###ある冒険者の受難 『天の息吹』(前)
目覚めて一番初めに行うことは、身を清めること。
神の前に出るのに、身を清めるのは当然のことだし、そうすることで清々しい気分になる。
自然と神への感謝の念が生じる。
神殿で一日の初めの感謝の祈りを奉げたあと、動き出す。
神の恵みをいただき、カフェ『水晶茶亭』に足を運ぶ。
冒険者は、ギルドや酒場で待ち合わせるパーティーも多いが、彼らのパーティーが待ち合わせに使ってるのは、いつも此処だ。
冒険者らしくはないが、静かな雰囲気が合っている。
もっとも此処に集まれるのは、冒険者としての依頼を受ける前だけだが。
冒険者パーティー『天の息吹』、エリナス教の聖職者であるセグリスが所属するこのパーティーは、アンデッド討伐の依頼を受けることが多い。
それは、教義においてアンデッドを退治することは正しい行いであり、アンデッドを浄化しその魂を救うことは、アンデッド自身の為になり、この世界も良くすると信じているからだ。
教義の実践を通し、神の教えを布教する・・その意味もある。
アンデッドを討伐すると、特に体が残っているゾンビタイプと戦うと、臭いがひどく街へ入るのも気が咎めるのだが、これは仕方がないことである。
今のうちにお気に入りの紅茶を楽しむ。
彼らのパーティーが、主に活動するトゥリィー大森林。
此処は良い薬草が採れることで有名なのだが、それにも増して有名なのがアンデッドの出やすさだ。
昔から、他の場所に比べてアンデッドの出現が多いことで知られている。
だから、この森で薬草採取をするのは、アンデッド退治に注力している『天の息吹』のパーティーにとっては、ごく当然の流れであった。
神の試練とはいえ、冒険者として生活していく以上は、お金が稼げる必要がある。
この森には何度も来ており、すでに何十体ものアンデッドを浄化している。
ランクもCランクと、ベテランの域に入る。
冒険者は、Cランクで一門の冒険者と言われている。
Bランクは一流の冒険者、Aランクはその上、冒険者の頂点。
Aランク冒険者ともなれば、国や領主からお声が掛かり、騎士や軍の将になることも夢ではない。
ちなみに、Dランクで食っていけるレベル、Eランクは半人前、Fランクはひよっこ、Gランクは新人・成りたて・予備軍、と言われている。
ちなみに、Sランクは問題外。
あれは、なりたいと思ってなれるものではなく、制度外のランクと言える。
これは、個人ランクの話しであり、パーティーランクというチームとしてのランクもある。
また、冒険者ギルドへの貢献度・護衛依頼における信頼度など目に見えにくい評価もある。
例えば護衛依頼の場合、いくら個人のランクが高くても、ギルドの信頼度が低ければ依頼の受理を断られるし、過去にトラブルがあれば受けることが出来ない。
冒険者のほとんどは、Dランクでその人生を終えたり、見切りをつけて冒険者を引退する。
それを思えば、冒険者として順調だ。
カラン、喫茶店のドアを開ける鐘が鳴り、パーティーメンバーの狩人のホグトが入って来る。
「早いな。」
「この前のこともあるしな。
準備に時間を掛けたくて、早くに家を出たんだ。」
あまり情報はなかったが・・・と、残念そうに言いながら、席に着く。
冷えた紅茶が運ばれ、それに口を付ける。
ホグトは狩人だ。
動物や魔物の足跡や痕跡から情報を得て行動する。
山の幸や薬草の採取、森の異変を街に知らせて報奨金を得たりして稼いでいる。
狩人が獲物の痕跡に詳しいのは獲物を狩る為だが、魔物の痕跡にも詳しいのは、主に魔物の襲撃を避ける為だ。
そう、普通の狩人は魔物と戦わない。魔物を避ける者だ。
狩人とは、戦士でもあるというより、森に詳しい人なのである。
この世界では弓が使えなかったり一般的では無いので、槍などの武器で、身体能力にものをいわせて狩るのが一般的だ。
狩人も腕が無ければ生活できないが、それよりも森の知恵や知識を使っての狩りが重視される。
狩りは生活であって、命懸けの賭けごとであってはならない。
その知恵の一つが罠である。
狩人は罠を多用して狩りをする。
そして、捕れた獲物を街に持って行って糧を得るのだ。
こっちの世界では魔物が多く、ほとんどの街は城壁や高い壁で覆われているので、牧場などの施設が少ない。
あっても軍や貴族用の馬や走竜、毛を取る為の羊などを飼育するのに手一杯、牛などの食肉を育てる余地がない。
土地は作物を育てる畑の方が優先される。
結果、食用の肉は、狩人が取ってくる物に依存することになる。
動物達は、魔物の住む森でどうしているかというと、別にどうもしていない。
魔物は、基本 動物はあまり襲わない。
もちろん、襲うこともあるが、人間に対するように執拗に襲ったりしない。
他の冒険者の魔法使いが言うには、魔物は、魔力や人の想い・魔素を感知している。
人間のように複雑な感情を有する生物の魔力を喰ったり、魔力を内包する生き物の命を狙うが、本能で生きる程度の思考の動物には興味を示さないらしい。
とにかく、魔物と戦う狩人は半人前だ。
しかし、冒険者の狩人は別だ。
魔物と戦う為にモンスターの知識を集め、死なない為に弱点を調べる。
街では情報を収集、パーティーで行動する際は先頭で偵察の役割も担う。
森に異変が起きていないか、街で他の冒険者と情報収集するのも、ホグトの仕事であった。
「なあ、何か聞こえないか。」
あまりと言えばあまりに定番な発言に、
「おい、止めろよ。」 と返してしまう。
・・が、(確かに何か聞こえるな。)
何かの動物の悲鳴、まさしく、絞められた時に上げるような、切羽詰まった啼く声が・・・・細くなり・・消えていく。
ホグトが前に出て、足音を忍ばせて音の方に近づく。
ピチョ・・ピチョ・・水滴の音が・・耳に湿る。
この辺りに水源は無かった、山の天気は変わりやすいとはいえ雨が降ったりもしてなかった・・はずだ。
最大限 気配を殺して、低木の茂みの隙間からそちらを窺うと、蹲り、生の兎を食べている何かの姿。
正確には、頭を丸かじりにした後、固まっていたのだが、そのことが余計に手に残る兎の死骸を引き立たせ・・・・時が止まったかのような不気味さを演出していた。
森の中で、口の周りを血に染めたスケルトンとの遭遇。
(あいつ、この前の奴だ!。)
ゴブリンを連れていた正体不明のモンスター。
雰囲気がヤバすぎて、ちゃんと確認するのを諦め、早々に撤退したやつだ。
スケルトン・・・いや、上位のスケルトンか?。
知性を感じる動きではないが、スムーズな動きで、これまで遭遇したどのアンデッドとも違う動きだ。
こちらに 気付かれていない。
そろりそろり、と後ろに下がる。
仲間と合流し相談する。
再度、ホグトが偵察に出るが、動く気配が無かったので、判断の為にも仲間と共にそのアンデッドの姿を確認する。
負の魔力が尋常ではない。
魔力を感じられない俺でもそう感じる禍々しさ。
アンデッドの浄化をパーティーの目的の一つとしているとはいえ・・あれは怖い。
足が竦む。
アンデッドとの遭遇は慣れている。
とはいえ、生きた兎を丸齧りするスケルトンは初めてだ。
今まで遭遇したスケルトンは、だいたいが意味もなく徘徊したり、生きた人間を殺そうと緩慢な動作で襲って来た。
改めて、アンデッドの邪悪さを再確認する。
あれほど高位のアンデッドとの戦闘経験は無いので、大丈夫か不安になる。
闇の中光る眼、その暗い空洞、いつも見るスケルトンとは比べようもない異様な気を放つ骸骨の姿。
ヒッ、と思わず声に出る。
仲間のものか、それとも自分の・・・・・。
皆が息の合った動きで、一斉に動く。
彼らのパーティーは、混乱していたにもかかわらず、いつも通りの動きが出来ていた。
一糸乱れず逃げる。
相手は追って来た。




