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「お前、馬鹿か?」
数秒の沈黙。
もしかすれば空気が凍り付いたのかもしれないが、今のオレにとっては興味すらない。
「…………すまないが、俺が聞き間違えたのかもしれない。もう一度、聞かせてもらうことはできるだろうか?」
「だから馬鹿かって言ったんだよ。どこの世界に出会って一時間でされた求婚を受け入れる輩がいる?」
客観的な目線で見れば、オレの言動は命知らずにも程があるものだ。
なにしろ相手は超がつく一流の魔法使い。
どれだけ性格が終わったカス野郎であっても、魔法の才能だけは非の打ち所がない。
対して、この体であるリリアの魔法の才は贔屓目で見て三流。
それ以前に、弟子が師匠に向ける言葉ではない。
だから、本来ならオレの発言は問答無用で殺されても文句が言えない愚行だ。
実際、殺さんばかりに怒り狂うのが正しい反応で。
「…………そう、なのか?」
心の底から。
まるで幽霊でも見つけたかのように、唖然とリリアを見上げるレクスが相当にズレている。
「お前、今まで一人たりとも友達の類ができなかったから知らないかもしれないが。婚姻関係ってのは幾つかの段階を踏んで成立するもんなんだよ。政略結婚ですら多少は手順を踏むんだわ」
「いやしかし!この書物には確かにそう!」
「それは幼児向けの恋愛絵本だからだ。そういうのは大体、何も知らない子供が夢を見るためにあるもんで、大の大人が恋愛指南として読むものじゃねぇ。空想と現実を混ぜるな」
レクスが懐から出したのは、魔王と勇者をモチーフにした絵本の一種だった。
表紙から察するに、魔王に攫われた姫を勇者が救う類のものなのだろうが、それを本気で参考になると盲目してる時点で質が悪すぎる。
「言っておくが、お前からの求婚に対する返事はノー、だ。これからイエスに変わることも絶対にない」
「…………」
「落ち込むのは勝手だが、寧ろ恐怖を覚えて逃げ出さないだけ感謝してくれ。普通、こんなことされたら恐怖以外の感情は生じねぇ。もしくは殺意か憎悪だな」
「…………そこまで、なのか?」
「そこまでだ。よかったな相手がオレで」
そこでやっと息を吐いたが、レクスからの返事はない。
オレから見たレクスは本気で凹んでいるように見えた。
これで変に反発されたら話にならないので、この反応は正直ありがたい。
「とりあえず確認だが、他の弟子にはやってないよな?いや、やってたんなら誠心誠意謝罪して、二度としないと誓約を結べと命令するだけなんだけど」
「…………いや、それはしていない。君が初めてだ」
「全く嬉しくない告白どうも。被害者が一人で安心したよ」
オレの目的は、目の前でうなだれているレクスにハーレムを作らせること。
異性からの熱い好意を無数に向けられるような、オレからすれば陳腐すぎる理想郷を構築させることだ。
そのためにはオレが干渉するまでに生じた友好関係が、今現在どうなっているか知る必要がある。
(最低限の最低限、だけどな。こんなん、いちいち気にしねぇといけねぇとか新手の拷問かっての。ポエム塗れの日記を人まで音読させられるみてぇだ)
自分の黒歴史が目の前で羞恥を晒しているのだ。
多少なりの覚悟はあったが、いざ実際に目の前にすると思うよりもずっとキツい。
「君の噂は聞いている」
「あ?」
「わずか十四歳にして、この国の魔法学問を完璧に網羅していると。だから俺は君を弟子にすると許可を出した。だからその…………」
どうやらレクスは、ここから弁明する気らしい。
おおよそリリアを自らの研究所に招いた理由が、好意以外にあるのだと説明したいのだろうが。
「実際は女なら誰でも構わないのにか?」
「いやそんなことは…………」
何故か食い下がるので、今後のためにとオレは言うことにした。
「なら弟子が女しかいねぇことをどう説明する?」
「っ…………!?何故それを?」
「これからの為に伝えておくが、下手な言い訳は逆効果だから金輪際するな。非を認めるなら謝罪以外はあり得ねぇ」
生憎、自分のことなので目の前のコイツ以上にレクスには詳しい。
レクスの瞳が宙を左右に泳ぐ様は滑稽だが、上下関係はきちんと示すべきだろう。
「弟子の過半数が年端のいかない女で、しかも身寄りのないガキが殆ど。少女趣味なのか託児所経営がしたいのかは知らんが、一応は王国から認可を受けた魔法研究所ってことで赦されてるだけ。選ばれて嫌がる奴のが稀だろうし、選ばれた理由を伝えれば喜ぶと勘違いするのも理解はできるが」
レクスの相槌をさせる暇なく、オレは一気にそう言葉を並べると。
「才能の有無に関係なく、女のガキなら誰彼構わず弟子にする。見境がなさ過ぎて一周回って感心すら覚えるよ」
「…………」
「おかげで、こんなオレでも弟子になれたって点を無視すればな」
敢えて。
糾弾するような口調から、一気に同情と感謝を滲ませる物言いへと切り替える。
「動機はなんであれ、選ばれたことは素直に嬉しい。気持ちに嘘がないのも同様だ。ただ、話が急すぎて困惑のが大きかった。これがオレの本心の全てだ」
レクスという男の思考は、本人なので嫌でも分かる。
少なくとも、一回目の時点で異性に告白する勇気があるわけがない。
そんな勇気が最初からあったのなら、きっとオレはここにいない。
(分からないのは、なんでオレには告白できたのか、だけど…………)
だからこそ、思わせぶりな言葉に意味が出てくる。
己の無様さを徹底的に糾弾してから、曖昧な単語で疑問を作る。
妄想暴走告白野郎なら、その僅かな疑問から無意味に妄想を膨らませてくれる。
ついでに恥じらうように微笑めば、リリアの顔の良さも相まってより効果的だろう。
するとレクスは、まるで天啓を受けたかのように両目をゆっくりと見開くと。
「……………………先輩。いや、ちがう」
「あ、なんか言ったか?」
「リリア師匠!」
ゴン!と。
猛烈な勢いで床に頭を擦りつけたまま、土下座の恰好でレクスはこう叫んだ。
「どうか恋愛マスターたる貴女の手腕で、この俺に彼女を作らせてくれ!!」
この瞬間、リアたるオレは気づいてしまった。
レクスにハーレムを作らせる。
つまりそれは、コイツの恋路をオレ自身が見届けるという。
ポエム日記の音読すら生温い、最低最悪の苦行だということに。




