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オレが眠りについているころ。
現実世界は夜を迎えていた。
(リア、あれから一度も起きてこない…………)
リリが知る限り、リアの眠りはそれほど深いわけではなかった。
それはリアの性格が、ではなく、リリである私のためだった。
(…………私が夜更かしを覚えないために夜もちゃんと眠ってるから、日中にここまで深い眠りにつくことはないんだけど)
基本的には私が原因なのだ。
私は好奇心が旺盛なほうで、リアの記憶はどんな会話や書物よりも魅力的だった。
しかもそれが、いつでもどこでも閲覧できる。
リアがそう許したとはいえ、私がレクスの記憶を真似るのを嫌ったのだろう。
(規則的な生活に、人としての最低限の礼節や暗黙の了解。部分的に間違ってるのもあったけど、リアはずっと私の手本でいてくれた)
一つの体を共有した同士。
その関係を一言で表すのは難しいし、長々と説明しても分かってもらえると思えない。
親のようで、姉妹のようで、師弟のようで、友達のような。
そのどれでもなく、そのどれよりも濃く太い関係。
生まれてから今日まで、同じ月日を過ごしてきた。
リアと私の繋がりは、きっと世界中のどこにも答えはない。
(…………リアは自分が思うよりもずっと、真面目で優しい。だから今回のことも、巡り巡って私のためになるように手順を踏んでくれている)
これはリアは気づいていないが。
実のところ、リリはリアが隠していた記憶を既に閲覧している。
そして、全てを知ったうえで、リアには秘密にしたままリリは協力している。
(このままいけば、約束された時間になる。きっと、いや絶対に。あの手紙は私を襲撃するための罠だと思う)
リアが一度目の自分、レクスに多くの恋人を作らせる理由。
それは唯一の妻を殺した要因が、レクスの魔法で強化された兵器だからだ。
今ここでレクスを殺せば、恐らくその未来は来ないのだろう。
だけど、その先にある未来で、リアの妻が殺されない理由がないとも言い切れない。
なにより。
(最悪の未来で起きた出来事は、レクスさま単独の犯行じゃなく、他の「魔王」の誰かと共謀したもの。だとしたら、レクスさまだけを殺しても何も解決しない)
だからリアは、レクスの性格を矯正する方針を選んだ。
最悪の未来を回避する対抗策として鍛えるために。
リリアという体では、どう足掻いても立ち向かえないと分かっているから。
(あの手紙を無視しても、きっとそこまで事が深刻になることはない。だけど、この誘いはリアにとっても敵の正体を暴く絶好の機会。もしかしたら次はないかもしれない)
このとき、リリに取れる選択肢は三つあった。
一つ目はリアが起きないことを理由に、手紙の誘いを無視すること。
二つ目はリアが起きないことを含め、姉弟子であるフロストに相談すること。
そして三つ目は、リアの目覚めを待たず、リリだけで指定された場所に向かうことだ。
(できればミカエラさまに会えたらよかったんだけど…………今日は姿を見せなかったのよね)
あの手紙がミカエラ本人のものじゃないのはリリでも分かる。
そして手紙を送ってきた相手も、ミカエラがレクスの拠点に来ないことを知っていたはずだ。
(リアが起きてたら絶対に止められてたと思うけど…………でも、私だけ何もしないなんて耐えられない)
今回に限っていえば、リアはリリを侮っていた。
危険だからと説得せず、全てを隠したまま協力させ、危険には近づかせない。
そんな甘い企てが、本当に成立すると信じて疑わなかったのだから。
「…………よし。こういうときは先手必勝だ」
絶妙に間違った使い方をしながら、リリはリアの私物を漁り適当な魔法具を探し出す。
(これと、これ。あとこれもかな。ミカエラさまに壊されたものはそのままだから、あとはこれと、これも持っていったほうがいいかも)
夕餉の時刻まで、あと半刻だろうくらいか。
万が一を考慮するなら、自分の不在に気づかれたほうが都合がいい。
仮に何もなかったとしても、適当な理由をつけば遅刻を誤魔化すくらいはできるはずだ。
(場所は…………わわ、誰かいる?)
恐らくは教会から派遣された手伝いの人だろうか。
階段を降りた先から声がしたため、慌てて引き返し遠ざかるのを待つ。
(正面から近づくほうが早いけど、念のため裏側から回った方がいいかも?)
宿舎の正面は本館と面しているため、ある程度の出入りはお互いに見える位置にある。
ここで見られて行き先を問われるくらいなら、死角になるルートで歩いたほうがずっと安全だ。
(今はまだ自由時間だから、けっこう出かけてる人がいるのかな)
ときおり聞こえる笑い声は、きっと私と同じレクスの弟子なのだろう。
私と同じか少し下の女の子が数多くいるためか、どことなく女学校に近い雰囲気がある。
(フロストさま、ルールに凄く厳しいんだよね。門限を破ってるの怒られそうで嫌だな)
そんなことを考えながら、私はどうにか指定された場所の近くに到着した。
(…………やっぱりリアは起きない、よね。もうこうなったら覚悟を決めて)
「これは驚いた」
声がした。
思わず反射的に振り向くと、そこにいたのは高級そうな服を着た一人の男性だった。
「まさか本当に来るとは思わなかったが。指定した時間よりも早いことにも驚いた。魔法使いの端くれであれば、時間を厳守することはしないと思っていたのでね」
「…………目的は、なんですか?」
「僕が誰かは尋ねないのは、ひとまずは不問にしておこうかな。驚いていないことも含め、話が早いことは歓迎すべきだからね」
男は納得した様子でそう言うと、おもむろに私のほうを見てこう告げる。
「目的は簡単さ。君に「魔王」の暗殺を依頼したい」




