12場 思い出の歌
ようやく、 探偵事務所へたどり着いた。
シオンは鍵を閉め、 小さく息を吐く。
「……なんだかんだ、 ここが一番安全かな」
瑠奈もようやく緊張が解けたように、 静かに周囲を見回した。
見慣れた古い事務所。
散らかった書類。
コーヒーの匂い。
けれど、 どこか安心できる空間だった。
シオンは奥を指差す。
「仮眠用のベッドがある」
少し照れくさそうに続けた。
「今日はそこ使って」
棚を開け、 適当に服を取り出す。
「着替えも、 俺のでよければ使えよ」
瑠奈が服を見る。
「……ジャージ?」
「ドレスじゃ眠れないだろ」
さらりと言うシオンに、 瑠奈が思わず笑った。
「ありがとうございます」
しばらくして——
衝立の向こうから、 瑠奈が姿を現した。
ぶかぶかのトレーナー。
袖は余り、 ジャージの裾も引きずりそうになっている。
それを見た瞬間、 シオンは思わず吹き出した。
「……っ、はは」
瑠奈が頬を膨らませる。
「そんなに変ですか?」
シオンは笑いを堪えながら答える。
「いや…… さすがにサイズ合わないなと思って」
瑠奈もつられて笑った。
先ほどまでの緊張が、 少しずつほどけていく。
瑠奈はソファへ腰を下ろした。
そして、 改めてシオンを見つめる。
「本当にありがとうございます」
静かな声。
「私たち家族の問題に、 皆さんを巻き込んでしまって……」
シオンはコーヒーを淹れながら、 肩をすくめた。
「探偵だからな」
湯気が立ち上る。
「多少の危険は、 仕事のうちさ」
カップを差し出す。
「……怖いか?」
瑠奈は少し考え、 小さく頷いた。
「はい…… 少し」
カップを両手で包み込む。
「でも、 皆さんがいてくれますし」
その言葉に、 シオンの表情が柔らかくなる。
瑠奈はふと、 遠くを見るような目をした。
「……一つ、 思い出したことがあるんです」
シオンが顔を上げる。
「本当に?」
瑠奈は静かに頷いた。
「小さい頃の記憶です」
懐かしそうに微笑む。
「泣いている私に、 歌を教えてくれた男の子」
シオンの手が止まった。
コーヒーカップの中で小さく波紋が揺れる。
「“泣くと、 お空が曇って見えなくなるよ”って——」
その瞬間。
シオンと瑠奈、 二人の声が重なった。
瑠奈が驚く。
「……どうして?」
だがシオンは答えない。
静かに、 あの歌を口ずさみ始めた。
♪ この広い空の下——
瑠奈が息を呑む。
やがて、 そっとその歌声に重ねた。
二人の声が、 静かな事務所に溶けていく。
まるで、 遠い記憶をなぞるように——。
歌が終わる。
静かな余韻。
シオンは窓の外を見ながら、 低く言った。
「……明日も、 たぶん動きがある」
瑠奈も静かに頷く。
シオンは振り返り、 優しく微笑んだ。
「今日はもう、 休んだ方がいい」
その声は、 どこまでも穏やかだった。




