3場 副社長の望み
重厚な社長室に、低い声が響く。
「副社長、ご報告があります。」
窓際に立っていた男が、ゆっくりと振り返った。
「…何だ、瑠奈が見つかったのか?」
「いえ。依然として消息不明です。ですが」
秘書らしき男が続ける。
「社長の第一秘書の小林が探偵事務所へ出入りしているようです。」
男の目が細くなる。
「探偵事務所…」
静かな沈黙。
やがて、副社長は低く笑った。
「なるほど。小林らしいな。」
窓の外では雨が弱まり始めている。
「探れ」
「…は?」
「小林の動向を探れと言ったんだ。」
男の声が冷たくなる。
「探偵が瑠奈を見つけたら、すぐに報告しろ。」
秘書の顔が強ばる。
「…承知致しました。」
深く一礼し、男は社長室をあとにした。
扉が閉まる。
静寂。
副社長は再び窓の外に目を向けた。
「…雨はあがったか。」
街の灯が濡れた窓に滲む。
「兄さんは意識不明。瑠奈は行方知らず…」
ワイングラスを手に取り、ゆっくり揺らす。
「このままなら会社は私のものだ。」
男の口に、笑みが浮かぶ。
「私はこの会社を私のものとしたい。
そして、さらに大きな高みを目指すのだ。」
その瞳には、狂気にも似た熱が宿っていた。
「兄の経営は甘すぎる。」
声が次第に熱を帯び、大きくなっていく。
「利益を生み出してこそ会社。客のため?社員のため?」
吐き捨てるように笑う。
「慈悲などいらぬ。」
窓ガラスに自分の姿が映る。
「すべては私の為に存在する。」
その時ふと男の表情が曇った。
「あれは、20年近く前だったか」
遠くを見る目。
「付き合いのあった下請け会社が経営難に陥った。」
「私は言ったんだ。今ならまだ、吸収合併出来ると」
グラスを握る指に力が入る。
「だが、やつは迷った。持ち直せるかもしれないなどと、くだらない情に縋った。」
低く吐き捨てる。
「結果はどうだ。」
沈黙。
「会社は倒産。一家は借金で崩壊した。」
二郎の目がわずかに揺れる。
「ただ一人残された幼い息子。」
雨粒が窓をつたう。
「葬式で見たあの子の目…」
静かな声。
だが、そこには確かな感情が滲んでいた。
「経営とは、時に残酷な決断を下すものだ。」
ゆっくりとグラスを掲げる。
「兄にはそれが、わからない。」
遠くで雷がなった。




