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───────妻の名は、アリシア。
花のように美しく、誰よりも強い人だった。
九十九回目の転生。
その行き先は、一度目のオレが生きた世界の少し先の未来だった。
とはいえ、特別何か大きな変化があったわけではない。
親の記憶すらない孤児として生まれ変わったオレは、中央からは遠く離れた山間部で幼少期を過ごした。
特別な理由も、転機となる出来事もなかった。
既に魔法の才能を殆ど失っていたオレは、残り一回分の転生魔法しか発動できないほど弱く。
ごくわずかな、思わず鼻で嗤ってしまうくらいの魔力しか保有できず。
仮に発動したとて、その時点で魔法使いとしての人生が終わることが確定していた。
(哀れだな)
だから、何もしなかった。
何かできたのかもしれない。
でもそうはせず、オレはただ大人へと成長して。
流れ着くように、とある小さな村を終生の場所に選んだ。
(…………いっそのこと、朽ちるように死ぬのも悪くないか)
未練はあった。
後悔もあった。
だがそれは、気づくには全てが遅すぎた。
(どうせ誰にも愛されない人生だ。死んで困る人間もいないだろ)
人様の迷惑にならずに死にたい。
辛うじて得られた生きる動機は、もしかすれば単なる意地だったのかもしれない。
日が昇れば畑を耕し、日が暮れれば帰路につく。
そんな何にもならない、ただ消費していく人生の前に、アリシアは姿を見せた。
「初めまして。わたし、アリシアって言います」
彼女は村長の娘の一人で、その村では珍しく嫁に出遅れた人間だった。
働き手の数が村の存亡に直結する地域において、女性が家に入り子を産むのは義務に近しい。
まして村長の娘となれば、相手なんて幾らでもいる。
だからか、九十九回目の転生でも孤立していたオレですら耳にする機会があった。
「その、父から様子を見てこいと言われまして…………ごめんなさい、迷惑ですよね」
顔の右半分。
首から右腕と、右脚から爪先まで。
幼少期の事故で刻まれた火傷痕のせいで、幾つもの縁談が破談していることを。
そしてそれを、アリシアの家は恥ずかしいと思い、彼女を腫物として扱っていることを。
「これぐらいしか、わたしには役に立つ方法がなくて。あ、でも、可能な限り邪魔にならないようにしますから」
不幸が張り付いたような立ち姿だ。
涙が枯れきった瞳に、板についた愛想笑い。
最大限、せめて言動で相手を不快にしないようにと。
全神経を相手にのみ注いでいるのがオレでも分かる。
「どうか、すみません。話しかけないで結構ですから」
いくらオレでも、何があったのかは想像できる。
おおよそ薄気味悪い余所者の懐を探るために、適当で使い勝手のいい人間を寄越したのだろう。
そしてそれを分かっていて、アリシアは怯えるように笑うのだ。
きっと、彼女だってオレが怖いと思っているはずなのに。
「好きにしろ」
「え?」
「監視だか観察だか知らないが、見ているだけなら文句はない」
だから、つい感情的になってしまった。
確かにオレは嫌われ者だ。
一度目のオレも、転生した先の無数のオレたちも。
結局のところ、どれだけ容姿を変えてもモテることは一度もなかった。
「いい…………んです、か?」
「勝手にしろ」
そんなオレと、アリシアは境遇だけ似ていた。
何もかもが違うのに、その一点だけは同じで。
そのことを不快に思える、そんな自分が冷静さを奪った。
「その、えぇと。邪魔、ですよね?」
「聞こえなかったか。勝手にしろと言ってる」
「ですが…………」
しつこい。
このオレがここまで言ったのだから、素直に従えばいいのに。
「わたし、何もできないですよ?力もないし、畑仕事だって何も…………」
「どこに初対面の女に手伝わせる奴がいる?おおかた、時間をかけてオレを見てこいと命じられたんだろ?だったら、すぐに戻るのは都合が悪い。違うか?」
苛つく。
この期に及んで、ウジウジと妙なところで食い下がってくるのか。
「どうせオレは余所者、警戒されるのは慣れてる。そこの切り株にでも座って、日が暮れる頃合いで勝手に帰れ。どのみち今のオレには、畑を弄る以外にすることもない」
「…………」
「どうした?まだ文句があるのか?」
久々に口を開いたからか、オレはオレが思う以上によく喋っていた。
従来オレは話すのは好きだったが、それは対話ではなく一方通行でしかない発言。
早い話、声のデカい独り言でしかない。
「…………あの、聞いても、いいですか?」
「なんだ?」
だから、他人に見つめられるのも久々のことだった。
真っすぐオレの顔を捉える視線に、オレは反射的に顔を逸らし突き放すようにそう尋ねる。
すると彼女は、どういうわけか困惑した様子でこう告げた。
「わたし…………ここにいて、いいんですか?」
このとき、オレが何を思ったのかは記憶にない。
アリシアの声色に思うところがあったのか、あるいはまったく別の誰かを連想したのか。
もしかすれば、記憶の底に封じた過去の自分が脳裏をよぎったのか。
「同じことを何度も言わせるな」
いずれにしても。
これ以降、アリシアは定期的にオレの元を訪れるようになり。
オレもオレでまた、そんな彼女の来訪を楽しみに待つようになった。
我ながら、なんともちょろい話だとは思う。
社会から爪弾きにされた彼女にオレは同情し、受け入れたオレに彼女が心を許しただけ。
時と場所が違ければ、きっと出会うことすらなかった相手だ。
だけどオレは、魔法の才能を殆ど失ってからやっと、本当に欲しいものを手に入れることができた。
これが幸福だと、オレは疑わなかった。
自分が大切に想う相手が、自分を大切に想ってくれる。
ただそれだけで、この世界は満ち足りた場所なんだと思えた。
足りないものを恨み、欠けているものを妬まなくていい。
もう、魔法にしがみつかなくていいと、そう本気で思った。
「…………アリシア」
彼女が自分の魔法で殺される、その瞬間まで。




