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5場  屋上


病室には、 瑠奈を保護した老夫婦がいた。


「あなたたちが、 あの子を探していたのね」


女性は安心したように微笑む。


「あの日、 雨の中で突然車の前に倒れ込んできたんです」


「何かの縁だと思ってねぇ」


隣の男性も優しく頷いた。


「家族が見つかって、 本当に良かったわ」


老夫婦は、ほっとしたような、どこかさみしそうな顔をした。


その言葉に、 シオンの胸がわずかに痛む。


——まだ、 本当の意味では安全じゃない。


女性はふと思い出したように言った。


「あの子なら今、 屋上にいますよ」




屋上へ続く扉を開く。


風が吹き込んだ。


曇り空の下、 一人の女性が空を見上げている。


長い髪が風に揺れる。


そして——


静かな歌声。




♪ この広い空の下


いつも見守っているよ




君が何をしていても


僕にはわかる




シオンが足を止めた。


その横顔から、 一瞬で色が消える。


「……まさか」


瑠奈は気付かないまま、 小さく歌い続ける。




♪ 君は一人じゃない——


シオンの瞳が揺れる。




その様子を、 悠輝はじっと見つめていた。


静かな沈黙。




やがて悠輝が、 わざと軽い声を出す。


「あー…… 俺、小林さんに連絡してきます。」




返事を待たず、 屋上を後にする。


扉が閉まり、 静寂が落ちた。


風の音だけが響く。


シオンはゆっくり瑠奈へ歩み寄る。


少し迷うように口を開いた。


「……いい歌ですね」


瑠奈が振り返る。


どこか儚い微笑み。


「そう、ですか?」


「ええ」


シオンは空を見上げた。


「懐かしい気がします」




瑠奈は不思議そうに首を傾げる。


「私も…… どうしてこの歌を知ってるのか、


わからないんです」


曇った空を風が流れていく——。




瑠奈はゆっくりシオンを見上げた。


「……あなたは、どなたなんですか?」


その瞳には、 警戒と不安が滲んでいる。


シオンは少し言葉を選ぶように間を置いた。


「私は…… あなたの知人から、 “探してほしい”と依頼を受けた者です」


瑠奈は静かに瞬きをする。




「まずは…… 無事で良かった」


その言葉に、 瑠奈の表情がわずかに揺れた。


「無事……?」


自嘲するように笑う。




「自分が誰なのかも、 わからないのに」


曇り空を見上げる。




「時々…… 足元から崩れていくみたいな気持ちになるんです。漠然とした不安や悲しみがないまぜになって押し寄せてくるような…」




風が吹く。


瑠奈は小さく続けた。


「私を助けてくれた杉本さん、


私のこと“はなちゃん”って呼ぶんです」


シオンは黙って聞いている。


「呼ぶ時、 すごく優しい顔をするの」


少し笑う。


「でも…… どこか悲しそうで」


視線を落とした。


「“はなちゃん”って、 亡くなった娘さんの名前なんですって」


静かな沈黙。


「“生きてるだけでいいんだよ”って、 いつも言ってくれるんです」


その声は、 どこか震えていた。


「……でも」


瑠奈はゆっくりシオンを見る。




「私の名前は、 何なんでしょう」


シオンは真っ直ぐ答えた。


「北条瑠奈さんです」


瑠奈はその名前を、 心の中で繰り返すように呟く。


「……北条、瑠奈」




少し考え込み、 やがて小さく首を振った。


「……やっぱり、 何も感じないわ」


シオンの表情が曇る。




沈黙。


遠くで雷鳴が低く響いた。


やがてシオンは静かに口を開く。


「とにかく…… 私のところへ来てください」




瑠奈が驚いたように目を見開く。


「自宅じゃなくて?」


シオンはわずかに視線を逸らした。


「……今は、 少々危険なんです」


瑠奈の表情が強張る。


「危険……?」


シオンは答えない。


代わりに、 そっと瑠奈へ手を差し出した。


一瞬ためらいながら、 瑠奈はその手を見る。


シオンもどこか戸惑ったような顔をしていた。


それでも、 静かに言う。


「大丈夫です」


風が吹き抜ける。


瑠奈はゆっくり、 その手を取った。

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