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羞恥心に体を一つ震わせてから。
オレは周囲を軽く確かめ、廊下を真っすぐ歩いた。
(アイツの言う通りなら人払いの魔法が設置されてる。紛いなりにも「魔王」、あのまま放置してても死にはしないだろ…………)
右へ、左へ。
恐らく侵入者の認知に細工をしているらしく、行きより明らかに長い帰り道を歩いて外へ。
よく晴れた昼下がりということもあり、遠くからは楽し気な声が聞こえてくる。
「そうなれば。まずはこっちからか」
レクスがいるのは離れの別館。
主に弟子たちが生活する宿舎に、魔法の研究をする本館。
それとは少し離れた位置にあるそこは、森林に穴をあけたようにポツンと建つ一軒家である。
一度目のオレが勝手に建てたものなので、他の道と接しておらず。
弟子や王宮の使い以外の人間が近づくことは、基本的には滅多に起こらない。
「誰だ貴様?」
「っっっ!?」
「気づかないと思ったか間抜け。バレバレの尾行すぎて逆に罠かと思ったぞ」
その滅多が目の前で、しかもあからさまに容姿を隠した状態で別館の裏手にいた。
「レクスと話している時、貴様ずっと窓の外からこちらの様子をのぞき見してただろ?何が狙いだ?」
構えるのは一振りの杖。
二十センチもないそれは、簡易的な攻撃魔法、いわゆる光弾を放つことだけ可能な魔法道具の一種である。
「この距離ならオレの魔法のが早い。無駄な抵抗は辞めて、素直に質問に答えたらどうだ?」
汎用式攻撃魔法。
おおよそ基礎的な魔法の知識さえあれば、誰であれ扱うことのできる護身道具。
だがそれでも、直撃さえすれば並の人間なら数メートル吹き飛ばし昏倒させることができる威力がある。
そして、相手の表情が見える距離であれば、武器を取り出すより先に迎撃も可能だ。
「答えろ。これ以上の沈黙は敵対行為と見做すぞ?」
「…………」
だからこそ。
「───────な」
爆ぜた。
折られるでも、斬られるでもない。
文字通り火薬に火をつけたかのように、構えていた杖が一瞬にして粉々に砕け散った。
(拙い…………この魔力、この予兆。こいつまさか…………っ!?)
「ごめんなさい」
いた。
爆ぜた杖に視線を向けた、その一瞬。
僅かコンマ数秒の間に、謎の覗き犯は距離を詰め既に武器を振るっている。
「くっ!?」
迎撃は間に合わない。
仮に間に合ったとて、コイツ相手には意味がない。
オレは即座に他全ての選択肢を放棄し、全身全霊を以てただ一つの行動を開始した。
生前ならまだしも、今のオレは三流以下の才能しかない魔法使い。
どう足掻いても、いや足掻く余地すらなく、相手に焼かれて死ぬのが先だ。
「えっ、嘘でしょ!?」
覗き魔が驚く。
無理もない。
オレが選んだ選択肢は、前方への踏み込み。
タックルにすらならない、素人のクラウチングスタートみたいな稚拙な前進だった。
「っっっ、ぁあ!!」
全身の穴という穴から血の気が抜ける。
死という概念が全身を包み込み、手足の中身が後ろへと抜けていく感覚がした。
「わっ、え、本気!?」
だから、オレは願うしかなかった。
相手にはオレを殺す意思なんてない、むしろ殺してはいけない事情があると。
「ちょっと!!捨て身で突っ込んでくるとか正気なの!?危ないじゃない!!」
「…………生憎と、こっちは特別じゃないんだ。これぐらいしないと止まらないだろ、聖騎士サマ?」
「っ!?」
寸前で刃は止まり、反動でフードがはだける。
そこから出てきた素顔は、まだ幼さが残る赤髪の女性だった。
「明聖ミカエラ。史上最年少で聖騎士を拝命した天才剣士にして、史上初の女性として聖騎士に選ばれた紅一点」
背丈はざっと百と六十ぐらいか。
すとんと落ちる肩に、やや猫背な姿勢。
大きく膨らむ胸は衣服を隆起させ、動きやすさ重視のズボンスタイルでも恵まれた体型なのが一目で分かる。
加えて、恐ろしいほど美人だ。
リリアが清涼で可憐なら、ミカエラはさしずめ真紅の薔薇。
ただそこにいるだけで相手を誘惑し魅了してしまうような、先天的に備わった色気が嫌というほど充満している。
「それがまさか、教会の手伝いたちに混じりながら、素性を隠して定期的に宿舎を訪問していたとはなぁ。道理で顔を見られたくないわけだ」
「それは、その…………」
ミカエラがオレに見つかっても逃亡しなかった理由は、恐らくは素性がバレるのを防ぐため。
彼女が偶然ここに来ただけなら、オレを武力で制圧する必要はない。
それをしないといけない理由は、少なくともオレにここで何があったのか記憶されると不都合だからだ。
(やましい事情があるのはバレバレ。となれば、一つ探るのも手か)
「狙いはレクスか?」
「っ!?」
「正解か。仕事熱心と見るべきか、尾行の心得すらない不勉強さを嘆くべきか。少なくとも、その身なりで隠密行動は相当に向いていないのは事実だが」
だから、レクスの弟子であるオレに見られたくなかった。
行動パターンを探り、隙を見つけ、首を狙う。
その計画の邪魔をした、というなら一連の流れにも説明がつく。
しかし、そうではないとオレは感覚的に察知した。
「その反応、さては「魔王」の討伐とは関係ないな?」
「なっ!?どうして!?」
「バレバレだ。オレでなくても分かる」
なんとも分かりやすい。
さしずめ大型犬のように動作に感情が溢れすぎている。
むしろこれでよく聖騎士が務まるなと心配になるが、仮にも敵なので弱点が多くて困ることもない。
「で、目的はなんだ?身分を隠している辺り、なにかやましいことでも考えていないよな?」
「…………貴女、何者?ホントにモーント地方の生まれなの?」
「流石、オレの出自は把握済みか」
疑惑の目を向けるミカエラは、それでも態度を崩さないオレを前に大きく息を吐くと。
「申し訳ないけど、貴女に語ることはなにもないわ。貴女は「魔王」の弟子で、私は聖騎士。敵に情報を与えるほど愚かじゃない」
高圧的な物言いのまま、ミカエラはオレへと近づき真っすぐ見下ろすと。
「だから、これが最後の善意よ。魔法を修めたいのなら、せめて師は選びなさい。あの男は、あまりに危険すぎる」
それは優しさなのか、もしくは騎士としての義務感なのか。
ミカエラはそう言うと、踵を返し場を去ろうとする。
「…………ん?おい、なにか落ちて」
その急転換が仇となったのだろう。
ひらりと落ちたのは、はがきよりも小さな一枚の紙だった。
(なんだこれ…………少し厚めの紙みたいだが…………)
「わっ、ちょ、それは!!」
白無地の片面を、特に理由なく捲ると。
「……………………は?」
そこにはオレこと、レクスの姿と。
無数のハートに囲まれ、だらしなく笑うミカエラの顔があるのだった。




