10
午後。
本館の中央講堂にて、レクスの弟子たちが集められていた。
「では、これより魔法実技の講義を開始します」
教壇に立つのはフロスト。
彼女が人前に立つだけで、場にいる全員に張り詰めたような緊張感が走った。
「今回は基礎魔法。今日における魔法の体系を学ぶと同時に、どのようにして発展させてきたかについて。実際に行使された魔法から見て、学び取ってください」
基本的に、魔法は教わるものではなく見て盗むものだとされている。
これは書物などに記した場合、それらが外側に流出する恐れがあるからだ。
無論、そういった露呈を防ぐための魔法は存在する。
だがそれは、魔法を学ぶ者にとっては些か高度すぎる魔法。
早い話、うっかり罠を起動させて死亡させては本末転倒がすぎるため主流ではない。
「これが基礎的な魔方陣。あらゆる魔法の源流にして、全ての魔法に必ず用いられている代物でもあります。ここにいる皆様も、一度はお目にしたことがあるでしょう」
この説明は半分が正しくて、半分が違う。
今日の魔法、一度目のこの世界の魔法は、魔方陣を描くことが主流だとされている。
先ほどミカエラに向けた杖にもそれは刻まれているくらいには、「魔王」でなくても知っている常識だ。
だから当然、あらゆる魔法使いは抜け道を探そうとする。
簡略化に効率化、省略なんてものは大前提。
真に優れた魔法使いになると、もはや前提すら歪めるほどの裏技を持っていたりする。
『だから「魔王」に弟子入りしようとする人が多くいるけど、殆どの「魔王」は門前払いをする』
『…………で、欲望に負けたレクスだけは可愛い女なら誰でも弟子にするんで、あちこちから弟子希望者が殺到するって構図になるわけだ。剽窃狙いで雇われたやつとかな』
目の前では描かれた魔方陣から炎が起こり、旋風によって大きな渦を描いていた。
熱風をまるで感じない辺り、並行して事象を遮断する魔法も使っているのかもしれない。
『魔法は本来、人ならざる奇跡であるべきなんだよ。こんなふうに、ガキが目ぇ輝かせて眺めるもんじゃない。そういうのはもっとこう、健全なものであるべきだとオレは本気で思うぜ』
『でも、私は魔法に夢中になる理由は分かるけどな。だって凄くワクワクするし』
そういうものじゃないのだが、リリの性格を知っている手前、何を言っても無駄だろう。
実際のところ、レクスの「魔王」たる所以は人に盗めるものじゃない。
本人が妙に警戒心が強いのもあるにはあるが、それ以上に今の時代では早すぎる技術だ。
(それくらいじゃなかったら、そもそも「魔王」なんて名乗れないわけで。そういう意味ではレクスの身の安全を考慮しなくていいのは好材料ではあるか)
『なんにしても、いざこうして見てると退屈だな。面白味の欠片もねぇ』
なにしろ相手はレクスの直弟子。
オレより劣るオレに教わった魔法使いの技術など、はっきりいってお粗末以外の何物でもない。
今の段階でダメ出しできる箇所は七つあるし、理論の詰め方も随分と甘い。
しかも実演しているのは今の時代における基礎魔法だ。
バチバチと稲妻が火渦の表面で起こる光景は派手だが、魔法としての難度は高くない。
『だったら、褒められるところを探したら?』
嫌な言い方だ。
少なくとも、そうすればオレが従うと分かって言ってるのが分かる。
『…………保有する魔力量は大したもんだな。魔力操作はなんとも言えねぇが、手先も人並みに器用。話ながら魔方陣を描くのを苦にしてねぇし』
『確か、少しでもズレると効力を失うんだっけ?』
『高度な魔法になれば、な。基本は円形に文字を敷き詰めて、線で区切って陣にする。隣り合う文字と記号は互いに補完し機能するから、一つのズレが陣そのものに影響しやすい』
ズレ、というより猶予の幅は扱う魔法の程度で決まる。
基礎的な魔法、例えば凡庸型攻撃魔法ならば、恐らくは一センチくらいのズレでも発動する。
だが、今フロストが描いている魔法は難易度でいえば中の上。
系統の違う魔法を同時に発動させつつ、部屋への影響を一切遮断。
なおかつ他の弟子たちへ魔法の余波が届かぬよう処理する工夫は、少なくとも凡庸とは言えない技術力だ。
『並の魔法使いなら丁寧に描く意識で多少は動きにムラがあるんだが。このフロストって女にはそれが殆どないな』
これもまた、魔法の才能と呼べなくはないが。
少なくともオレの目からは、僅かに滲み出る機微のほうがよほど才能に見える。
(訓練された動きじゃないが、我流にしては整頓さ過ぎてるようにも…………)
「リリア・モーント・シュトラーレ」
「っ、はい!?」
完全に意識を内側に向けていたからか。
気が付けばフロストだけでなく、中央講堂にいる全員の視線がオレに集中していた。
「講義中です。上の空で過ごすのは貴女の自由ですが、私の気分を損ねる行為。少なくとも、ここで講義を取りやめてしまう要因であることは、他の者たちに迷惑です」
「す、すいませんでした…………」
完全にオレが悪いので、立ち上がり素直に謝罪する。
「貴女からすればよほど退屈に見えるようですね。私の代わりに講義をいたしますか?」
「いえ、それはその…………」
「私は構いませんよ。せっかくの魔法実技の講義で、別のことを考える余裕の秘訣を知りたいので」
「…………」
「何も言えないのでしたら、最初から集中して聞くように。他の者たちも、我が事だと思い自らを戒めてください」
このしつこさが嫌われる要因なのだが、言っていることは正論なので反論は出てこない。
正しいと分かるが、言い方が悪すぎて誰からも賛同されない。
『…………リリ、あの人ちょっと苦手かも』
『オレは安心したよ。アレをいい人って思わなくて』
一度目のオレなら憤慨していたかもしれないが、今のオレからすれば遥か年下のガキんちょの言葉だ。
どちらかというと、同情と理解のが先に来る。
(フロスト。フロスト、ねぇ…………)
頭の中で何度も繰り返しても記憶のどこにも当てはまることなく。
時計の針が回るように、その名前だけが無為に空転するのだった。




