5
一週間が経過した。
「…………これは絶対におかしい」
レクスの魔法研究所に越してきて。
出会って一時間でプロポーズされ。
説教したあと、何故か恋愛の師匠になってほしいと懇願され。
「おいレクス!テメぇあれから一週間ずっと放置とか、どういう了見なんだぁ!?あぁん!?」
「えっ、ちょ、リリア…………さん?」
「今更呼び方に困るな!リリアでいいだろリリアで!!」
それから一週間。
レクスからの接触は、本当に一度もなかった。
巷では児童養護施設と揶揄される建物は、元は教会の修道院だったらしく、設備含め全てが万全の状態だった。
オレことリリアを迎える準備もされていたのもあって、この一週間は本当に快適に過ごせた。
そこが宿舎と呼ばれているのも、レクスが日頃は別館にいるのも知ることができた。
そういうことができるくらい、この一週間は平和だったのだ。
「で、どういう了見なんだ?おい?」
「それよりも…………よくここが分かったな。並の魔法使いじゃたどり着けない細工がしてあったんだが」
「どうでもいい。話を逸らすな」
その開発者がオレなんだ。
そんなチンケな仕掛けなど意味をなさない。
なんなら一度目のオレなので、魔法の練度と知識量は今のオレの方が遥かに上だ。
「恋愛の師匠になるって話。確かに一度考えさせてくれと提案したのはオレだ。でもな、そこから一切の音沙汰もなく、なんなら接触する手段すら用意してないってのは言い訳できねぇと思うが?」
「…………って」
「あ?」
「だって、その…………恥ずかしいっていうか…………」
レクスの年齢は二十代前半だ。
本当の年齢なんて今でも知らないが、外見と魔法の練度から推測すれば、大きくはズレていないだろう。
だからオレは、深く息を吐いてから吸うと。
「照れるくらいならっ、最初からプロポーズなんかするんじゃねぇっ!!」
胸倉を掴み、首の骨をへし折る勢いでレクスの頭蓋を縦に揺らす。
「…………まぁ、いい。今ここで話ができてるんだ。一応、そっちにも対話する意思があることくらいは理解している」
「はい」
「…………縮こまらんでも、説教をするつもりはねぇよ。オレをどう扱うか決める権利はお前にあるんだ」
魔法の世界においては、弟子と師匠の関係は極めついて厳しい。
なにしろ魔法使いにとって、弟子を取る必要性は特にない。
言ってしまえば一方的な善意に甘えているだけで、師匠側には何もメリットはないのだ。
だから、レクスがオレとの口約束を有耶無耶にすること自体は、特別不思議なことじゃなかった。
一般的な魔法使いとしては、生活を保障している時点で十分すぎるほど施しを与えている。
「ただ、悪いと思うのなら一つ教えてくれ」
だからこそ、レクスを咎めるためだけにここに来たわけではなかった。
「オレが住まわせてもらっている建物、あそこの運営を教会に全て任せているのは本当か?」
聖騎士ミカエラ。
名目上は「魔王」レクスを倒すために派遣された、教会が保有する魔王への切り札。
若い女性だという情報以外は謎に包まれた彼女を、その容姿すらオレは掴めずにいた。
(会う人間は大抵が人が良く口も軽いのに、ミカエラって奴の情報だけは意図的に逸らそうとしてくる。あれが個々の意思判断でやってるなら驚嘆ものだが、本人の指示と見るのが自然だ)
レクスをモテさせること自体は、恐らくそこまで難しくない。
なにしろ容姿だけは特に問題がないのだ。
「魔王」として獲得した地位と金銭をちらつかせれば、それだけで頭と尻の軽い女くらい数人は捕まえられる。
だが、そこに教会の刺客が紛れ込んでいた場合。
あるいは、ミカエラ本人が急襲のために隠れていた場合。
そうなったとき、リリアの体でやれることは殆どない。
せいぜい肉の盾になるくらいだが、時間稼ぎにすらならないだろう。
(レクスが日常的に弟子たちから距離をとっているのは、この一週間の行動からも正しいはず。だとすれば、次に知るべきは研究所より外の関係。今現在で、どれくらいレクスが嫌われているのか。具体的には天敵の動向くらい知らねぇと話にならねぇ)
疑うまでもなく、レクスは強い。
魔法使いとしての才能に疑う余地はない。
なれど、相手は聖騎士だ。
リリアの体を借りている今、警戒しすぎて困ることはないだろう。
「…………これは、興味本位で尋ねるが」
「ぁあ?なんだ急に?」
「君は随分と、ここのことに興味があるみたいだが」
だから、油断が生じた。
オレは思わず、この体がリリアだということを無意識に忘れていて。
目の前にいる男が、本来はどういう人間なのか失念していた。
「君は、何が目的で俺の弟子を志願した?いったい、俺の何を知りたい?」
その瞳には奈落があった。
光すら呑み込まれてしまいそうなほどの黒。
そこに映し出されるオレの姿は、なんとも情けなく、余りにもひ弱だった。
(…………笑えるな。この状況で、オレはまだそこに拘るのか)
思わず脳裏に浮かんだそれは、この状況を招いたことへの自分への迂闊さでも。
相手が猜疑心を持って疑いをかけてきた危機感でも。
目の前にいる男の、オレのよく知る機微でもなかった。
「約束のためだ」
真心を込めれば、必ず相手は答えてくれる。
かつてオレにそう諭してきた。
特筆するほどの何かを持ち合わせていない、取るに足らない凡人の顔だった。
オレはそれの願いを今一度思い出し、そして孤独なる天才に向けて宣言する。
「この命に代えても、叶えたい願いがある。それ以外の理由を、今のオレは持ち合わせていない」
「…………」
「だから、まどろっこしいことは終わりにする。どのみち、こういうのはガラじゃない」
オレは知っている。
レクスは一度でも疑いの目を向けると、後で何があってもそれを変えないことと。
オレは知っている。
その頑なさは、何も生まれついて得たものじゃないことを。
「オレが知りたいことは一つ。明聖ミカエラに関する情報、その全てだ」
だからこれは、オレのための宣戦布告だ。
どうしようもないオレを救ってくれた。
ただ一人の幸福を掴み取るための戦いなのだから。




