フェニックス
ひかるは、人の心を読む力を使って、周囲にいる敵意を探していた。
そうやって待つしかなかったのだ。
しばらくすると『竹』がひかるの脳に伝えてきた。
『リスア様。星野からコンタクトがありました。ご両親、お二人とも職場から政府の施設へ移して保護した、とのことです』
それを知って、ひかるは安心した。
両親は普通の人間だ。さっきの多機能電話同様の仕掛けがあった場合、かわすことはできない。ひかる自身も警戒しているからなんとかなったのであって、両親がこの家に戻ってきたら全員を守り切れる自信はない。
さっきDMしてきた時に『竹』が連絡手段を提示したのだろう。
ただ、事態をなんと説明したのは気になる。
星野たちも、ひかるがリスアであることは知らない。
何か、尋常ならざる力を持っていることと、朧げに『竹』の存在を知っている程度だろう。何と説明すれば親が指示に従うのか。
「……」
ひかるは考える。
両親への説明について確かめるのは、後だ。
それより星野は、いつ、どこから助けに来るのだろう。
ヘリの音が近づいてきているが、それが敵なのか味方なのか。
距離的には某国駐在の基地より、政府機関の基地の方が近い。
普通に考えると協力者のヘリだが……
『星野たちが手配したヘリが、建物上空にきます。屋上に移動してください』
そう伝えるだけで、ひかるに『どうやって』屋上に行くかは指示しない。
自分で考えろということなのだ。
だが選択肢は多くない。
普通に扉から出ることは無理だろう。
残念ながらベランダから隣の部屋に抜けれらるようなチープな作りではない。
スナイパーが狙っているかもしれない窓を通り、このマンションの屋上へ移動するしかなさそうだ。
今の時刻、月の位置なら、力は十分発揮できる。
ひかるはそう感じていた。
スナイパーがこちらの窓を見ているなら、その思考を読めるはずだ。
ひかるは探査を広げていくが、見当たらない。
これならベランダにでて、屋上へ向かう分には問題なさそうだ。
ベランダの扉を開けると、急に殺意が流れ込んできた。
「!」
考える間もなく、スナイパーは引き金を引いている。
弾丸が手すり部分に着弾する。
ひかるは上のフロアに飛ぶのではなく、向かいのマンションへ飛んだ。
向かいのマンションを蹴って、こちらのマンションの九階に戻ってくる。
さらに壁を蹴って向かいのマンションに行き、戻ってくると十三階。
また向かいのマンションを壁を蹴ると、目的であるマンションの屋上へ……
スナイパーの思考が流れ込む。
完全にリズムを読まれた。
どんな身体能力を持っていても、大気を蹴ることはできない。
着地の体勢でかわすか、それとも空中で体を捻り、少しでも着地をずらすのか。
どちらか一つではダメだ。
ひかるは、空中で体を丸め、回転した。
回転することで受ける空気抵抗で、軌道が少しズレるはず。
そして着地と同時に蹴り飛べば、もしかしたら銃弾をかわせるかもしれない。
ひかるは住んでいるマンションの屋上に着地した。
ほぼ同時に、ひかるの鼻の先に着弾する。
弾丸の速度や、この間の風の影響などを考えると、異常に正確だ。
AIなどのアシストがあるに違いない。
ひかるは次の弾が来る前に、室外機の裏側へと蹴り飛んだ。
「ふぅ……」
ここまで上ってきた様子を見られていないか、人々の心を読む。
スナイパー以外、ひかるの超人的な能力を見られていないようだ。
ヘリが飛んでくる。星野が手配した機体だ。
ひかるは『竹』を通じてヘリに指示する。
ヘリをスナイパーの反対側へ誘導し、梯子を降ろさせる。
ひかるがハシゴに捕まると、マンションを盾にするように下降する。
素早くハシゴを上り、ヘリの中に入る。
「どうやって屋上に!?」
ヘリの室内には真っ黒な格好をした数名の隊員がいた。
どうやら、この者たちを屋上から突入させる予定だったらしい。
「そこは聞かないで。それよりあのビルの屋上へ」
「スナイパーがいるって自分で言ったじゃないか、わざわざそこに行く必要は?」
「いいから! 早く!」
ヘリは建物スレスレを螺旋を描くように飛行する。
ひかるは、精神を集中した。
スナイパーとの距離が縮まった。
すでに某国へ報告済みかもしれないが、それでもスナイパーの見た記憶を消そうというのだ。
「……」
記憶を消した。
直近の記憶を全てだ。
桐谷は怒るかもしれないが、このスナイパーの直近の記憶は、家族への想いなどではない。ただの職業の記憶だ。
記憶を消しても、星野の手の者がスナイパーの処理をしてくれる。
ひかるは短く要件を伝えると、ヘリはそのビルの屋上を離れ、最短距離で都にある自衛隊基地へと向かった。
ひかるは、ハワイにいた。
染めた髪と、偽造したパスポート。
多言語社会で大きなハブ空港を擁する、南の島の国籍になっている。
簡単だがバレにくい特殊メイクをしている。
設定は『アジア・ファンドにおけるフラッシュ・アナリスト』。
ひかるは『ソフィア・マルシロ』という名の、国際金融会社のファンドマネージャーとなっている。
星野が用意したエージェントと待ち合わせ、一緒に空港に向かっている。
マンションでスナイパーと戦ってから十日が経っていた。
「本当に大丈夫なのでしょうか」
「謎に迫る方法は、最終的にはこういう手段になるって」
身分を偽って入国すれば、罪になる。
罪があれば、攻撃する口実を与えてしまう。
国内のマンションでもスナイパーを使って命を奪おうとしているのに、このやり方が正しいのかは疑問が残る。
一方で、エージェントがいうようにどんな作戦を持ってしても、結局、某国内に入り込むしか解決手段を思いつかない。
ひかるは桐谷を救うため、与えられた役割を演じ切ることにした。
フェニックスに入ったひかるは、ホテルの一室で手書きで渡されたプランを確認していた。
そして十分な力が発揮できるよう、月の周期を待ったのだ。
某国は中東で核をめぐる新たな問題が発生し、その調査、対応に追われている。
桐谷を救うタイミングは今しかない。
ジープに乗ると、砂漠へと向かう。
砂漠にでたひかるは、一度、ジープを止めて飲み終えた空き缶を置き、銃を向ける。
静かにトリガーを引くと、置かれた缶は弾かれて回転していく。
見ていたエージェントが言う。
「お上手ですね」
「こういうのは『まぐれ』っていうの」
ひかるは銃の訓練などしていない。今は『竹』のアシストがあったから当たったのだ。
「カートリッジの弾が一発減ったので、補充しておいてください」
ひかるは思い出した。
渡されたハンドガンはカートリッジに7発入る。
打ち切ったらボルトが後退したままになってしまう。
すぐにカートリッジを交換してスライドリリースしないといけない。
弾をずっと持ち歩くわけにもいかず、カートリッジだって何本もあるわけではない。
エージェントは、ジープからバギーをおろしてくれた。
「観光客のフリをして、ギリギリまで近づいてください」
ひかるは頷いた。
強い日差しにさらされるため、服は砂漠色に揃えた上でキャップとサングラスをつけた。
「これ…… 観光客に見える?」
「ええ、大丈夫。アンジーやシガニー、ミラ・ジョボビッチには見えないよ。とにかく、軍事基地に一人で乗り込む女性には見えない」
エージェントは、ひかるがハリウッド映画に詳しくないと感じると、すぐにそう言い換えた。
ひかるはバギーに乗ると、砂漠を走り出した。
バギーは砂煙を上げながら、走り続ける。
どこまで走っても、ただ広がる砂漠が見えるだけで、軍事基地は見えない。
ひかるは『竹』からのアシストを受けながら、バギーの方向を、徐々に核心である軍事基地へと向けていた。
そろそろ把握されているかもしれない。
有刺鉄線が渦巻いた柵が見えてきた。
ひかるは柵沿いに進んでいく。
衛兵がいる詰所が見えた。
物珍し気に柵の中を見つめて走る。
大きな石にぶつかると、バギーは派手に跳ねた。
体を抑え込めず、ひかるはバギーから飛ばされてしまった。
警戒していた衛兵が、思わず口走る。
「やっちまった!」
転がるバギー。
砂漠に打ち付けられ、意識なく回転するひかるの体。
「助けをよべ」
砂漠仕様の衛兵が、緊急連絡を入れる。
同時に一人、ひかるの様子を確認しに走り出した。




