6場 悠輝の望み
階段を駆け下りながら、 悠輝はスマートフォンを耳へ押し当てた。
呼び出し音。
すぐに小林が出る。
「はい、小林です」
悠輝は息を整えながら言った。
「見つかりましたよ。 北条瑠奈様です」
電話の向こうで、 小さく息を呑む気配がする。
『……本当ですか?』
震える声。
『ありがとうございます……!』
悠輝は一瞬だけ目を伏せた。
「ただ——」
声が少し低くなる。
「記憶を失っています」
沈黙。
「医師の話では、 ショック性の記憶障害らしくて」
階段の踊り場で立ち止まる。
「一時的なものかもしれないし…… 戻らない可能性もあるそうです」
雨音が窓を叩く。
「とりあえず、 うちの事務所へお連れします。 小林さんもそちらへ」
『……わかりました』
電話が切れる。
悠輝はスマホを下ろし、 深く息を吐いた。
「……記憶喪失、ね」
乾いた笑いが漏れる。
「北条瑠奈であることに、 意味があるのに」
窓の外を見る。
雨。
灰色の街。
悠輝の表情が静かに歪む。
「俺は…… あいつらに家族を奪われた」
握る拳に力が入る。
「北条の、やつらのせいで、 全部壊れたんだ」
低い声。
「やっと…… 復讐のチャンスを掴んだと思ったのに」
唇を噛む。
「復讐するはずの相手は意識不明。 娘は記憶喪失——」
目を閉じる。
「じゃあ俺は…… 何のために生きてきた?」
静かな声だった。
だが、 その奥には長年積み重ねた憎しみが滲んでいる。
悠輝はゆっくり目を開ける。
その瞳に、 再び暗い炎が宿った。
「……いや」
低く呟く。
「まだ、あいつがいる」
副社長の北条 二郎の顔が脳裏をよぎる。
悠輝は拳を強く握り締めた。
「俺から家族を奪った奴らに…… 必ず復讐してみせる」
その瞬間、 激しい雷鳴が轟いた。
窓を叩く雨足が、 さらに強くなる。




