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そのとき、オレが思い出したのは別の人生のことだった。
一度目の世界よりも遥かに高度に発展したそこは、いわゆる歌唱に舞踊を合わせた芸事が時代の流行りだったらしく。
整った美貌を崇拝するため、彼らの容姿を描いた似顔絵を携帯する者たちが大勢いたことを。
「写真、いやチェキとやらか?いや、それにしては随分と歪んでいるというか、有り体に言うなら絵柄が違うというか…………」
一度目の世界にも写真という概念は存在する。
ただしそれらは高級で、かつ機材が大型であるため一般の家庭での普及はまだされていない。
その時々の節目に、写真を撮る専門家に依頼して撮ってもらうことはあるが、少なくとも一個人の私的利用が可能な時代ではなかった。
(恐らくは相当に腕のいい職人に描かせた似顔絵の類か。ここまで来ると写真のようなものではあるが…………)
描かれた人物は二人。
一人はやたら格好良く描かれたレクスと。
凛々しい表情からは想像できないくらいに緩み切ったミカエラの笑顔だ。
(こっちは、本物の写真だな。となればこれは、レクスの似顔絵を完成させたあとに、わざわざ一緒に写真として記録した用紙。何故そんなことをするのかは理解できないが…………)
赤面、硬直。
彫刻のように完全に固まっているミカエラを前に、オレは思わず笑みを浮かべた。
思わず内側で眺めていたリリがドン引きするくらい、喜色に満ちた表情で。
「そうかそうか。つまりはそういうことだったのか」
「───────ッッッッ!?!?」
赤い顔が更に真っ赤に。
目元に大量の涙を蓄え震えてる彼女は、それはそれで滑稽ではあったが。
「いやいや、別にそうであってもいいんじゃないか?ただ、あの史上最年少で聖騎士に選ばれた天才が、まさかこんなものを持って歩いているとはなぁ」
動機は分からないが、それでも脅しとして使える。
どうしてこれが恥ずかしいものなのか分からぬまま、ひらひらと揺らし言葉を続けた。
「これは一大スクープだ。さっそく貴様が選ぶ相手を考えたほうがいいと進言してくれた、この写真に収められた我が師に報告してこようではないか」
「…………や」
「んん?どうしたか細い声で囁いて?先ほどまでの堂々とした態度はどこにいったんだぁ?」
「…………や、辞めて。それだけは、本当にそれだけは」
「だったらまずは、貴様の目的を全て教えてもらおうか。話をするのはそれからでも十分に間に合うからなぁ」
内側にいるリリが「やりすぎじゃない?」と囁くが、むしろこれでも温いくらいである。
なにしろ相手は本物の聖騎士。
その気になれば、オレくらい痕跡も残さず完璧に処理することだってできる。
それをしてこないのは、単に相手が羞恥からパニックになっているだけ。
一瞬でも冷静さを取り戻させれば、こんな紙細工のような優位は容易に崩れる。
「…………私、その。
観念したのか。
その場でへたり込んだミカエラは、消えそうなほど小さな声でこう続けた。
「ファン、みたいなもので」
「あのレクスのか?」
「あのって…………貴女一応は新米の弟子よね?」
そりゃ一人称がオレの時点で相当に変なのだが、やはりレクスへの物言いは不信に感じるらしい。
「向こうから頼まれただけだ。どうも我が師は、自らの評価に不満があるらしい」
「不満?「魔王」なのに?」
「「魔王」なら全てを思いのままにできるわけじゃない。むしろ、できないことのがずっと多い」
そのイメージ払拭のため、嫌々従っていると伝え、オレはミカエラへ話を促した。
「それで、どうして聖騎士サマが「魔王」のファンなんてやってんだ?というか、その写真はいわゆる推しグッズってものか」
「…………好きなのよ」
「好き?どこが?」
「……………………顔」
「かお?」
もういよいよ消えそうなほど縮こまるミカエラは、目尻に涙を浮かべながらこう言い切った。
「…………私、レクスの顔が、好みなの」
基本的に、この世界の人間は一度目のオレが過ごした世界と何も変わっていない。
変化しているのはリリの体にリアとしてのオレがいるだけで、他全てはそのままだ。
だからオレは、心の底からこう思った。
(あの明聖がレクスの顔ファンとか、悪夢にも程があるだろ…………)
再三触れているが、レクスの顔が他と比較しても相当に整っているほうだ。
実際、その顔に惹かれて近づいてくる女がいたことはあったし、中身を知られて幻滅されたことも同じ数だけあった。
だから、こういうことがあるのは納得はできるのだ。
その相手が「魔王」の天敵でなければ。
「オレが言う義理じゃないが…………流石の聖騎士サマだってアレの性格は知ってんだろ?」
「当然よ。史上最低最悪の魔法使いにして、性根が腐りすぎて一周回って子供のような屁理屈とマウントを取ってくるくせに、やたら人と話したがるコミュ障だって」
ボロクソ言い過ぎだろ。
正解だけど。
「そんなことは私も分かってる。それくらいは分かってるのよ、私も!」
「でも、好きなんだろ?」
「顔はね。中身は興味ない」
ある意味では健全な話だ。
いいところだけ推し、悪いところは認識しない。
この世界では割と高級な写真をこのために使ってる辺り、金払いも悪くない。
女癖の悪いイケメンアイドルのファンなら、まさに百点満点の良客だろう。
変装して自宅を覗きに来ないのであれば、だが。
「じゃあずっとオレとレクスの会話を眺めてたのも、宿舎や本館に定期的に手伝いに来てるのも。なんならレクスのために本来お前が使うはずだった修道院を貸し与えたのも全て」
「実物のレクス様の顔を間近で眺めるために決まってるでしょ」
ここに来て堂々と開き直るミカエラを前に、オレは流石に意識が遠のく思いになる。
(コイツの存在は一度目の人生でも知ってたが、まさかそんな理由でオレの傍をつきまとってたなんて…………道理で日頃の監視の目が厳しい訳だ)
てっきりオレは聖騎士として「魔王」を敵視していたのかと考えていたが。
真相が知れた今、全身の力が妙な方向に抜けていくのを感じる。
「それより、さ。一つ頼みごとをしてもいい?」
「…………なんだ?」
げんなりしているオレへ、ミカエラはもじもじと両手の指先を遊ばせると。
「レクス様の髪の毛、取ってきてくれない?」
「絶対に嫌だ」
割と本気で、オレは心の底から思う。
こんな真相、いくら転生しても知りたくなかった、と。




