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「それで、お話とは?」
魔法実技の講義後、オレはフロストへ声をかけた。
中央講堂は二人だけで、他に集まっていた弟子たちは既にいない。
元より質問するような者はいないからか、フロストも後片付けを辞めようとしない。
「これから片付けをしますので、用があるなら早急にお願いします」
「フロストさん、『奇蹟』持ちですよね?」
ピタリ、と。
振り向くことなく、フロストの体が止まる。
「敢えて説明する必要はないと思いますが、『奇蹟』とは全ての魔法の源流。かつて存在したとされる一人の人間によって生み出された、魔法という奇跡の原型。言い換えれば、天然の魔法」
魔法はなにも、ある日突然姿を見せたわけではない。
そこに至るまで、厳密に言えば適性さえあれば誰でも扱える知識になるまでには、幾つかの過程があった。
「『奇蹟』持ちがその力を開示することは稀です。希少性の高さもありますが、一番は血統で継承できるという再現性が敵を作りやすい。なので大半の『奇蹟』持ちは、社会から離れるか、力を隠して生活しています」
その始まりの概念を、奇蹟。
あらゆる理に縛られることなく、いついかなる条件においても発動できる才能。
そうした理外の何かを操れる者たちを、人々は魔法使い、と呼称した。
「そんな彼らの天敵、それはこの時代における魔法使い。なにしろ彼らからすれば、あなたのような『奇蹟』を持つ人間は格好の研究対象です。確かに『奇蹟』持ちは強いですが、あくまで天然モノ。人工的に整えられた、人を殺めるための魔法とは相性が悪い」
この『奇蹟』を解析し、全く未知の物質である魔力を発見し、学問として体系化したもの。
それが今まさにここ、中央講堂で披露された魔法だ。
なので、『奇蹟』持ちは魔法を行使することができる。
元を辿れば同じ力、使えない道理を探すほうが難しい。
「それこそ、「魔王」などと呼称される連中は特にそうかと」
だが彼らには、それぞれが内包する癖があった。
並の魔法使いでは、絶対に分からないほどに小さな差異。
もしかすれば、かの「魔王」でも分からないかもしれない違い。
「ですよね。『氷雪』の魔女さん?」
「…………」
オレが語る間、フロストは終始何もしなかった。
動きもせず、口を開こうともせず、目を閉じることもしなかった。
その代わり、中央講堂の空気が一つ。
いや、恐らく段階的に下がり続けている。
「…………あくまでこれは、個人的な興味から伺いますが」
「その名前をいつ、どこで知ったのか。ですよね?」
『奇蹟』持ちの実力は疑う余地はない。
相性の悪さを指摘したが、逆に言えば相性次第では「魔王」すら倒せる相手だ。
この状況、二人きりという場面。
少なくとも、助けを求め叫ぶより、フロストの魔法がオレを氷漬けにするほうが早い。
「それについては簡単です。フロストさんの『奇蹟』を一度、見たことがありましたので」
「初対面かと思いますが?」
「リリア、としてはそうですね」
「揶揄っていますか?」
「まさか。れっきとした本心です。少なくとも、フロストさんなら分かるんじゃないですか?」
恐らく秘密を知られた今、殺すことが最善の策だとフロストは考えている。
そして実際、オレを相手するならそれが正解だ。
だから、疑心を芽生えさせる必要があった。
オレの持つ切り札、フロスト相手に必ず優勢を取れるカードを切ることで。
「私、実はレクスなんです」
今ここで、この女を殺していいのか、と。
彼女の中に損得勘定を芽生えさせる必要があった。
「レクス・パシレウス・エーグル。この名前の意味、フロストさんなら分かりますよね?」
揺らいだ。
僅かに滲み出た動揺を見て、オレは一気に攻勢へと転じる。
「この国の戸籍管理は相当にしっかりしています。それこそ、名前のセカンドネームに地名を入れることが常識だと刷り込むほどに」
「…………」
「だからこそ、パシレウスという単語に意味は全くないんです。なにしろそんな地名は、世界中のどこにも存在しないんですから」
レクスのフルネームを知っている人間はまずいない。
なにしろ、このフルネームは「魔王」と呼ばれる前、オレがまだ駆け出しの魔法使いだった頃に、何も知らないまま勢いでつけた名前だからだ。
(それっぽい単語と、あとは語感だけで適当に決めたからなぁ。いくら調べたって、そこに込められた意味なんて絶対に分かるわけない。なにしろ本当に何もないんだからな)
だが、それを知らない人間からすれば、パシレウスに意味を見出そうとする。
そんな地名が、もしかすればどこかにあるのかもしれない。
いや、ないわけがない。
「あなたの目的は全ての「魔王」を殺すこと、ですよね?」
「…………っ」
「レクスの弟子になったのは単に、接触が最も簡単だからと推測します。まぁ他の「魔王」は居場所どころか、容姿すら不明ですから当然の判断です。ですが、あなたには予期せぬ誤算が三つあった」
血眼になって探したはずだ。
レクスの弱点となりえる要素を。
一番弟子になってなお見つけられなかった、それを。
「一つ目はレクスが別館に引き籠りがちだったこと。これでは暗殺どころか近づくことすら難しいですが、力づくで突破はできなくはない。これは、さほど大きな誤算ではなかった」
だから、目に触れたのだ。
「二つ目は、聖騎士が定期的にここに来ては、別館の傍をうろついていたこと。理由は分かりませんが、仮に強行突破から戦闘に入れば邪魔される可能性が高い。いくら『奇蹟』を持っていても、聖騎士と「魔王」を同時に相手取るのは面倒です」
新米の弟子。
ただ条件に合致しただけの、三流以下の魔法使いの卵。
注意する必要性は皆無だったはずだ。
地方出身の、そこそこの家のお嬢様。
どうせすぐいなくなると、そう高をくくっていた。
「三つ目は、オレという存在だ。容易く別館に入り込み、近くをうろつく聖騎士と接触し、五体満足で戻ってきた。お前からすればこれ以上の誤算はない。計画の邪魔でしかないし、純粋に目障りだ」
だからこそ、探りを入れてきたのだ。
レクスの引き籠る別館からの帰り道で遭遇したこと。
あれも偶然ではなく、意図的に関係性を探りに来たとすれば説明がつく。
「直接手を下せない理由がある。だから回りくどい方法で、時間がかかる方法を選んだ。ま、初日でご破算になったんだから、仲のいい後輩への命令は取り下げてくれると有難いな。オレも別に揉めたいわけじゃない」
「…………貴女、何者?」
ここまでの話を聞いた時点で、フロストに取れる選択肢はなかった。
消さないといけない邪魔者は、自分が想像している以上のことを知っている。
一度でも分かってしまえば、利用価値が脳裏をよぎり判断に迷いが出る。
いつでも殺せるくらい弱い相手ならば、なおさらに今ここで対処する理由がない。
得られるものがないと分かってからでも、殺すのは遅くない。
その強者としての油断と慢心が。
場の主導権をオレに握られていることに気づかぬまま。
「リリア・モーント・シュトラーレ」
だから、オレは余裕を込めて丁寧に告げた。
「この時代に生まれ落ちた、三流以下のお嬢様だよ」




