竹の中へ
ひかるはバイクを走らせながら、考えていた。
SNSの写真から『竹』の現在位置を推測したのだが、その程度のことを諜報員である彼らができないわけはない。
ある程度推測して、先回りしている可能性がある。
バイクで近づくとしても、あまり近づきすぎるとまずい。
ひかるは高速を下りると、山道を飛ばした。
追跡してくるバイクや車はいない。
見晴らしのいい山頂に、観光施設があった。
ひかるは駐車場にバイクを止めると、おみやげや、食事ができる施設へ歩いていく。
バイクから下りた時から、視線を感じる。
ひかるは深呼吸して心を読んでいく。ひかるを見ている心に触れる度、その心に問いかけた。
だが、問いかけた心から返ってくる内容から、それらは周りの観光客ばかりだった。
ひかるは、建物の屋上に出ると、周囲の山を見渡した。
頂に雪をたたえた国を象徴する山も見える。
人を配置するなら『竹』の予測地点を中心に配置するはずだ。
観光客は多く、時刻は昼を過ぎている。
月は地球の反対側だが、最も遠い場所は過ぎた。
敵意を持った人間を見つけ出すことだって可能なはずだ。
ひかるは必死に山を見つめるが『竹』を探す者、すなわち桐谷を連れ去った組織の者を見つけ出すことができない。
だが視線は確かにある。
ひかるは、屋上の手すりを飛び越えた。
「おい、キミ!」
「危ない!」
周囲が騒ぎ始める中、彼女は建物の縁を蹴った。
ひかるは十数メートル下の森へ落ちていく。
「飛び降りたぞ」
「警察を、救急車を」
ひかるはバイクを止めた駐車場から、十数キロ離れた山中にいた。
森を、崖を、大自然の中を小鳥が飛ぶように移動する。
幼い頃過ごした山中での経験が生きていた。
観光施設で感じていた視線は感じなくなった。
ひかるは崖の壁面に、妙な光のズレを見つけた。
それは時間にして数マイクロセカンドといったところだろうか。
それは彼女が異星人だからわかる違いだった。
ひかるが見る風景は、人類が見ているそれとは違うのだ。
光のズレは壁面の『穴』を隠すように発生していた。
ひかるは周囲を確認し、誰もいないとわかると崖の壁に手を伸ばす。
幽霊が壁を抜けるように彼女の腕が崖に突き刺さる。
ひかるは勢いよく頭も体もその崖の穴に突っ込むと、数秒ののちに崖に吸い込まれるように消えていった。
竹。
それは、ひかるを5.3光年の母星から運んできた宇宙船の、着陸艇だった。
宇宙船本体は、光速の90%で正確に制御され航行することが可能だ。
彼女は幼い頃、両親の記憶すらない頃、宇宙船に託された。
母星からずっと、船内で過ごしたひかる、つまり、エリシュア星のリスアにとって、地球までの旅は二年半ほどの感覚だったろう。
地球から観測していれば、約六年。
宇宙船の本体は、太陽を中心にして、地球と反対側にある。
さらに地球と同じ軌道を描いているため、常に太陽の向こうに存在する。
地球上の観測システムで発見することはまず出来ない。
宇宙船本体が持つ、光に近い速度で飛ぶ能力は、燃料が使い果たされ、今は機能しない。
ひかるが乗ってきた着陸艇は、主となるエンジンの仕組みが違うため、光速に近い速度は出せないものだった。
ひかるが入ると『竹』の中は、うっすらと光り始めた。
輝きは小さいが、人間が作るフリッカーがある光ではない。
少ない光量が絶え間なく続くものだった。
内部は筒の中のように、床も壁も天井も一体になり境目がなかった。
表面は濡れているように艶があり、輝きを放っている。
少ない光量で中を照らすために必要な工夫だった。
壁も床も天井も、全て柔らかくて丈夫に出来ていた。
ひかるが膝を抱えるように座ると、光が消えた。
さっきの光りよりさらに弱い光が、壁に浮かんだ。
それは『竹』の知能がひかるに話しかけるのに同期していた。
「地球人が追っているのは君なのか『竹』としての私なのか。まだ判断がつかない」
それは『竹』が作り出した音声ではなく、ひかるが読み取った『竹』の意思だった。
ひかるは床についた手のひらを通じて『竹』に伝える。
「地球からすれば、どちらも手に入れたいのでしょう。けれど、まだ私の目的までバレてはいないと思う」
「彼を連れ去ったということは、リスア様の彼への気持ちに気づいているのかも知れません」
ひかるは、動揺した。
「もし地球にエリシュアの技術が漏れたらどうなると思う?」
「私が語るしか技術を伝承する方法はないでしょう。直接私を解体して調べようとしたなら、一国の力では無理です。エリシュアを仮想敵にしたてあげ、リスア様を殺し、解剖する。そして私の仕組みを解析する超国家間プロジェクトで解析が始まるでしょう。もしそうなれば、奇跡的に各国が一丸となって世界平和…… とはいかないでしょうね。超国家間プロジェクトの中でも国ごとの探り合いが起こって、結局、争いごとは無くならないと思いますが」
「私や『竹』と対話して引き出そうとしたら?」
壁や床、天井の幾何学的な光からひかるは『竹』が悩んでいると感じた。
「平和的に進むパターンはそれでしょう。私は同時に何人とも会話ができますが、人間の言葉でエリシュアの科学を伝えるには、ものすごい時間がかかると思われます」
「人間でいうところの『核兵器』のようなものを持って、脅さないといけないのかしら」
真っ暗で、音も響かない空間で、二人の思考が考えを交わしている。
「おそらくですが、私の存在だけでも人類の脅威だと思われます」
「その意味はよくわからないわ」
巨大な質量を持った物体を光速の90%まで加速できる技術は、単純に考えて人類にとって脅威だろう。
技術はすぐに応用され、強力な兵器が作られる。
だが、『竹』の存在自体が脅威というのはわからない。
最終的にその技術の知識を持っているから、ということだろう。
「おそらく、今回の件で明らかになると思いますよ」
ひかるは、『竹』が言う本当の意味が、しっかりとイメージ出来なかった。
その後も『竹』との直接対話により、ひかるは様々な情報を交換した。
そして追跡者や、観察者に『竹』の場所がバレないよう、慎重に周りを確認してから外に出た。
様々な回り道をしながら、次の朝、ひかるは自宅に戻った。
まるで何事もなく『新人歓迎合宿』が終わったように家に入る。
だが、ここに至るまで、あちこちで監視している連中を確認していた。
当然ながら家の中も盗聴、盗撮されている可能性がある。
自分の部屋に入り、ひかるはすぐに配信の準備をした。
なんちゃって制服、いつものメイク。
カメラやPCのスタンバイ。
今日の配信の内容は、少し重い。
ひかるは、深呼吸するとクリックした。
画面が切り替わる。
夜空。
流れ星が現れ、消えていく。
シンセサイザーで作り出したツリーチャイムのような音が同時に流れる。
アニメ調の映像。
月から光る卵型の宇宙船が飛んできて、着陸する。
切れ目がないように見えたその表面が開くと、ツインテールの美少女アニメイラストアイコンが飛び出てくる。
美少女アイコンは、中央で大きく拡大していく。
拡大が止まると、画面上部にタイトルが降りてきた。
『かぐや姫は今夜も配信中』
しばらく固定表示した後、画面は切り替わって実際のカメラ映像になる。
パステルカラーのクッションや大きなぬいぐるみたちが背景に並んだ部屋。
中央には、アニメイラストに似せた現実の少女が座っている。
幼い感じや、カワイイ、というよりは、大人が少女のコスプレしているような雰囲気だ。
ツインテールに、なんちゃって制服が映える。
少女はカメラ目線で、ふざけた敬礼のように右手を頭につける。
「かぐや姫、ただいま着陸! 地球のネット回線、ちゃんと繋がってるかな?」
スラスラと流れるようなセリフ。
画面がオーバーラップして切り替わり、生配信に切り替わる。
そのせいで、一瞬で表情が固くなったように映った。
「今日は、ちょっと重いよ。覚悟して」




