輸送される孤独
円谷と遠藤が、延々とゲームを続ける中、桐谷は遊び疲れて音を上げる。
「円谷さん、鍵をもらっていいですか?」
「もう帰るのか? 大丈夫。この宴会場は朝食終わるまで借りれるから」
桐谷は笑いながら言う。
「明日、帰りのバスや電車で寝ちゃったら、誰が起こすんです?」
「ああ、そうだな。桐谷くんは先に上がってくれると助かるな」
円谷がコントローラーを一瞬離すと、素早くポケットから部屋の鍵を取り出した。
床に転がった鍵を拾うと、桐谷は「おやすみなさい」と言って宴会場を出た。
鍵を開け部屋に入ると、桐谷は窓側からの音を聞いた。
「!」
桐谷は慎重に部屋の扉を開ける。
誰もいない。
当然だ、今鍵を開けたのだから、旅館の人が布団を敷く以外に入ってこないはず。
そう思いつつも、慎重に、音を立てないように部屋を横切る。
そして部屋にある窓の方、いわゆる『広縁』の方へ向かう。
障子戸をそっと開け、中を覗く。
「誰もいない」
その時だった。
桐谷は口の中に、拳大の布を突っ込まれる。
声も出せないまま、足がすくわれた。
仰向けになったまま目の前が暗くなる。
腕をとられ、顔に布を被せられたのだ。
部屋の窓が開く音が聞こえると、体が投げ出された。
目は見えないから『投げ出された』と感じたに過ぎなかったが、落下の感覚は確かなものだった。
落ちる……
何かに落ちた感覚がある。
おそらくエアーマットのようなものだろう。
すぐにやってくる人の手に運ばれていく。
次に放り出されると、そこは硬めの床だった。
響く音から、ガソリンエンジンを搭載した車内だと思われた。
突っ込まれた布がじわりと唾液で汚れ始め、気持ち悪い。
この布のせいで、声を上げられない。
体にかかるGで、車が山道をロールしながら走っていることがわかる。
何も告げられないまま、ただ淡々と、もののように運ばれている自分の体。
桐谷は、急速に膨れ上がっていく不安に震えた。
誰にも気づかれないまま、どんどん遠くに運ばれている。
何故、拉致されるのかわからない。
これが北の国が行なっていた拉致かもしれない。
様々なことを考えていたが、出来ることが限られているせいで、いつの間にか桐谷は寝てしまった。
目が覚めても、何も見えない状況は変わっていなかった。
体が起こされた状態だが、非常に寒い。
今度は体がシートに固定されたようだ。
時折、轟音が響く。
飛行機だろうか。だが、普通の飛行ではないだろう。目隠しされ、拘束された男がシートに座っていたら、目立ってしまう。
プライベートジェット、あるいは……
突然、ありえないほどの力でシートに押し付けられる。
あっという間に離陸している。
もう一つの選択肢である『戦闘機』の可能性が高い、と桐谷は感じた。
こんな風に運ばれると言うことはすぐに『殺される』ということではないのだ、と推測して安堵した。何故なら、殺すタイミングは何度もあったからだ。
ただ死なない程度に拷問される可能性はあるが……
一定の高さに到達すると、体は慣れてきた。
何もできない退屈で、再び桐谷は眠りに落ちた。
湖が見える建物の屋上。
突然彼女は思い出したように言った。
「シュン!」
そうだ。
ハンドル名は『キリヤ』で本名は桐谷俊。
突然、風景が変わって山の中に変わる。
お互いの背丈が縮み、小学生のようだ。
彼女は俺の記憶を消さなかった。
友達は彼女のことを覚えていないが、俺は彼女のことを覚えている。
全ての巡り合わせが、俺にとって彼女を唯一特別なものにしている。
最初に見た時の印象から、ずっと彼女は特別だった。
きっと俺は、ずっと彼女のことを……
目隠しされたまま記憶が混濁している。
桐谷は、この場所が、明るく、熱く、乾燥していることがわかった。
ガラガラと聞こえるディーゼルエンジンの音。
車がはねるたびに床に打ち付けられる。
戦闘機から降ろされ、きっとどこかの施設に移送されているところだろう。
やがて車は止まり、また数人の手で運ばれると、今度は車椅子のようだった。
座った姿勢のまま、床を滑るように動いていく。
椅子が止まると、今度がは垂直方向へのGを感じる。
上に向かっているのか、下に向かっているのか。
再び動き出す車椅子。
廊下を進んでいるのだろうか。
車椅子が止まると、手足の拘束が外された。
続けて、口に突っ込まれていた涎で汚れた布と、目隠しが外された。
にも関わらず、目の前には闇しかなかった。
「生きていく為のものは十分にある」
いきなりで理解できなかったが、そう告げられると、勢いよく車椅子が動き、止まった。
勢いに耐えられない体が、車椅子から投げ出され、正面の闇に転がる。
桐谷が、長時間の拘束で体が動かないでいる間に、扉が閉められた。
彼は、再び闇の中に閉じ込められた。




