7場 再び探偵事務所
探偵事務所には、 重い沈黙が流れていた。
雨音だけが静かに響く。
扉が開き、 小林が姿を現す。
その視線が瑠奈を捉えた瞬間、 張り詰めていた表情が崩れた。
「……良かった」
掠れた声。
「ご無事で……」
小林は深く頭を下げる。
「社長は、 まだ意識が戻っておられませんが……」
瑠奈は少し戸惑ったように、 小林を見つめた。
「……あなたは?」
小林の表情が曇る。
「やはり…… 記憶は戻られていないのですね」
静かに名刺を差し出した。
「私は北条コンツェルン第一秘書の、 小林と申します」
「瑠奈様が幼い頃から、 社長のお側で働いております」
瑠奈は名刺を見つめる。
「……そうなんですね」
少し間を置き、 不安そうに尋ねた。
「私のことも、 よく知っているんですか?」
小林は優しく微笑んだ。
「ええ。 もちろんです」
その目が少し潤む。
「記憶がなくとも…… 生きていてくださるだけで十分です」
瑠奈は困ったように小さく笑った。
「ありがとうございます……」
空気を切り替えるように、 シオンが口を開く。
「さて、 これからの話ですが」
全員の視線が集まる。
シオンは静かな口調で続けた。
「瑠奈さんは、 現在も非常に危険な状態にあります」
窓の外で雷が鳴る。
「あの日、 社長は確かに撃たれた。 しかし犯人はまだ捕まっていない」
「副社長・北条二郎—— 彼が関わっている可能性は高い」
皆を見渡しシオンは続ける。
「ただ、 決定的な証拠がない」
重苦しい沈黙。
やがてシオンは、 ゆっくりと言葉を続けた。
「だからこそ、こちらから揺さぶりをかけます」
小林が顔を上げる。
「……何を?」
「明日、 副社長主宰のチャリティパーティが開かれます」
シオンの瞳が鋭くなる。
「そこへ瑠奈さんに出席してもらう」
その場の空気が凍りついた。
「なっ……!」
小林が立ち上がる。
「私は反対です!」
声が震えている。
「そんな危険なことを、 記憶を失っている瑠奈様に——」
シオンは冷静に言った。
「二郎氏は、 瑠奈さんが現れれば必ず動揺する」
「もし何か動きを見せれば、 そこを押さえる」
「警察にも協力を要請します」
小林は苦しげに瑠奈を見る。
「ですが……!」
沈黙。
その時、 瑠奈が静かに口を開いた。
「……私、 行きます」
全員が瑠奈を見る。
瑠奈は不安を押し隠すように、 ゆっくりと言葉を続けた。
「怖いです」
小さく震える声。
「でも…… もしかしたら、 記憶が戻るきっかけになるかもしれない」
空を見上げるように、 視線を上げた。
「それに…… ずっと逃げてるだけなのも嫌なんです」
静かな決意。
シオンは瑠奈を見つめる。
そして短く頷いた。
「……わかりました」
「俺達が守ります。」
その視線が悠輝へ向く。
「悠輝」
悠輝が顔を上げる。
「頼むぞ。」
一瞬。
悠輝の表情がわずかに曇る。
復讐。 憎しみ。 揺らぐ感情。
全てを押し込めるように、 ゆっくり頷いた。
「……了解です」
シオンは小林へ向き直る。
「警察にも根回しはしてあります。」
「小林さんも、 同席してください」
小林はしばらく黙ったまま、瑠奈の顔を見て、 やがて静かに頭を下げた。
「……承知しました」
外では、 再び雨が強くなり始めていた——。




