16場 本社ビル 屋上
翌朝早朝——。
北条グループ本社ビル。
高層ビルの屋上に、 瑠奈は一人で立っていた。
風が強い。
曇天の空。
遠くで雷鳴が響く。
やがて、 屋上の扉が静かに開いた。
現れたのは、 北条二郎だった。
その顔には、 明らかな疲労が滲んでいる。
一睡もしていないのだろう。
目の下には深い隈が浮かんでいた。
二郎は瑠奈を見据える。
「……本当に、 記憶が戻ったのか?」
低い声。
「本当に、 あの日の会話を聞いたのか?」
瑠奈は冷静に答えた。
「記憶は…… まだ曖昧です」
風が吹き抜ける。
「でも、 運転手が入れ替わっていたこと」
「お父様が驚いていたこと」
「その直後、 銃を持った男が現れたことは覚えています」
二郎の表情が険しくなる。
瑠奈は続けた。
「お父様、 言ったんです」
ゆっくり二郎を見る。
「“二郎”って——」
静寂。
「銃を撃たせたは…… 叔父様なの?」
二郎はしばらく黙っていた。
やがて、 静かに笑う。
「……思い出したか」
その笑みは、 どこか壊れていた。
「そうだよ、瑠奈」
低く響く声。
「兄さんを撃つ様に、私が言ったんだ。」
風が強く吹く。
「子供の頃から、 兄が憎かった」
二郎の瞳に、 長年積み重ねた嫉妬が滲む。
「長男だからというだけで、 当然のように会社を継ぎ——」
「私こそ、 この会社を動かすべき男だった」
拳を握り締める。
「兄の下で働くことが、 屈辱だったんだ!」
瑠奈は悲しそうに首を振った。
「……そんな理由で」
震える声。
「人を殺そうとしたの?」
二郎は冷たく笑う。
「兄はもう長くない」
そして、 どこか懐かしそうに瑠奈を見る。
「小さかったお前は、 泣いていたな」
「お母様に会いたいと——」
ポケットへ手を入れる。
「今、 会わせてやる」
次の瞬間——。
二郎は拳銃を取り出し、 瑠奈へ向けた。
その時だった。
バンッ!
屋上の扉が勢いよく開く。
「そこまでだ!」
シオンと悠輝が駆け込んできた。
シオンが二郎を鋭く睨む。
「しっかり独白、 聞かせてもらったぜ」
低い声。
「——これで終わりだ」
二郎は舌打ちした。
「チッ……!」
すぐさまイヤホンへ怒鳴る。
「病院にいる兄を始末しろ!」
その瞬間——
「いい加減にしろ!!」
力強い声が響き渡った。
全員が振り返る。
そこにいたのは——
車椅子に座った、 北条社長だった。
小林がその背後に立っている。
「……兄さん!?どうして?」
二郎の顔が凍りつく。
「なぜ……ここに……」
社長は静かに二郎を見つめた。
その横で、小林が一歩前へ出る。
「社長は、かなり前に意識を取り戻されていました」
二郎が目を見開く。
「何だと……?」
「混乱を避けるため、公表を控えていたのです」
静かな声。
「昨夜、シオン様からご連絡を頂きました」
小林は瑠奈を見る。
「瑠奈様が、二郎様に呼び出されたと」
「社長をお止めしました」
少しだけ苦笑する。
「ですが——」
社長が言葉を引き継ぐ。
「娘が危険な場所へ行くというのに」
穏やかな声。
「父親が行かないわけにはいかんだろう」
社長は静かに二郎を見つめた。
「お前が、 わしを憎んでいることは知っていた」
苦しそうに咳き込む。
「だが…… いつかわかり合えると信じていたんだ」
二郎は激しく首を振る。
「兄さんの経営は甘い!」
怒声。
「人のため!? 社員のため!?」
「そんな甘いことを言っているから——」
その目が社長をまっすぐとらえる。
「一ノ瀬の会社も潰れたんだ!」
その言葉に、 悠輝の表情が変わる。
社長は静かに目を伏せた。
「……そうか」
「お前、 一ノ瀬君と親しかったな」
悠輝は言葉を失う。
社長は続けた。
「わしは、 彼に援助を申し出た」
「だが彼は断ったんだ」
遠くを見る目。
「もう少し、 自分の力で立て直したいと」
「経営者として、 その気持ちは理解できた。」
悔しそうに拳を握る。
「だが…… 気づいた時には、 もうどうにもならない状態だった。」
静かな沈黙。
「だから、 残された社員が困らないように、 会社を引き取った。」
「名義も共同にした。」
「……いつか、 彼の息子が現れた時に返せるようにな」
「……なんだって?」
二郎が呆然と呟く。
シオンも息を呑む。
「俺は…… ずっと……」
悠輝の拳が震える。
「北条グループに、 家族を壊されたと思ってた」
苦しそうに目を閉じる。
「復讐の機会ばかり探して……」
「俺は…… 思い違いを——」
その時、 再び屋上の扉が開いた。
警察官たちが駆け込んでくる。
「北条二郎!」
鋭い声が響く。
「殺人教唆、 及び殺人未遂の疑いで逮捕する!」
二郎は抵抗せず、 ただ兄を見つめていた。
やがて、 静かに連行されていく——。
「兄さん、私は、あなたに認めて貰いたかった…。」
警察が去った後。
瑠奈が父へ駆け寄った。
「お父様……!」
涙ぐむ。
「ご無事で…… 良かった……!」
社長は優しく微笑み、 瑠奈の頬へ手を添えた。
「瑠奈…… 記憶は?」
瑠奈は頷く。
「叔父様が銃を向けた瞬間…… 全部思い出したの」
社長は安心したように目を細めた。
「……そうか」
だがすぐに咳き込む。
「社長、 そろそろお戻りを」
小林が静かに声をかけた。
その時。
「……あの!」
悠輝が前へ出る。
拳を握り締めていた。
社長は優しく笑う。
「君が…… 一ノ瀬君の息子さんだね?」
悠輝が目を見開く。
「どうして……」
「全部、 シオン君から聞いたんだ」
社長は懐かしそうに微笑んだ。
「……よく似ている」
「強い瞳が、 彼そっくりだ」
悠輝は言葉を失う。
社長は穏やかに続けた。
「今後のことは、 またゆっくり話そう」
苦笑する。
「わしもまだ本調子ではないし…… さっきから小林が睨んでいる」
小林が即座に返す。
「当然です」
社長が笑う。
「こいつを怒らせると怖いんだ」
瑠奈が思わず吹き出した。
車椅子がゆっくり去っていく。
その背中を見送りながら——
屋上には、 シオンと悠輝と瑠奈だけが残った。




