竹林の穴
佐藤大吾は走った。
竹林の奥から「何かでたぞ!」の声が上がったからだ。
枯れた竹林の調査をしたのは、地盤が緩むことではない。
この地下に何かがあると思っていたからだ。
調査隊が輪のように並んでいるところを、押し分けて入っていく。
「ついにでたんだ」
大吾は気持ちを落ち着かせようと、言葉をゆっくりと吐く。
竹の葉が折り重なった先に、穴が開いている。
「この中に?」
大吾の声に、誰も返事をしない。
囲んでいるメンバーの顔を一人一人、確かめるように見ていく。
「何があったんですか? 教えてください」
桐谷が調査隊に声をかけた。
そこには『れとろゲームサークル』の円谷、遠藤、桐谷、そしてひかるがいた。
大吾は『ひかる』の存在に気づいた。
大吾は、ひかるの前にいた調査隊の数名を退かせる。
「ようやく見つけたぞ。ここに何を隠しているのか暴いてやる」
ひかるにしてみれば、初めて見るこの男が、なぜこんなことを言っているのかわからない。だが、男が自分や竹林に疑いの目を向けている者であることは分かった。
大吾は振り返るとフラッシュライトの電源を入れ、ゆっくりと穴に降りていく。
調査隊の者も続いていく。
れとろゲームサークルのメンバーが近づくと、調査隊の者が止めた。
ひかるは、穴から聞こえてくる話し声を不安な気持ちで聞いていた。
ひかるはスマホを使って『竹』にメッセージを送る。
回答も既読もつかない。
スリープに入っているのかもしれない。
ひかるは試しに解除コマンドを送るが、応答しない。
スマホを見つめていると、穴から声が聞こえてきた。
「これワッ!」
「なにを見つけた!?」
「見てくださいこの形! 竹の根が、大きく何かを避けていたようです」
避けて、いた?
ひかるはその内容を聞いて疑問に思った。
もしかしたら『竹』は……
「ほら、この土、焦げたような跡が。溶けてガラス化したんじゃないですか?」
「……サンプルを取ってくれ」
と大吾は言った。
声は、明らかに残念そうに聞こえる。
「かなり大きな空間ですね」
「これは竹が作り出した自然の空間、ではないな」
「どうでしょう。現時点では、なにがこの空間を埋めていたかまでは分かりません」
ひかるは思い出す。
確かにこのあたりに『竹』があったはずだ。
だが、この穴から入り彼らが『竹』を見つけていないということは……
「ひかるちゃん、大丈夫?」
ひかるは桐谷に振り返る。
「えっ? なんで?」
「具合悪そうだから」
「大丈夫。うん、もう大丈夫、元気になった。桐谷くんが心配してくれたからかな?」
桐谷が照れたように笑った。
竹の存在を示すようなものがここの土から出るだろうか。
心配ではあったが、今すぐに何かが始まるということはないことは確信できた。
「早く宿に行きましょう? 大分寄り道しちゃったもの」
「そうだね。先輩にも声をかけよう」
竹林を抜け、れとろゲームサークルは山道を歩き続けた。
たどり着いた村の端に、立派な塀で囲まれた家が立っていた。
「ここが旅館?」
円谷が門の札を読む。
「そうだ、ここが予約した旅館だね」
遠藤も元気になってきたようで、宿の建物に反応を示す。
「古民家と言っていたけど、どっちかというとお屋敷だね。お代官様が住んでそうだ」
「これは庄屋というべきなのかな」
古風だが名主というか地主というか、とにかく立派な家だった。
ひかるたちは門をくぐり、誘導するようについている灯りに沿って進んでいく。
「ごめんください」
旅館風の受付があって安心する。
だが、誰も出てこない。
すると、浴衣を着た女性が奥からやってきた。
「ずいぶん遅いじゃない」
お風呂に入って、少し体が熱ったように肌に赤みを感じる。
洗いたての髪は後ろにまとめていて、うなじが色っぽい。
「アヤさま」
「彩花先輩、先に着いてたんですね」
「思った通り自動車の方が早いでしょ」
詳しく聞くと、都心で混んでいたが北に進むと高速も空いていたようだ。
しかし、新幹線の駅の時点ではひかる達の方が早かった。
ネックだったバスへの乗り換え時間、バス自体のスピード、そして最後の徒歩区間で逆転されたのだ。
話しているうち、旅館の従業員がやってきて泊まる手続きをした。
部屋割りは、桐谷を含めた男性が大きな部屋を使い、もう一つの部屋をひかると彩花が使うことになった。
「お風呂から上がったら食事からそのままミーティングに入るから、宴会場に集合ね」
遠藤に指示されると、各人は部屋に分かれた。
「ごめんねひかるちゃん。私はもうお風呂入っちゃったから、一人になっちゃうけど」
「ええ、大丈夫です」
ひかるは女風呂に入り、湯に浸かって考える。
確かにあの竹林の地下にいるはずだった。
だが『竹』はいない。
では、今どこにいる?
そしてなぜメッセージアプリに応答しない?
風呂場から少しだけ見える外は暗く月は見えないが、ひかるは空に月が上ってくるのを体で感じた。
月の力で体の能力が高まると、ひかるの中にある繁殖のための情動も高まってきた。
湯の中に体を沈め、思う。
今夜、桐谷と二人きりになれないだろうか……
ひかるは浴衣に着替えて彩花と一緒に旅館の宴会場に着いた。
食事の用意がされていて、男性と女性で対面するような配置になっていた。
男性陣はまだ宴会場に来ておらず、二人で座ると彩花が小さい声で訊ねた。
「桐谷くんとはどこまでの関係なの?」
「どこまで、も何も」
「えっ、それって無関係の関係じゃない」
ひかるはムッとした顔をしてみせた。
「桐谷くん格好いいから、やることやっとかないと取られちゃうわよ」
「そ、そんなこと」
「真面目な話、『一発』で逆転されちゃうよ。何にもそういう子見てきたから」
まさか彩花が『奪った』側として見てきたんじゃないだろうか。
ひかるはそう思った瞬間、怖くなった。
「あっ、私はとったりしないから大丈夫。私もホイホイやっちゃう方じゃないよ」
「……」
遠藤と円谷は自身が持ってきた『オタクくさい』スウェットを着て宴会場にやってきた。
桐谷は旅館据え付けの『浴衣』を羽織っていた。
和服姿は初めて見るが、意外に似合っている。ひかるはそう思った。
普段着痩せしているのか、浴衣一枚だと彼の体が『がっしりと』していることがわかる。
桐谷に声をかけようと思ったのに、ひかるは違った彼の一面を見た気がして、息をのむ。
桐谷はひかるの視線に気づいて、軽く手を振った。
「さあ、食事が終わったらゲーム大会するぞ。互換機を持って来てるからな」
大きなモニターにレースゲームの画像が映った。
「デ、デイトナUSA」
それは桐谷がこのサークルに入るきっかけになったゲームだった。
「確か触らせないって」
「さっきも言ったろう? 互換機だよ。昔のハードだったら触らせない」
「ヤッタァ!」
桐谷の笑顔を見て、ひかるは嬉しかったが、ひかるが心の底で期待していた出来事は起こりそうにないな、と思った。
食事の後、そのままゲームを続ける男性陣をよそに、彩花とひかるは適当に切り上げて部屋に戻った。
部屋は布団が敷かれていた。
ひかるは、窓際にある椅子に座ると『竹』のことを考える。
もし人間に見つかったとしたら、もっと大騒ぎがあるはずだ。
あらかじめ彼らの探査を察知して、どこかに移動したに違いない。
スマホを使って検索すると、前日のSNSにふしぎな画像が投稿されていた。
「これ……」
新たなスターリンクトレインの形か!? とタイトルがついている。
それは夜空に光を放ちなながら移動する飛行物体の映像だった。
菱形の編隊を組んだ光。
もしかすると『竹』が移動の際、擬態したものかもしれない。
とすれば……
ひかるはSNS投稿の映像に、位置が記録されているものを探す。
いくつかの写真に記録されていた情報から、時系列に位置を並べる。
目撃が途絶えた時間などを予測し、地図を眺める。
「……」
ひかるは、スマホの地図アプリで、ある場所にピンを打った。
「ひかるちゃん、今日、サービスエリアで買った限定スイーツあるんだけど、食べる?」
「わぁ、ありがとうございます」
そう言って自然な感じを装い、スマホをテーブルに伏せた。




