探偵事務所―病室
宝塚歌劇が大好き。宝塚でこんなお話観てみたいから始まった脳内宝塚歌劇。
推しのスターさんを想像して、自由にあなたの舞台を開幕してください。
脳内宝塚歌劇、記念すべき第一作。
今、開幕です。
脳内宝塚歌劇
作 一の坂 さくら
プロローグ
雨足が強くなっていた。
ディナーを終えた親子連れが、レストランから姿を現す。
初老の男は空を見上げ、 「ひどい雨になったな」 と隣を歩く娘に微笑みかけた。
その時、黒塗りの車が玄関ポーチへ滑り込む。
運転席から男が降り、深く頭を下げた。
「社長、こちらへ」
男は足を止める。
「……君は誰だ?」
娘が父を見上げる。
「佐藤君はどうした?」
次の瞬間だった。
レストランの入口付近で悲鳴が上がる。
「誰か! 人が倒れてる!」
弾かれたように振り返った瞬間——
乾いた銃声が夜を裂いた。
閃光。
初老の男の身体が大きく揺れる。
「お父様!!」
男は倒れ込みながら、 娘の腕を強く掴んだ。
「逃げろ……!」
雷鳴が轟く。
悲鳴。 怒号。 降りしきる雨。
娘は必死に駆け出した。
——どうして? ——何が起きているの?
涙と雨で視界が滲む。
どこを走ったのかもわからない。
細い路地へ飛び込んだ、その瞬間。
眩いヘッドライトが、 彼女の身体を白く照らし出した——。
一場
探偵事務所のソファに寝転がりながら、 一ノ瀬悠輝は大きく伸びをする。
「雨、やまないかなぁ」
机に積まれた書類を眺め、 盛大にため息をついた。
「田中さんちのタロー探しに行くの、正直だるいんですけど」
朝霧シオンは書類から目を離さない。
「もっとこう…… 某アニメみたいな事件とか起きないんですか?」
シオンが鼻で笑う。
「知ってるか? 探偵事務所の仕事の八割は、人探しか浮気調査だ」
「夢がないなぁ」
「これも仕事。 おまんま食うためだ」
シオンは封筒を悠輝へ放る。
「ほら、働け」
「へーい」
不服そうに返事をし、 悠輝は傘を掴んで事務所を出ていった。
静かな雨音だけが残る。
しばらくして、 シオンがおもむろに口を開いた。
「……入らないのか?」
扉の向こうで気配が止まる。
やや間があって、 恐る恐る男の声がした。
「……なぜ、わかったんです?」
シオンは窓の外を眺めたまま答える。
「雨の中、 このビルの前を何度も往復してる困り顔の男がいたらな。 “ここに用事があるのか”って考える」
ゆっくり振り返る。
「あいにく、この雑居ビルに入ってるのは、 下の喫茶店とうちだけだ」
「ああ……なるほど」
妙に納得した様子で、 男は事務所へ入ってきた。
スーツ姿。 神経質そうな顔。 濡れた眼鏡をハンカチで拭っている。
シオンは椅子を勧めた。
「で? どんなご依頼です?」
「浮気調査なら他を——」
「いえ、人探しです」
男の表情が強張る。
「三日前、 レストラン“ピガール”で起きた事件はご存知ですか?」
シオンの目が細くなる。
「……社長が撃たれた事件か」
「はい」
男は小さく頷いた。
「私は被害者の関係者です」
窓の外で雷が鳴る。
「あの時、 社長の娘さんも一緒にいたはずなんです。 ですが社長が撃たれた直後、 その場から走り去り…… 以来、行方がわからない」
「社長?」
「申し遅れました」
男は深く頭を下げた。
「北条コンツェルンで第一秘書をしております、 小林と申します」
「北条コンツェルン……」
悠輝なら間違いなく口笛を吹くところだ、 とシオンは思った。
「大企業ですね。 警察も動いているでしょう」
小林は声を落とす。
「実は…… 社長の実弟である二郎様が、 関わっている可能性があるのです」
空気が変わる。
「兄弟間の争いなど表に出れば、 大スキャンダルです。 しかし今は…… お嬢様を見つけることが先決で」
小林は頭を下げた。
「どうか、お力をお貸しください」
シオンはしばらく黙っていた。
雨音だけが響く。
やがて静かに口を開く。
「……わかりました」
小林が顔を上げる。
「お引き受けします。 詳しい話は明日改めて聞かせてください」
「ありがとうございます……!」
「その代わり」
シオンの視線が鋭くなる。
「くれぐれも内密に」
小林は力強く頷いた。
見送りを終え、 ドアが閉まる。
その瞬間、 背後から声がした。
「へぇ。 某アニメみたいな事件じゃないですか」
いつの間にか戻ってきていた悠輝が、 濡れた髪をかき上げながら笑う。
シオンはため息をついた。
「タローは?」
「秒で見つかりました」
2場
——どこかで、誰かが泣いている。
泣いているのは…… 私?
娘は夢を見ていた。
薄い光の中、 小さな女の子が泣いている。
その前で、 年上の少年が困ったように膝をついていた。
「お母様が…… 天国に帰ってしまったの」
少女はしゃくり上げる。
「もう会えないの…… るな、いい子にしてるのに」
少年は黙って少女の涙を見つめた。
「お母様に会いたい……」
しばらく考え込み、 やがて優しく微笑む。
「君の名前は?」
「……るな」
「そっか。るな、あのね」
少年は空を見上げた。
「るなが泣くと、 お空の上からるなが見えなくなるんだって」
少女が顔を上げる。
「涙で空が曇っちゃうから」
「……ほんと?」
「うん。 だから笑ってた方がいいんだ」
少年は少し寂しそうに笑った。
「お母様が、 るなを見つけやすいように」
少女は慌てて涙を拭う。
「それはいや…… お母様に、るなを見てほしい」
少年は小さく頷いた。
「僕のママも、 お空にいるんだ」
一瞬、 二人の間に静かな沈黙が落ちる。
やがて少年は、 空気を変えるように立ち上がった。
「そうだ。 素敵な歌を教えてあげるよ」
少年は静かに歌い始める。
♪ この広い空の下
いつも見守っているよ
君が何をしていても
僕にはわかる
太陽になって君を包み込む
雨の日には雨粒になって窓を叩くよ
この広い空の下
僕を思い出して
君は一人じゃない
僕も、一緒だ——
歌声が遠ざかっていく。
瑠奈はゆっくり目を開けた。
白い天井。
知らない部屋。
「……ここは……?」
どこか懐かしい歌が、 まだ耳に残っている気がした。
ぼんやりしていると、 部屋の扉が開く。
「まあ、目が覚めたのね!」
高齢の女性が駆け寄る。
「お父さん、先生を呼んできて!」
奥から男性が慌てて出ていく。
女性は安心したように胸を撫で下ろした。
「あなた、 雨の日に私たちの車の前で倒れ込んだのよ」
「そのあと高い熱が続いて…… ずっと眠ったままで」
瑠奈は戸惑ったまま周囲を見回す。
女性は優しく微笑んだ。
「ご家族も心配してるでしょうし、 連絡してあげましょうね」
「あなた、お名前は?」
瑠奈は口を開く。
「名前……?」
何も浮かばない。
頭の中が真っ白だった。
「連絡先、わかる?」
わからない。
どうして——?
私は…… 誰?
その時、 医者らしき男性が部屋へ入ってきた。
瑠奈の様子を見るなり、 表情を引き締める。
「大丈夫、大丈夫」
安心させるように穏やかな声で言った。
「長く眠っていたから、 頭が混乱しているんだよ」
「一時的なものかもしれない。 心配しなくていい」
額に触れる。
「まだ熱があるね。 水分を取って、もう少し休みなさい」
医者は老夫婦を伴って部屋の外へ出た。
扉の向こうで、 小さな声が聞こえる。
「……ショック性の記憶障害かもしれません」
老夫婦が息を呑む。
「突然思い出す場合もあるし…… このまま戻らないこともあります」
重い沈黙。
「どちらにしても、 一度きちんと検査をした方がいいでしょう」
老夫婦は不安そうに顔を見合わせた——。




