合宿二日目
月が西に沈んでいく。
ひかるは、普段着に着替えて旅館の外を散歩していた。
エリシュア人が地球で発揮できる運動能力を使った散歩は、広範囲なものだった。
頂付近に雪を残す山々、抜ける青空と人工物のない自然の風景。
以前この地域に住んでいたころは、退屈でつまらない風景だと思っていたが、今見るととてもエモーショナルで、美しい。
そのまま撮る写真と、もう一つの写真を残す。
小さなバッグに入れていた自作の『かぐや』人形を一緒に入れたものだ。
人形入りの写真は、配信の時に流そうと思っていた。
「あんまり時間を開けずに流すと、サークルの先輩に正体バレちゃうかな」
れとろゲームサークルで配信者だとバレたらどうなるか。
彩花さんに夢中な先輩たちは平気だとしても、大学の他の人に広まってしまうだろう。
逆に先に自分からカミングアウトして、広めないように頼んだ方がいいかもしれない。
いくつか写真を撮り終えると、ひかるは旅館を目指し車道を走り始めた。
ひかるが旅館に着くと、外国人観光客が近づいてきた。
日本の庭、をバックに写真を撮ってほしいと言うことのようだ。
渡されたシンプルなカメラを構えて、写真を撮る。
カメラを返すと、外国人観光客は派手に喜んでくれた。
今、この国ではこういう外国からの旅行客をインバウンドと言って経済が活性化して喜んでいた。
ひかるは思い出した。
この旅館は大勢のインバウンド客で埋まっていた。
女風呂でも、廊下を歩いていても、部屋から庭を見ても、ずっと外国人客がいたのだ。
ひかるがこの地域にいたころ、インバウンドなどと言う言葉もなく、国内の観光客ですら滅多に見なかった。
「……」
正面の入り口で、ひかるはフロントにいる旅館の人に訊ねた。
「この旅館って、外国の方多いんですね」
「……そうですね」
ちょっとひかるを見ると、すぐに天井の方を見た。
「いつもこんなに繁盛してるんですか」
「そうですねシーズンの時はこんな感じ」
同じように一瞬、ひかるを見たら、ひかるの左手側、旅館の人から見て右上を見ている。
ひかるは、遠ざかっていく月と同じように弱くなっていく自分の力を使う。
フロント前を通過しながら、気持ちはそこにいる男の心に触れていく。
『正直、なぜこんなに外国人が来ているのか、分かってないんだ。ただ、聞かれた時に今日はなぜか外国人が多い。とは言えないんだ。口止めされているんだ』
ひかるはさらに心を潜って、口止めをしている人物を探っていく。
『お客さん、日本語お上手ですね』
外国人観光客と思われる人物は鋭く周囲に視線を配った後、微笑んだ。
『日本に何度も来てるから覚えました』
『そうなんですか。今日は“珍しく“いろんな外国の方が泊まっていて……』
その外国人観光客に口を抑えられる。
『あなたの身を守るためにも、“珍しく“ということは言わないほうがいい。あなた自身と他のお客様を危険な目に合わせないためにも』
旅館の人は、抑えられた手の力が強く、あまりにも素早かったことが恐怖と共に心に刻み込まれた。
ひかるは部屋に向かって歩きながら考える。
なぜこの旅館に『一時的に』外国人客が多いのか。
なぜ、それが『不自然だ』と話してはいけないのか。
その外国人客の『不自然さ』が度を越している、とでも言うのか。
部屋のフロアに上がるとひかるを見つけて、彩花が話しかけてきた。
「ひかるちゃん、桐谷くんと一緒じゃなかった?」
ひかるは瞬間的に彩花の心を読んでしまった。
「そんな……」
「ど、どうしたの?」
彩花はどうしてひかるがショックを受けたのか分からない。
「ちょっとフロントに行ってきます」
ひかるはすぐにフロントに引き返した。
さっきの旅館の従業員に声をかける。
「防犯カメラの映像を見せて」
それは会話ではなく、心を操る操作だった。
『はいどうぞ、こちらへ』
「他の従業員は入れないで」
『はい分かりました』
ひかるはパソコンの前に座り、旅館の監視カメラを操作した。
昨晩の宴会場でサークルがゲームをやっているところから、部屋に戻っていくところまでは桐谷は映っている。
遠藤や円谷が部屋から出てくる映像があり、この時間まで桐谷は部屋から出てこない。
ひかるは、外のカメラを追う。
庭や桐谷やひかるのいる建物を映していたが、深夜突然画像が途切れる。
「細工された」
ひかるはフロントを出て庭に向かっているカメラを確認する。
カメラの前に、落ち葉が張り付いている。
「……」
映っては困ることがあったのだ。
旅館の外壁を見ると、少し崩れたような跡がある。
下から鉤縄を引っ掛けて上がったか、上から下りてきたかは分からないが、外から窓を開けて侵入したらしい。
昨夜から室内の監視カメラに映っていないことも合わせて考えると、何者かが外部から侵入し、桐谷をさらった。あるいは桐谷本人が『部屋の外』へ逃げ出したのだ。
逃げ出す理由はない、はずだ。
妙な外国人観光客の目的がわかれば、本人の意思で消え去ったのか、連れ去られたのかわかるはず。
ひかるはフロントに戻ると、スマホを見ている外国人の心を読んだ。
「……」
何も読めない。
まるで尋問耐性訓練を受けているかのようだ。
これは訓練されたインテリジェンスがもたらすものだ。
月が離れ、力が弱まる中で、ひかるは精神を集中し、外国人の心を探査していく。
そして分かった事実は、こうだった。
彼らが某国の諜報員であること。
ターゲット名『竹』と呼ばれるオブジェクトを調査していること。
そして鍵を握る人物である『シュン・キリタニ』を先に手に入れることが必要である、と言うことだった。
「何故、私ではく、彼が対象になってるの……」
ひかるは考える。
自分一人で桐谷を探すことは無理だ。
どうしても『竹』の協力が必要になる。
ひかるはそのままの格好で旅館を飛び出すと、道なき道を走り出した。
どんどん遠くなる月の影響を感じながらも、並はずれた身体能力を用いて駅に向かったほうが、昨日のバスより速かった。
ひかるは街に近づくと、人間の身体能力にあわせてスローダウンした。
バスを使い駅に着くと、新幹線に乗った。
新幹線が都心に入ると、ひかるは自身がつけられていることに気づいた。
山中を走っていることに気づかれた訳ではない。
駅で待ち伏せされていたのだ。
ひかるは電車を乗り継ぐのをやめ、都心からタクシーに乗った。
いくつか出鱈目に道を指定すると今度は、タクシーを降りた。
裏路地を走り、地下鉄に入るときた電車に飛び乗った。
ひかるは思う。
この時点では追っ手を撒いているが、自宅近くの駅に先回りされているだろう。
ひかるはスマホを操作して調べると、二つ先の駅で下りた。
駅近くの店で服を買うと、そのままその服に着替えた。
動きやすく、それでいて厚手の生地でできたパンツと、皮のジャンパー。
皮の手袋、ライダーブーツ。
次はレンタルバイク店に入り、ロードバイクを借りる。
支払いは全てスマホに登録していたクレジットカードだった。
「……まさか、これで追跡されてる?」
ひかるはバイクで走り出すと、銀行のATMコーナーを見つけてバイクを止めた。
現金を引き出して上着に捩じ込むと、再びバイクにまたがる。
あと追跡するとしたら……
バイクのエンジンを掛けて、エンジンの吹けを確認する。
ひかるは空を見つめた。
衛星から追跡する、それくらいしかない。
流石に衛星の映像追跡からは逃れられないか。
だが桐谷を探すには『竹』とコンタクトを取るしかない。
ひかるは首都高を目指しバイクを走らせた。




