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『ミカエラさま、いい人そうで良かったね』
『…………オレはリリが怖く思うけどな』
『え、なんで?』
『定期的にレクスの情報を共有する代わりに味方になるって。そりゃオレだから構わねぇえど、喜々として賛同するの普通に抵抗あるもんだろ』
ミカエラは過激なレクスの顔ファンだった。
とりあえずは十回くらいは擦れる脅迫材料を手に入れたからか、終始リリは上機嫌に鼻歌を歌っている。
『リアはどう思うの?ミカエラさまのこと怖いって思う?』
『怖いの定義による』
『定義?』
『聖騎士としての武力が怖いのか、あるいは持っている権力が怖いのか。それともミカエラ本人の人間性が怖いのか。今のところ、オレが一番怖いって思うのはリリだけど』
『私、そんなに怖くないと思うけど』
本気で殺されかけた相手をいい人だと褒めている時点で、どう考えても真っ当な思考回路はしていないのだが。
先ほどの出来事の記憶を眺めるリリは、それこそ初めて魔法を見せたときと同じくらい瞳を輝かせている。
(…………ま、ここで怖気づかれるよりは幾分かマシか)
ひとまずミカエラを味方にできたのはレクスにハーレムを作らせる計画においては非常に大きい。
少なくとも教会側からの圧力はあれど、武力を用いた排除が即座に起こる可能性は低くなった。
実際、「魔王」に真正面から喧嘩を売る人間はいない。
単純に強いのもあるが、誰だって得体の知れない存在に関わりたいとは思わない。
『…………まずは、そこからか』
『どうかしたの、リア?』
『いや、なんでもない』
リリの問いを適当に聞き流し、オレはレクスの住まう別館から本館へと戻る。
時刻は昼過ぎ。
魔法の勉強については基本は自主学習なので、決まった時間にどこかにいないといけない決まりはない。
ただし、大人数で行う実習の類に関しては、暗黙の了解として全員参加が強制されている。
「リリア・モーント・シュトラーレ」
一切の省略もせず。
この一週間ずっとフルネームで呼び続けてくる、この女の影響で、だ。
「随分と遅い戻りですが、いったい何をしていたのですか?」
「お疲れ様です、フロスト先輩。少し我が師に呼ばれまして…………」
「存じております。聞いているのは、どうして呼ばれたのかの理由についてです。行き先は聞いていません」
銀色の髪に、白く透き通る瞳。
さながら足跡のない雪原が人の形をしたような出で立ちに、雪の結晶を模した髪飾り。
氷のような感情のない言葉は、今のオレですら僅かに怯むほどの圧を感じる。
名前を、フロスト。
彼女がそう名乗るので出生などの詮索はできず、それでも魔法の才能はレクスの弟子たちの中では一番。
そのため、オレを含めた弟弟子の面倒や、レクスに変わり魔法の勉学を教える役目なども担っている。
(こんなやつ記憶に全くないんだが…………生憎と、一度目のオレは弟子の顔すら満足に覚えていなかったからなぁ)
一度目の人生は、とにかく「魔王」としての才能を振り回し、異性を侍らせることに執着し。
それが叶わないと理解してからはずっと、転生魔法の開発に没頭していた。
(改めて振り返るとシンプルに屑すぎるな。回想に他人の影すら出てこない)
あまりにも自分本位がすぎる生き方に、オレは内心で一度目のオレに呆れ果ててしまう。
とはいえ状況はフロストに質問されたところ。
ここは素直に、恭しく頭を下げるべきだろう。
「この一週間のことで、特に困ることなどがないか窺われただけです。有難い話ですが、気にかけていただけているみたいですので」
「それで、どう答えたのですか?」
「とてもよくしてもらっています、と」
実際、フロストの魔法の才能は本物だろう。
他の「魔王」ほどではないにしても、その知識も技術も、先天的な才能も全てが揃っている。
一番弟子を名乗り、指導官を担うには十分すぎる実力だ。
「…………」
ただ、この女は些か当たりが強すぎるのだ。
この状況は普通に見れば、レクスからの寵愛を受けていることに納得できないように見えるが。
実際のところ、フロストは本気でオレが何をしていたのか知りたいだけ。
「どうやら、嘘はついていないようですね」
「無論です。本心ですから」
「誠から出る言葉であれば、本心、などと口にしないと思いますが」
オレ以外にも、例えば教会から派遣された宮廷使いの役人や、オレとさほど離れていない弟子に対しても。
フロストは表情一つ変えることなく、相手の言葉尻を捉えては、さながら審判を下すような態度で質問を繰り返してくる。
(ミカエラが口にしていた、魔法を学ぶ師は慎重に選べ、だったか。あれはきっと、コイツのこの態度が一因だったりするんだろうな。実体験も込みで)
とはいえ、ここでこれ以上揉める理由はない。
「失礼しました。誤解を招いてしまったこと、ここに謝罪させていただきます」
シュトラーレの家で散々叩き込まれた礼節の数々。
そのあまり楽しくはない記憶を思い返しながら、オレは頭を深く下げ動きを止める。
数秒後、これ以上の弁明はしないと分かったのだろう。
「…………分かりました。であれば、特に言うことはありません」
不満ですと言わんばかりにフロストは鼻を一つ鳴らすと、踵を返し本館へと歩いて行ってしまう。
その足音が聞こえなくなった頃合いで頭を上げたオレは、僅かな悪寒と共に勢いよく背後へと振り向く。
『リア、どうかした?』
『…………なんか、誰かに見られてたような気がしたんだが』
だが、いくら見渡しても人影すらなく。
むしろ本館からは、昼間の休息を取る為か他の弟子たちがゾロゾロと外へと出てき始めた。
(なんにしても、今の違和感は覚えておくべきか)
オレはそう判断すると、最後に一瞬だけそちらの方に視線を向け。
それからリリアの名前を呼ぶほうへ、やや急ぎ足で向かうのだった。




