表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命に選ばれなかった盗賊娘は、悪役王子に選ばれる  作者: 篠瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/38

第二十二話 盗賊娘、古物市で鑑定される


 古物市は、古いものより人の目の方が多かった。


 王都の東側、古い礼拝堂の裏通りから、細い坂道を三つ下った先にその市はある。石畳はところどころ欠け、軒先には色褪せた布が下がり、道の両側には古紙、礼拝具、壊れた香炉、聖画片、祭礼用の燭台、誰かの家から流れてきたらしい小箱が積まれていた。乾いた紙、古い木、錆、蝋、安い香油、雨を吸った革袋の匂いが混ざっている。


 華やかではない。


 けれど、盗み場の匂いがした。


 ディアナは袖の内側で指先を動かした。値札の裏、箱の底、紙の折り癖、店主の視線。見る場所が多い。多すぎる。楽しい、と思いかけて、慌てて令嬢らしい表情をかぶり直した。


 今は令嬢。たぶん令嬢。少なくとも、いきなり棚の裏を覗き込む女ではない。


「紙の竜は持ってるか」


 隣を歩くカイルが低く言った。


「ある」

「落とすなよ」

「落とさない。証拠だし」

「お前が拾ったやつだろ」

「証拠です」


 昨日、洗濯場で拾った破れた紙の竜は、折り癖を増やさないよう薄い板に挟んで持ってきている。捨てる理由がなかっただけだ。たぶん。紙だから軽いはずなのに、外出着の内側で妙に存在感がある。


 ジークムントは少し後ろを歩いていた。古物市に王子がいるだけで目立つのに、本人は目立っていないふりをしている。銀白色の髪は薄い外套の影に収められているが、隠しきれていない。深い青灰色の瞳は、ただ品を眺めているようで、通りの奥、屋根の上、荷車の車輪の泥、店主の袖口まで拾っているのだろう。


 便利だ。


 腹立たしいほど、便利だ。


「ミロたちは?」

「外周。荷車と裏口を見てる」


 カイルは品物を見るふりをしながら、通りの向こうへ視線を流した。そこにミロの姿はない。見えない場所にいる時ほど、あの人たちは仕事をしている。リュクスは別の入口から古紙商を回っているはずだ。ガロは屋根線、ダンテは出口、バルドは触るなと言ったものに誰が触るかを見ている。


 盗賊団がばらけている。


 自由になったわけではない。監視もある。条件もある。だが、今は走れるだけの道がある。


 それだけで、手は動く。


 目的の古紙商は、市の奥にあった。軒先には古い聖句の写し、祭礼の歌を書いた札、虫食いの本、礼拝画から剥がれたらしい縁飾りが吊るされている。昨日の紙の竜に残っていた、乾いた糊と古い倉庫の匂い。その匂いが、店の棚の奥から薄く漂っていた。


 紙の竜も、この店の紙も、同じ流れを通っている。


 ディアナが一歩近づいた時、店の奥から怒鳴り声がした。


「おい、なんだそれは。物を馬鹿にしてるのか、見せろ」


 客が一斉に振り返る。古紙商の店主らしい丸い男が、困ったように両手を上げていた。その前に立っているのは、二十代半ばほどの男だった。くすんだ茶色の髪を後ろで雑に束ね、上等だったはずの上着を適当に着崩している。品のいい鑑定士、ではない。古物市でうっかり機嫌を損ねたら、一日中面倒そうな男、である。


 その男は、手のひらほどの聖画片をつまみ上げ、眉間に深い皺を寄せた。


「絵具が新しい。縁だけ古く見せて、中央を後から削ったな。偽物を作るなら作るで、せめて下地に合わせろ。雑に作るな。偽物が泣く」

「エリアスさん、声が大きい」

「声の問題じゃない。礼儀の問題だ」


 エリアス。


 その名前に、前世の記憶が引っかかった。古物が絡むと、人間への礼儀を横に置く鑑定士。画面越しで見ても面倒だった人が、現実ではさらに面倒そうに怒っている。


 解釈が雑に合っている。


 エリアスは聖画片を店主へ押し返し、今度はこちらを見た。いや、正確にはディアナではない。外出着の内側に挟んだ薄板の端を見ていた。


「そこの手袋の女。その紙、折るな」

「え」

「紙が死ぬ。見せろ」

「初対面で紙の心配から入るんですか」

「人間は勝手に喋る。紙は喋らない。だから先に紙を見る」


 理屈は通っているようで、通したくない。


 カイルが一歩前に出る。ジークムントも近づいたが、エリアスは二人をほとんど見なかった。見たのは、薄板の端だけだ。人間への興味が薄い。薄すぎる。


 ジークムントが静かに口を挟んだ。


「紙を見るなら、彼女に許可を取ってからだね」

「紙は彼女じゃない」

「その紙を持っているのは彼女だ」

「面倒だな」


 面倒なのはどちらだろう。


 エリアスはジークムントの顔をようやく見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。身分に気づいたのかもしれない。だが、態度はあまり変わらなかった。勇気があるのか、礼儀がないのか。おそらく後者だ。


「見るだけだ。破れてるならなおさら見せろ。雑に持つな」

「……ジーク様」

「君が決めていい」


 逃げ道を渡された。


 いや、違う。選ばせている顔をして、こちらの反応を見ている。ジークムントはそういう人だ。ディアナは薄板を取り出した。破れた紙の竜は、昨日より少し乾いている。折れた角、濡れて滲んだ墨、靴跡の残る胴。エリアスはそれを受け取らず、指先を宙で止めた。


「薄布」

「はい?」

「直に置くな。紙が汚れる」


 人間への配慮ではなかった。


 ディアナは渡された薄布の上に紙の竜を置いた。エリアスは顔を近づけ、紙の繊維、墨、糊の跡をじっと見た。さっきまで怒鳴っていた人間とは別人のように黙る。黙ると、目だけが怖い。物を見る目だ。人を見る目ではない。


「王都の紙じゃない」

「分かるんですか」

「分かる。王都の紙はもっと乾く。これは湿り方が違う。森の古紙が混じってる」

「森」

「礼拝地で使われた古い祈り紙に近い。糊に白花の灰が混じってるな。今の教会のやり方じゃない」


 白花。


 ディアナの左手が、手袋の下で少しだけ重くなった。


 まだ色は見えない。けれど、指輪がこちらを向いた気がした。気がしただけで済ませたい。済ませたいのに、済まない。


 ジークムントの視線が、手袋の上へ落ちる。


 見た。絶対に見た。


「王都近くの森で、古い礼拝地」


 ジークムントが言った。


「該当する場所は、多くないね」

「俺は森の案内人じゃない」


 エリアスは紙の竜から目を離さないまま言った。


「紙のことなら見る。場所と人間の事情は、そっちで勝手に探せ」

「分かりやすいですね」

「分かりやすく言ってる」


 ひどい。


 でも、分かりやすい。


 ディアナは紙の竜を見た。森の古紙。礼拝地。白花の灰。今の教会のやり方ではないもの。王都近くの森。そこまで並べれば、胸の奥に浮かぶ場所はひとつしかない。


 けれど、まだ決めない。


 決めた瞬間に、目が曇る。リュクスならそう言う。だからディアナは、紙の竜と、白花の灰と、森という言葉だけを胸の奥へ入れた。盗賊は、分からないものを捨てない。後で値がつくかもしれないからだ。


「おい」


 エリアスの声で、ディアナは我に返った。


「目が紙から逸れた。戻せ」

「紙以外も見ます」

「今は紙を見ろ。ここ」


 エリアスが紙の竜の翼の端を示した。薄い押し跡がある。昨日見た古紙商の痕跡に似ているが、さらに小さい。花のようにも、石畳の飾りのようにも見える。


「これと同じ印を押した底紙が、この市にある。さっき見た。あの店主が奥に隠した箱の底だ」

「あの店主」

「今、俺が怒鳴った奴だ」

「怒鳴った理由が多すぎて分かりません」

「偽物が雑だったからだ」


 そこは一つらしい。


 ディアナは古紙商の奥を見た。店主はまだ困った顔で客へ愛想笑いをしている。奥の棚には、いくつか木箱がある。礼拝具の修復品、聖画片、壊れた香炉。見た目は雑多だが、ひとつだけ箱の置き方が違った。手前に出しているのではなく、隠すように奥へ押し込んである。


 盗りにくいものは、価値がある。


 ディアナの指先が、袖の内側でぴくりと動いた。


 カイルが横で小さく息を吐く。


「手、動いてるぞ」

「言わないで」

「止めてもやるだろ」

「場合による」

「もう針金を探してる」

「見ないで」


 戻せるなら苦労していない。


 ジークムントがわずかに笑った。


「見るだけにしておく?」

「……必要なら」

「盗っていいよ」

「今、聞きました?」

「聞いた」

「証人が多い」


 最悪だ。


 逃げ道が消えた。


 ディアナは一度息を整えた。古紙商の店先には客が三人。奥に店主。さらに薄布の向こうに人の気配が一つ。箱は奥棚の下段。正面から近づけば店主が見る。横からなら客の肩が邪魔になる。上からは無理。なら、下だ。


「カイル」

「何」

「右の客、飾り紐を落としそう」

「落としそうじゃなくて、落とすんだろ」

「拾って」

「俺が?」

「自然に」

「雑だな」


 カイルは文句を言いながら、すでに動いていた。飾り紐の箱へ近づき、客とすれ違う瞬間、棚の端へ軽く触れる。箱が傾き、細い紐が数本床に落ちた。


「あ、すみません」


 カイルが拾う。客もかがむ。店主の目がそちらへ向く。エリアスが横から、わざと大きな声を出した。


「それも雑に染めてるな。菫色を名乗るな。色が泣く」

「エリアスさん、商売の邪魔です」

「邪魔される商売をするな」


 ひどい。


 だが、使える。


 客、店主、周囲の視線がエリアスへ向いた。その間にディアナは棚の影へ滑り込む。令嬢の歩幅ではない。盗賊の足だ。靴音を殺し、布の陰で膝を折る。奥棚の下段、隠された木箱。蓋は閉じている。盗るのは箱ではない。箱を盗れば騒ぎになる。欲しいのは、箱の底紙だ。


 指先を差し込み、底の紙をほんの少しだけめくる。古い糊。白花の灰。森の湿り気。紙の竜と同じ匂い。端に、細い紋様がある。花ではない。石畳だ。いや、道かもしれない。


 ディアナは針金の先で底紙の角だけを薄く裂いた。音はしない。紙は抵抗したが、死ななかった。たぶん。エリアスに怒られたくないので、そこは丁寧にやった。


 裂いた紙片を袖口へ滑らせる。


 盗った。


「お嬢」


 ミロの声が、外から一瞬だけ流れてきた。軽い。けれど、合図だった。


 動きあり。


 ディアナは立ち上がり、何もしていないふりで飾り紐の棚へ戻った。カイルが拾った紐を店主へ渡している。エリアスはまだ色に怒っている。ジークムントは香炉を眺めていた。見た目は穏やかだが、たぶん全部見ている。


 怖い。


 そして便利。


 店の外で、荷車の車輪が軋んだ。古紙商の奥にいた気配が動く。薄布がわずかに揺れ、細身の男が裏口へ向かった。ミロの合図はこれか。逃げるにしては早い。荷を出すにしては遅い。


「ジーク様」


 ディアナは小声で言った。


「うん」

「奥の人、動きます」

「追わせるよ」

「また言い方」

「君は盗った?」

「盗りました」

「なら十分だ」


 十分。


 そう言われると、余計に盗りたくなる。よくない。職業病がひどい。


 ジークムントは店主に香炉の値段を尋ねた。どう見ても買う気はない。だが、第一王子が値を尋ねると、店主は逃げるように裏へ行けない。表情が固まる。エリアスはその香炉を横目で見て、さらに眉間の皺を深くした。


「それは買うな」

「理由は?」

「直し方が下手だ。古い傷を隠すなら、隠した跡を見せるな。偽物にも礼儀がある」

「参考になるね」

「買うなと言ってる」

「買わないよ」

「なら聞くな」


 会話が噛み合っていないようで、目的は果たしている。店主の意識は完全にジークムントとエリアスに向いている。裏へ動いた男は、もう店の外へ出たはずだ。外周にいるミロたちが拾う。


 ディアナは菫色の飾り紐をひとつ手に取った。


「これをください」

「え、あ、はい。ありがとうございます」


 店主の声が上ずっていた。盗られたことには気づいていない。気づくなら後だ。後でいい。後で慌てる人間の方が、道を残しやすい。


 会計を済ませ、店を離れる。古物市のざわめきが戻ってきた。怒鳴り声、値切り、荷車の音、古い鐘を試しに鳴らす乾いた音。外へ出た瞬間、ディアナは袖口を押さえた。


「取ったな」


 カイルが言った。


「取った」

「何を」

「底紙の端」

「また細かいものを」

「細かいものほど残る」

「それ、お前の父親も言いそうだな」

「父さんに言われた」


 カイルが少しだけ笑った。


 ジークムントが横に並ぶ。人混みの中なのに、距離が近い。近いのに、触れない。触れないまま、逃げ道だけを塞ぐ位置にいる。やめてほしい。助かる。助かるから、やめてほしい。


「見せて」


 命令ではない。けれど、断りにくい声だった。


 ディアナは袖口から紙片を出した。指先ほどの小さな紙。古く見えるが、裂いた端は新しい。そこには、白花に似せた石畳の紋様と、細い道のような線が残っていた。


 左手中指の指輪が、手袋の下で淡く菫色を帯びる。


 今度は、ディアナにも分かった。


 白金色の輪に、ほんの薄く、祈りの色が差す。冷たくはない。熱くもない。ただ、遠くから呼ばれたように、指の根元が重くなる。


「また」


 声が漏れた。


 ジークムントの視線が指輪へ落ちる。笑っていない。カイルも見た。気づいたかどうかは分からないが、表情がわずかに硬くなった。


「女神に近いもの、ですか」


 ディアナは紙片を見た。


「祈りの図譜の欠片、聖画片の下の紙、紙の竜。全部、古い祈りに関わる紙です。でも、紙そのものじゃなくて……場所?」

「場所」

「白花に見せた石畳。森の湿り気。白花の灰。古い礼拝地」


 言葉にすると、道が見えた気がした。


 見えた気がする時ほど、危ない。リュクスなら「まだ決めるな」と言う。だから、ディアナは口を閉じた。決めない。決めないが、捨てない。


 エリアスが背後からずかずか歩いてきた。


「おい。盗ったな」

「声が大きい」

「盗っただろ」

「何を根拠に」

「紙の端が変わった」


 見ただけで分かるのか。


 分かるのだろう。この人は、たぶん。


「盗人に向いてる手だな」


 エリアスはディアナの手元を見て言った。褒めているのか、鑑定しているのか分からない。少なくとも令嬢に向ける言葉ではない。


 ジークムントが一歩、ディアナの前へ出た。


「紙を見る目は信用できそうだね。人を見る目は、少し直した方がいい」

「手の話だ。人間の顔は見てない」

「それが問題なんだけどね」

「物を扱う手を見ずに、物が分かるか」


 エリアスは悪びれない。ジークムントは笑っている。笑っているが、深い青灰色の瞳は少しも笑っていない。空気が妙に冷える。指輪は冷えない。そこは冷えないで正しい。今冷えると話が増える。


 ディアナは慌てて紙片を薄布に包んだ。


「あの、エリアスさん」

「なんだ」

「この紙、森の礼拝地に近いと言いましたよね」

「近い。だが、そのものじゃない。森のものを混ぜた紙だ」

「混ぜた?」

「古い祈り紙の繊維が残ってる。全部じゃない。欠片だ。灰と糊はごまかせない」

「それを、誰が」

「知るか」


 即答。


「俺は物を見る。人間の事情はそっちで勝手に盗め」


 ひどい。


 でも、分かりやすい。


 エリアスは紙片を見ようとして、ジークムントに視線で止められた。止まったのが意外だった。礼儀を覚えたわけではなく、これ以上近づくと面倒だと判断した顔だ。


「それを確かめるなら、紙を濡らすな」

「え?」

「湿らせると、混ぜた紙が浮く。嘘が分かる。だが濡らしすぎると死ぬ。紙が」

「紙が」

「紙が」


 大事なことらしい。


 エリアスはそれだけ言うと、古紙商の方へ戻っていった。途中で別の店の古い燭台を見て、また眉間に皺を寄せる。


「それも直し方が下手だ。誰だ、こんな失礼な継ぎ方をした奴は」

「エリアスさん、もう帰ってください!」


 古物市のどこかで店主が泣きそうな声を上げた。


 濃い。


 非常に濃い。


「あの人、攻略……いえ、鑑定士なんですね」

「今、別の言葉を言いかけたね」


 ジークムントが言った。


「言いかけていません」

「そう」

「そうです」

「覚えておこう」

「忘れてください」


 忘れる気はなさそうだった。最悪である。


 古物市の端へ抜ける頃、ミロが荷車の陰から合流した。肩に古い木箱を担いでいる。中身は空のはずだが、妙にそれらしく見える。こういう時のミロは本当に市の人間に紛れるのがうまい。


「お嬢、奥から出た奴、ガロが拾ってる」

「どこへ?」

「荷車の列。古紙を一束捨ててった。バルドが触るなって顔してた」

「正しい」

「だろ。俺も触ってない。えらい」

「普通」


 ミロは肩をすくめた。軽い声だが、目は笑っていない。逃げた男を追い、捨てた古紙を拾い、けれど深追いはしていない。盗賊団の仕事だ。細い線を持ち帰る。線を束ねるのは、その後でいい。


 ジークムントが短く頷いた。


「戻るよ」

「古物市はもういいんですか」

「今日ここで見えるものは見た。次は、紙が示す場所だ」


 紙が示す場所。


 ディアナは手袋の上から、左手の指輪を押さえた。菫色はもう薄れている。けれど、完全には消えていない気がした。女神に近い欠片。森のものを混ぜた紙。白花の灰。紙の竜。古物市。細い道が、一本ずつ繋がっていく。


 まだ答えではない。けれど、道なら見えた。


 盗賊は、道を見つけたら走る。


「ディアナ」


 名を呼ばれ、ディアナは顔を上げた。


「紙の竜は、捨てないように」

「証拠なので」

「うん」


 ジークムントの視線が、紙の竜を挟んだ薄板へ落ちた。


「それに、君が拾ったものだ」


 また、そういう言い方をする。


 考えるな。考えたら負ける。


 古物市のざわめきが背中で遠くなる。壊れた香炉の匂い、古紙の乾いた匂い、エリアスの怒鳴り声、ミロの軽い足音。全部が混ざって、次の現場の匂いになっていく。


 迷いの森。


 そこは、ディアナたちが捕まった場所だ。


 次に盗るのは品物ではない。


 迷いの森へ入るための、道だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ