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次の日の朝。
何気なく自室から出ようとすると、ドアの下に何かが挟まっているのに気が付いた。
(…………罠にしちゃ杜撰すぎるが。魔力による仕掛けも無いとなると、オレ宛に届いた手紙を誰かが置いていったのか?)
危険はないと判断し扉を開き、挟まっていたものを拾い上げる。
『なにそれ、手紙?』
『みたいだな。差出人は、あぁ…………そういうことか』
簡素な便箋だ。
安物のテープを剥がし中身を取り出すと、そこに書かれていた内容はたったの三行。
(今晩、話がしたいです。宿舎から通りへ続く森の中で待っています。ミカエラ)
具体的な指定はないが、なんとなく場所の想像はできる。
秘密の話し合いへの招待状、としては悪くない誘い文句だろう。
『なんで森の中なんだろ?』
『そりゃ向こうにも立場があるからな。開けっ広げに話すわけにもいかねぇんだろ』
リリはやや納得がいかない様子らしい。
オレからすればレクスの別館裏で会おう、と提案してこないだけ随分とマシな提案だと思うが。
『どちらにしろ、夜に用事があるならオレは寝る。日中はリリが代わってくれ』
『えっ、いいの私で?』
主にオレの提案で、オレもリリも昼間に起きて夜に眠る生活を送っている。
リリアの体は極端な話、交代制で意識を切り替えれば四六時中ずっと起き続けることができる。
無論その場合、肉体の疲労回復が間に合わない問題が発生するが。
そこは魔法使いらしく、簡単な魔法でどうにかできるので重要じゃない。
『今日は午前中に魔法実技の講義の続きで、午後はその実技で出される課題をするんだろ?だったらオレじゃなくてリリでも十分どうにかなる。むしろ、オレが下手に回答して余計な混乱を招くほうがずっと問題だし』
なにより、この時代で変に目立つのは避けたい。
そこまでは伝えず、何も言わず聞いてくれとリリに視線を送った。
『…………わかった。リアがそこまで言うんなら、きっとそうすべき理由があるんだよね』
リリアとしての持ち回りは、リリがオレを受け入れた直後からずっと決めていた。
魔法に関する時はリアが。
それ以外の日常生活はリリが。
その分担を決めたのはリアで、それを今ここでリアから破った。
だからリリは、それ以上のことは聞かず、音もなくリリアとしての生活を開始する。
『隠し事の一つもできないってのは、存外にやりずらい』
リリはオレが想定していた以上に賢く、そして鋭い。
実際この関係が上手くいくかどうかは、その殆どが運任せだったと断言していい。
『とはいえ、全部の理由がオレにあるんだから。受け入れてもらってるだけ感謝しないと、な…………』
朝に起きて夜に眠り、三食食べ、きちんとした服を着て、学校に行く。
昔のオレが見たら、心の底から感動したかもしれない環境にオレはいる。
(転生魔法は、使用する度に保有魔力量が減少していく。だから最後の転生魔法は、転生先すら選べなかった)
転生魔法は通常、人格が形成される前の命に宿る形で成立する。
無理やり乗っ取ることもできるはできるが、個人的な趣味の都合でそれはしたくなかった。
調子のいい話に聞こえるが、オレは誰かの命を踏みにじってまで魔法を極めたいと思っていない。
そこまでするほどの情熱も狂気も、覚悟さえオレにはない。
(臆病者。むかし、同類にそう呼ばれたりもしたが。結局はそれが正しかったってわけだ)
その成れの果てが、「魔王」としては下から数えるほどに弱いくらいの魔法使い。
恐れられる功績こそあれど、それ以上でもそれ以下でもない半端者。
本物の、正真正銘の『魔王』とはどう足掻いても追いつけない。
(…………だからこそ、アイツのあの言葉には本当に驚いたな)
その差を、優しさと説いた人間がいた。
一人だけだった。
レクスという名前を捨て、転生魔法で何度も人生をやり直し。
何も得られぬまま、取り返しのつかないところまで来てしまった。
そんなオレを。
ただの役立たずでしかない、無能のオレを。
真正面から愛してくれた、唯一の人間がオレにはいた。
(懐かしいな。この記憶だけは、リリには見せないようにと思ってたのに)
リリが閲覧している記憶には、いくつかの仕掛けが施されている。
基本的に記憶の開示はする側の裁量で決まる。
だからオレはリリに嘘をつき、この記憶を隠したまま全ての記憶を開示したと伝えてあった。
理由は簡単だ。
(情けないだけなら構わないが、下手に同情されるの、な…………)
眠りにつくオレは、ゆっくりとその記憶の紐を解いた。
こんなオレを愛してくれた人間。
それを目の前で見殺しにした、しょうもない末路の断片を。




