解除
ひかるは強度の高い合金の扉を目の前に絶望していた。
物理的に開けられない上、正常に開けようとするには強力な暗号によるロック。
番号を直接どこかから入手してすれば開くのだろうが、ここに来るまでに出会った中で、ここの暗証番号を知っている者はいなかった。
ハッキングできるような電子ファイルなどに番号は記録されていないだろう。
やはり『竹』の能力を計るため、暗証番号については直接解かせようと言う意図が見える。
『リスア様。このスマホを直接扉に押しつけてください』
ただスマホを押しつけているだけで、物理的にテンキーを押しているわけではないのに、ディスプレイ部に数値が表示された。
「何桁なの?」
『すみません。これよりエネルギーを解読に全振りします』
ひかるは黙って見つめるしかなかった。
二桁目、三桁目、とかなりの秒数がかかって表示された。
いったいどれくらいの時が経っているのか、音もないこの空間で、ひかるの時間感覚はおかしくなっていく。
四桁目が表示されると、一、二時間経過したような錯覚に陥る。
ひかるは『竹』への雑音とならないよう、祈るように無言で目を閉じた。
「……」
五桁目、六桁目と表示されていく。
スマホを押しつけている手が痺れていた。
死なないで…… ひかるは中にいる桐谷のことを案じる。
七桁目が表示された後、一桁目の数字が変わった。
「?」
ひかるは首を傾げながらも『竹』を信じて待ち続ける。
八桁目。
フロアの奥からエレベーターの扉が閉まった音が聞こえた。
上階から呼び出されたのだ。
時間がない……
九桁、十桁、と連続して表示されると、フロアの奥からエレベーターが到着した音が聞こえた。
扉は開いているが、足音が聞こえてこない。
ひかるは後ろを気にしながら、暗号解読が済むことを祈った。
十一桁目が表示された時、同時に電子音が鳴った。
三秒ほど続いた、軽いおもちゃのような音。
音が終わると、今度は扉全体から複数の電磁石が起動する音がした。
「開いたのね?」
ひかるは全力で扉のハンドルを回した。
多方向に伸びているカンヌキが引っ込んでいく。
ハンドルが回り切ると、ひかるはそのまま扉を引き開ける。
「俊!」
思わず彼の名を叫んでいた。
部屋の中で、桐谷は床にうつ伏せに倒れている。
彼を仰向けにすると両脇に腕を差し入れて、部屋の外に連れ出した。
鼓動も息もある。
彼は生きている。ひかるは、それが分かっただけで涙が溢れてきた。
私のせいでこんな目にあったのだ。
東北の旅館から拉致されるという信じられないような状況を経て、この某国の軍事基地の奥深くへと連れてこられた。
運命。
私が君を救い、君と結ばれるのは、運命に違いない。
山奥で出会った時から、きっと、ずっと、今まで、運命が繋がっていたんだよ。
ひかるは桐谷の姿を見ながら、そう考えていた。
「……」
気配。
それも獣のような、気配。
少し前、エレベータがついた時の違和感。
ひかるは視線の先に足を見つけて、音が無かった理由が分かった。
そいつは裸足なのだ。
視線を上げていくと、髪の毛のない頭に鮮やかな刺青が入っていた。
見覚えがある。
ひかるは思わず声をあげた。
「ムネタ!?」
二メートルの大男だった。
左右の太い腕、太い足。
体全体に筋肉と脂肪が充実していて破壊力を作り出すためのバランスを保っている。
ひかるの声が耳に入ったのか、男はニヤリと笑った。
彼女はこの巨漢と対峙したことがある。
エリシュアの者が持つ『心をコントロール』力を使うことが出来ない。
それどころか、それをすると相手を暴走させてしまうのだ。
「なぜあなたがここに?」
ムネタは繁華街のホストクラブにいる用心棒だったはずだ。
某国はひかるに対する最終兵器として彼を捕まえてきたに違いない。
心をコントロールされず、ただひたすら目的を破壊しようとする彼は、今ここで会うのは最悪だった。
地下道で戦った時、今の養父である康二がいなかったらこの大男に締め殺されていた。
ひかるは、一瞬、桐谷に視線を送った。
せめてムネタを倒すまでは桐谷が起きないで欲しい。
康二の時のような危険な目に合わせたくなかった。
ムネタは両腕を広げ、そり返りながら叫んだ。
それは絶叫なのか、遠吠えなのか。
意味はわからないが、叫んだ。
いつだったかも、同じことをした。
彼の中で何かのスイッチが入ったかのように、凶暴な目つきになった。
ひかるが構えると、ムネタも腰を落として構えた。
ムネタのそれは相撲の立ち会いにする前傾姿勢に似ている。
ムネタの心を読み、暴走させたわけでもないのに、今、彼はあの時と同じような状況になっている。
いくら不意をつかれたとはいえ、地球上のどんな人間より素早く反応できるはずなのに『あっ』という間に首を絞められた。
今、ひかるはあの時と同じ『死』のプレッシャーを感じていた。




