君の父親たちを保留する」
「その言い方だと、人質感が隠れていません」
「隠していないからね」
「隠す努力くらいしてください」
ジークムントは楽しげに笑った。
そして、何でもないことのように続ける。
「今日から君にはこの離宮で暮らしてもらう」
「……はい?」
「地下牢に置いておくには、君は使い道が多すぎる。かといって、自由にするには危険すぎる。だから、私の目の届く場所に置く」
「それは、同居という意味ではないですよね」
「同居だね」
「ですよね。言葉だけ甘くするの、やめてもらえますか」
思わず言った。
サディアスが眉を寄せる。分かっている。第一王子に言うことではない。けれど、言わずにいられるだろうか。
推しの離宮に住む。
字面だけなら最高である。前世の自分なら即死していた。いや、今もわりと危ない。
しかし現実は、監視つきの拘束生活である。
ときめきと危機感が同じ皿に盛られている。胃に悪い。
「同居ではなく、監禁では?」
「離宮内は自由に歩いていい。庭にも出られるし、食事も出る」
「待遇のいい範囲指定つき監禁ですね」
「不満が多いね」
「不満しかない状況なので」
ディアナが訴えると、ジークムントはくつくつと笑った。
昨日よりも、ほんの少しだけ砕けた笑い方だった。紳士の仮面の奥から、素の楽しげな色が見える。
よくない。
そういう顔に弱い。
ディアナは慌てて視線を逸らした。
「それから、君には身支度を整えてもらう」
「身支度?」
嫌な予感がした。
ジークムントが、楽しげに目を細める。
この顔をしている時の彼は、大抵ろくでもないことを言う。
「一週間後、王城で夜会がある。君にはそこに出てもらう」
「……一週間後」
思わず、声が低くなった。
一週間。
盗賊娘が、王城の夜会に出るまでの猶予としては、あまりにも短い。
「そう。それまでに最低限の礼儀作法、歩き方、挨拶、食事の作法、ダンスを覚えなさい」
「待ってください」
「待たない」
「私、盗賊ですよ」
「知っている」
知っている、ではない。
ディアナは頭を抱えた。
いや、実際に抱えた。
「一週間で令嬢になれと?」
「令嬢のふりができればいい」
「それでも無茶です」
「無茶だから教師を呼ぶ」
この男、無茶を無茶と理解したうえで押しつけている。
腹立たしいほど合理的だった。
ディアナは深く息を吐いた。
前々世では令嬢だった。イレーネ・ブラディ・マルチェントとして、王妃教育まで受けていた記憶がある。だから、まったく分からないわけではない。むしろ身体に叩き込まれたものは、思い出せば使えるかもしれない。
けれど、今世のディアナは盗賊娘である。
走る。登る。忍び込む。逃げる。鍵を開ける。屋根を渡る。そういう生活に慣れきっている。
ドレスで優雅に微笑むより、窓から逃げる方が得意だ。
「……私、夜会で窓から逃げるかもしれません」
「逃げたら指輪が止める」
「窓案が死にました」
「当然だろう」
ジークムントは当然のように言った。
腹が立つ。
そして少しだけ悔しい。
こちらが考えそうなことを全部潰してくる。さすが推し。さすが悪役王子。敵に回すと最悪である。
「サディアス」
「はい」
「今日中に教師を手配して。まずは歩き方と姿勢からでいい」
「かしこまりました」
「待ってください、本人の意思確認は?」
「しただろう?」
「いつですか」
「私のものになると」
「言質の使い方が悪い」
ディアナは思わず立ち上がった。
その瞬間、ジークムントがすっと手を伸ばす。左手を取られ、指輪のはまった中指を軽く持ち上げられた。
動きが自然すぎて、逃げ損ねた。
「ディアナ」
名前を呼ばれる。
それだけで、心臓が跳ねた。
「君は賢い。状況も理解している。だから分かるだろう? ここで礼儀作法を覚えることは、君自身のためでもある」
「私のため?」
「夜会には、君の父親たちを裁きたい者も、君を利用したい者も、私の失点にしたい者もいる。君がただの盗賊娘として立てば、食い物にされるよ」
声は柔らかい。
けれど、その内容はぞっとするほど現実的だった。
「私のそばに置く以上、君には私のものとして見られてもらう。その方が安全だ。少なくとも、簡単には手を出されない」
「……つまり、守るためでもあると」
「そう受け取ってもいい」
「言い方がずるい」
「よく言われる」
「言われるでしょうね」
思わず返した。
けれど、先ほどまでの反論の勢いは少し削がれていた。
ジークムントの言葉は支配であり、監視であり、利用だ。でもその中に、確かに一部だけ合理的な保護が混じっている。
そこが厄介だった。
全部悪意なら、怒ればいい。
全部善意なら、信じればいい。
でもジークムントは、そのどちらでもない。
ディアナを利用する。けれど、自分のものとして守る。
最悪だ。
最悪なのに、少しだけ格好いい。
「……分かりました。礼儀作法、やります」
「良い子だ」
「だからその言い方やめてください」
「効くから?」
「効くからです」
「なら、やめる理由がないね」
「悪役王子すぎる」
ジークムントは楽しそうに笑った。ディアナはもう一度頭を抱える。
こうして、王子の飼い猫になった翌日。
ディアナ・アディンセルは逃亡計画を立てるより先に、なぜか令嬢教育を受けることになったのである。




